EX 帯電奇縁
曙光都市エルジオンのエアポート。遥かな空の高みから何処までも先を見渡せる未来の空をカエル頭のサイラスは旅の道すがら、ふと眺める。
アルド「どうしたんだ?」
サイラス「うむ……デモルトは拙者との約束を守ってくれているであろうかと思ってな」
アルド「時間的には、もう何千年も経っているからな……どうだろう」
それを気にしたアルドに何を想うか尋ねられると、語るは過去の出会った不思議な少年の近影について。それはアルドも知る人物である。
そしてサイラスが、とある哀しき約束をした人物。
アルド「……もし、デモルトを見つけたら本当に斬れるのか、サイラス」
サイラス「約束は守るものでござる。それが幾千もの時を超えておろうと」
アルド「……」
全てを溶かし尽くす高温のマグマですら溶かせぬ呪われた少年を未来にて殺す事。それが死を望む少年と交わした約束、誓い。
心内で固く誓い直すサイラスの瞳に、アルドは言葉を贈らずに黙祷を捧げる。
そんな切なげな雰囲気が漂い始めた時の事、
研究者「ひぃぃい、来るなぁぁぁあ‼」
突然、空から矢が降り出したような男の悲鳴が周囲にコダマする。
アルド「⁉ なんだ⁉」
その唐突な叫びに驚いたのも束の間、アルド達の居る方向に何かから逃げる為に走り寄ってくる白衣の男が一人。
サイラス「この光景……何処かで見た気がするでござるな」
ふと、既視感のあった光景に呟くサイラス。
しかし、その既視感を一瞬で吹き飛ばす出来事。
???「黙って捕まれ、クソ野郎‼」
雷鳴と電撃の音と閃光、後に轟く雷の如き動きを見せるフードを深々と被る男の登場。
アルド達「⁉」
研究者「ぐわああああ‼」
???「ったく……この寒空に手を煩わせやがって」
目の前で起こる事件の顛末に驚くばかりのアルド達を他所にバチバチと弾ける電撃が逃げてきた研究者が捕らえられ、フードを被る男は雷撃に櫛む男を足蹴にする。
アルド「おい、やり過ぎだろ‼ いったい何があったんだ⁉」
そんな目の前で起こる一方的な展開に正義心を持って割って入るアルド。
するとアルド達の存在に気付いたフードの男は彼が操っていたのだろう雷撃を止め、僅かな動揺を見せる。
???「……‼ アルドとサイラスか‼」
サイラス「ん。何故、拙者らの名を知っているでござるか」
見覚えも無いフードを被る男から漏れた声に素朴に疑問を呈すサイラス。
フードを被る男は、何故かまた顔を隠すフードを深々と被り直す。
???「……ああ。そうか……そうだな、アンタらは俺を知らねぇか」
呆れ混じり、自嘲の笑い。そんな風体で声を漏らすフードの男は、少し寂しげにも見えて。
???「俺はディーモ。今は司政官直属の機動部隊に居るって言えば分かるか?」
しかし気分一新と名乗りを上げて、組んだ腕。彼本来の物であろう楽天的な声の色。
嘲笑の如く、アルド達に自分の立場を端的に説明する。
アルド「エルジオンの政府の人間って事か」
ディーモ「まぁ俺の場合は、こういう非合法で非人道的な研究をしているクズ野郎を裏でボコボコにするのが仕事だ」
それを受け、僅かに懐疑心を匂わすアルドに疑われても仕方ないかと言わんばかりに吐息と共に肩で笑うディーモと名乗った男。
ディーモ「アンタらの事を知っているのも、たまたま見掛けた報告書に名前があったからでな。変な格好の剣士とイカしたカエル頭だ、すぐに分かったよ」
そのまま信頼を得るべく、なぜアルド達の事を知っていたのか順を追い説明しようと身振り手振りと軽口を交えて話をし始める。
だが、その時だった。
研究者「違う‼ こいつは嘘を吐いているんだ‼ 私は間違った研究などしていない‼」
ディーモの操る雷撃によって倒れていた研究者が魂の叫び声を上げる。
ディーモ「はは。じゃあ、どんな研究していたか言ってみな。ちょうど居合わせた、お優しいゲストが判断してくれるってもんだ」
会話に水を差された所為か、ディーモの声は些かの不機嫌。足蹴にしていた研究者を軽く蹴り出し、アルド達の眼前に差し出す。
研究者「くっ……わ、わたし達は人類の未来の為に」
そして、研究者がアルド達に懇願するように言葉を発し始めると雷撃を繰り出すのである。
研究者「ぐああああ‼」
アルド「お、おい‼」
ディーモ「ああ、悪い。あまりにもサムイ台詞を吐こうとしていたから、つい」
研究者が雷撃に身を捩らせる様をニヒルに笑うディーモの口がアルド達には見えていた。
悪辣な行為に及ぶディーモに嫌悪感を抱くアルドとサイラス。
すると、それを見かねてか、或いは遅ればせてか。
ヴィアッカ「お遊びはそこまでにして」
研究者やディーモが走ってきた方向の通路から、淡い紅色の髪をたなびかせ、機械仕掛けの大槌を担ぐ美しい女性が歩み寄る。
ディーモ「ああ、ヴィアッカ。ずいぶん遅かったな」
アルド「ヴィアッカ⁉ じゃあ、ディーモが司政官直属って話は本当なのか……」
彼女はどうやら、ディーモの知り合いであるようだ。そしてアルド達とも。
ヴィアッカ「ディーモ……いつもアナタは事が過ぎる。研究データは回収できたの?」
行き過ぎたディーモの行為を諫めつつ呆れた様子のヴィアッカ。
ディーモ「そんなもん壊したよ。後はコイツの記憶の中だけさ、まぁ朝起きて覚えているかは知らないけどな」
アルド「おい! それ以上の攻撃はするなディーモ‼」
ディーモ「くく……お怒り方が古臭いったら」
彼女の問いに対し、反省する事もなくディーモは嘲笑混じりに答え、転がる研究者を再び踏み付け、アルドの反感を買う。それでも飄々とディーモは嗤って。
ヴィアッカ「……はぁ、これ以上の揉め事は止めて。特殊機動隊としてのアナタの振る舞い、素行も含めて司政官には私から報告しておくわ」
そんな険悪な二人の間に割って入り、ヴィアッカは頭を抱えた。
ディーモ「温もりが欲しいもんだな。一応、汗水を流して一緒に戦う仲間なんだから」
ヴィアッカ「アルド……それからサイラスね。これから私はその違法行為をした研究者の引き渡しをしなきゃいけないの。気になるなら同行しても問題ないと思う」
そしてディーモの軽いブーイングのような嫌味を蔑ろに流し、仕事人としての振る舞いに徹しようとした。しかし、彼女がディーモの確保した研究者に歩み寄ろうとした矢先、事件は起こる。
研究者「ふふ……ふふふ……研究データを壊した? 何を世迷言を……‼」
研究者「私たちの研究成果は、そこにある‼ さぁ来い‼」
地に伏されながら意味深く怪しく笑った研究者。高らかに声を張り上げ、何者かを呼ぶ。
その研究者の声に呼応し、場に現れたのは一人の少年であった。
少年「……」
少年は何も語る事もなく、ただ虚ろな瞳で世界を眺め、片腕を空に差し出す。
ヴィアッカ「いけない‼ 全員、離れて‼」
すると直後、咄嗟に危険を察知したヴィアッカが声を荒げる。
それの意図する所は炎の気配。放射状に広がる熱気、ひと波の熱波。
アルド達「⁉」
唐突に少年から噴き出した炎に驚愕するアルド達。
サイラス「この炎……あの子供が、操っているのでござるか? まさか……」
襲い来る炎、それらを躱しながら特にサイラスは酷く動揺を示す。
既視感、かつて少年と炎の因果に苛まれた事が思い出されていたからである。
その時、ディーモは、
ディーモ「……サムイ話だ」
顔を隠すフードの向こうで小さく呟き、俯いて。
研究者「はははは‼ その偉大な炎で、こいつらを焼き払え検体番号07号‼」
07号「……」
——07号との戦闘。
とめどなく襲い来る炎の群れ、それらを躱しながら、
アルド「これは……間違いない! デモルトの炎に似てる‼」
叫ぶアルドの声が未来の世界に響き渡った気さえして。
やがて出会うかもしれなかった運命との予期せぬ出会い、本意ではない宿命に腰の剣を抜いたアルドは僅かに決意を示す。
サイラス「子に……その子が、これまで、そしてこれから……何を想うか。考えた事はあるでござるか貴様‼」
そしてサイラス。過去に出会った少年との記憶が目の前の少年と同期し、虚ろに溶け、心を失ってしまったような少年の悲痛を感じ取り、彼は少年を操る傍らの研究者に憤慨した。
研究者「はははは‼ 凄いぞ‼ 無尽蔵なエネルギー……これで人類は救われる‼」
しかし無情。サイラスの怒りに満ちた忠言虚しく、研究者は少年の炎に燦爛と瞳を輝かせ、狂った様子で高らかに笑うばかり。
けれど次の瞬間、研究者の笑い声が止まる。
研究者「ぐ……⁉」
ディーモ「目を開けて見てみろよ。救われている人間なんて何処にも居ないだろ」
雷電の火花を散らし、突然と瞬間移動の如く研究者の眼前に現れたのはディーモ。
研究者「あ、あの……炎の中をどうやって……⁉」
ディーモ「寒いんだよ。テメェら全員」
研究者の首根っこを掴み、彼の断末魔の如き問いに、ディーモは答えない。
研究者「グギャアアアアぁ‼」
ディーモの体から余すことなく解き放たれた雷電が彼の静かな怒りを表すようで。
07号「……⁉」
そしてその怒りは周囲全てに向けられる。07号と呼ばれた少年もまた例外ではなく高圧のバリバリと怒りを打ち鳴らす電流に膝を屈するのである。
サイラス「む、いかん‼ その雷撃を止めるでござる‼」
声なく痺れる少年の様に、サイラスは耐えることなく走り出す。
アルド「サイラス‼」
サイラス「ぐああああ‼」
電流の最中に身を浸し、07号を庇うように抱きかかえるサイラス。アルドもまた、躊躇いなくサイラスの後を追おうと走り出し、
ヴィアッカ「ディーモ‼ やめなさい‼」
ヴィアッカは慌ててディーモを諫めた。
すると、
ディーモ「……ちっ」
その舌打ちを最後に電流は捕えていた研究者を弾き飛ばしエルジオンの空へと散る。
一転して、静寂の色合いに陥る周囲の光景。
アルド「大丈夫か、サイラス‼」
サイラス「……う、うむ。拙者は問題ない。しかしこの子は危険かもしれぬ‼」
ヴィアッカ「急いで治療を‼ あなた達も付いてきて‼」
しかしサイラスの胸の中で気を失った07号、騒然の波は直ぐ様に押し寄せて。
アルド「分かった‼」
ヴィアッカ「ディーモ、アナタには後で話があるから」
その慌ただしい光景を尻目に、静かに佇むディーモ。フードの奧の表情は未だ見えぬまま。
ディーモ「俺は明日から休暇で温泉旅行だよ」
出会った当初と変わらない軽口をヴィアッカに返したようにも見えた。
アルド「話は後だ! 二人とも‼」
ヴィアッカ「……そうね。行きましょう」
そうして行動を急かすアルドの声に、ディーモに対する怪訝な感情を抑え、ヴィアッカも走り出す。残されたディーモは、その場から少し歩きサイラス達が走った方向とは反対に、ふと体を向き直す。
ディーモ「……相も変わらず、お優しい事だよ。カエルの旦那とアルドの兄ちゃん」
ディーモ「あー、にしてもサムイ。早く風呂に浸かりてぇー」
その方向には、かつて彼が愛したナダラ火山の噴煙があったのかもしれない。
QUEST COMPLETE
渇望炎湯 紙季与三郎 @shiki0756
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