4
あれ程強く照り付けていた太陽も傾き、辺りを茜色に染め始めた頃、俺は漸く腰を上げた。
「また来るよ。いつ、って約束も出来ないし、そうしょっちゅうも来れないけど、また必ず会いに来るから…」
ズボンに着いた砂を払い、リュックを背負った。
そして、焼け付いた墓石に刻まれた“翔真”の文字を、そっと手でなぞった。
「ねぇ、翔真さん?
翔真さんはさ、俺と一緒にいて、幸せだった?
…俺はね、短い間だったけど、翔真さんと一緒にいられて、幸せだったよ?」
例え名前を呼んで貰えなくても…
例え言葉を交わせなくても…
それでも俺は、翔真さんといられて幸せだった。
「今度向こうで会った時はさ、俺のこと、ちゃんと“雅也”って呼んでよね? 約束だよ?」
俺のこと、忘れないでよ?
心の中で呟いて、墓石に背を向けた、その時だった。
一陣の風が俺の横を通り抜け、風に戦ぐ桜の葉が一枚…、ヒラヒラと俺の足元に舞い落ち、
『一緒にいるから…』
不意に翔真さんの声が聞こえた気がして、俺は辺りを見回した。
そこにいる筈なんてないのに…
「翔真さん、ここにいるんだね?」
俺は足元に落ちた桜の葉を拾い上げ、胸に押し当てた。
『いるよ? 俺はいつだってお前の…雅也の傍にいるから…』
「うん。そうだね…、翔真さんはいつだって俺の傍にいるんだよね?
ねぇ、翔真さん?
翔真さんは今、幸せですか?
俺の傍にいられて、
…………幸せですか?」
風に吹かれて、カサカサと葉と葉を擦り合わせる桜の木を見上げた。
『幸せだよ。
お前の傍にいられて、
俺は幸せだよ…』
やがて風も止み、長い間止まっていた時計の針が、静かに動き始めた。
俺は漸く一歩を踏み出した。
俺の傍らには、翔真さん…
いつだってあなたがいてくれるから…
若年性認知症の患者数
2019年現在の厚生労働省の調べによると、
若年認知症の患者数は、
4万人弱
その内、男性の方が患者数は多く、
発病平均年齢は、51歳とされている。
『 桜葉舞い散る頃、貴方にまた会いたい』完
桜葉舞い散る頃、貴方にまた会いたい… 誠奈 @Nama-ko
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます