あれ程強く照り付けていた太陽も傾き、辺りを茜色に染め始めた頃、俺は漸く腰を上げた。


「また来るよ。いつ、って約束も出来ないし、そうしょっちゅうも来れないけど、また必ず会いに来るから…」


ズボンに着いた砂を払い、リュックを背負った。


そして、焼け付いた墓石に刻まれた“翔真”の文字を、そっと手でなぞった。


「ねぇ、翔真さん?


翔真さんはさ、俺と一緒にいて、幸せだった?



…俺はね、短い間だったけど、翔真さんと一緒にいられて、幸せだったよ?」



例え名前を呼んで貰えなくても…


例え言葉を交わせなくても…



それでも俺は、翔真さんといられて幸せだった。


「今度向こうで会った時はさ、俺のこと、ちゃんと“雅也”って呼んでよね? 約束だよ?」



俺のこと、忘れないでよ?



心の中で呟いて、墓石に背を向けた、その時だった。


一陣の風が俺の横を通り抜け、風に戦ぐ桜の葉が一枚…、ヒラヒラと俺の足元に舞い落ち、


『一緒にいるから…』


不意に翔真さんの声が聞こえた気がして、俺は辺りを見回した。



そこにいる筈なんてないのに…



「翔真さん、ここにいるんだね?」


俺は足元に落ちた桜の葉を拾い上げ、胸に押し当てた。



『いるよ? 俺はいつだってお前の…雅也の傍にいるから…』



「うん。そうだね…、翔真さんはいつだって俺の傍にいるんだよね?




ねぇ、翔真さん?



翔真さんは今、幸せですか?



俺の傍にいられて、



…………幸せですか?」



風に吹かれて、カサカサと葉と葉を擦り合わせる桜の木を見上げた。



『幸せだよ。


お前の傍にいられて、



俺は幸せだよ…』




やがて風も止み、長い間止まっていた時計の針が、静かに動き始めた。



俺は漸く一歩を踏み出した。



俺の傍らには、翔真さん…


いつだってあなたがいてくれるから…





若年性認知症の患者数



2019年現在の厚生労働省の調べによると、


若年認知症の患者数は、


4万人弱



その内、男性の方が患者数は多く、



発病平均年齢は、51歳とされている。





『 桜葉舞い散る頃、貴方にまた会いたい』完

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

桜葉舞い散る頃、貴方にまた会いたい… 誠奈 @Nama-ko

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ