第109話:残された者たちの選択

 俺の言葉に殿下は随分と悩んでいたのだが、すぐに答えが出せるものでもなく、まずは船の有無について口にしてくれた。


「船はある。僕が城下に出ていた時に知り合った漁師から買ったものだ」

「漁船って事は、そこまで大きくはないのですね」

「漁船の中では大きい方ではあるんだけど、人数はそこまで乗れない。ここにいるだけの人数なら問題ないけど、民の事を考えると無理だ」

「どこかで船を手配する事はできないのですか?」


 自分で言っていて無理な相談だと分かっている。

 きっとアクアラインズも魔獣の被害に遭っているだろうし、手配するにしても新たに造らなければならないだろう。


「……できない事はない」

「……え?」


 しかし、殿下からの答えは予想外のものだった。


「嬉しい事に、材料ならここに大量にあるわけだからね」

「……なるほど。自分たちで造るわけですか。しかし、俺たちには船を造るためのノウハウはありませんよね?」

「民の中には大工もいるからね。ただ、ここで造ったとしても持ち運べないんだ」

「あの、殿下は魔法鞄などはお持ちではないのですか?」


 エリカが恐る恐るといった感じで話し掛けた。


「放蕩息子だったからね。他の兄弟たちは下げ渡されていただろうけど、僕は貰えていないんだ。それと、みんなも気安く話し掛けてくれて構わないよ。レインズも殿下と呼ばずに、レオンと呼んでくれ」


 ……いや、それはさすがに気が引ける。一番近くにいただろうアクトですら殿下と呼んでいるのだから、俺たちが名前呼びをするのは違う気がする。


「私が殿下を殿下と呼ぶのは、もう癖のようなものなので気にしないでください」


 心を読まれたのか? だが、気にするなと言われて気にしないわけにはいかないだろう。


「……でしたら殿下。魔法鞄なら俺のものが」

「レオンだよ、レインズ」

「……いや、殿下?」

「……」

「……」

「……レオン」

「……はぁ。レオン様、魔法鞄なら――」

「レオン」


 ……いやいや、名前呼びについては指摘されていたが、呼び捨てまでは許容範囲外というものだろう!

 俺がアクトに視線を向けると、彼はクスクスと笑っているだけで止めようとはしていない。


「レインズの方が年上なんだから、むしろ僕の方が様付けやさん付けにするべきかな?」

「止めてください! ……はああぁぁぁぁ。分かりました、レオン」

「敬語も止めてくれるとありがたいんだけど?」

「それは無理です! 簡易的な敬語なので許してください!」

「うーん、そういう事なら仕方ないね」


 ニコニコと笑っているのだが、俺には悪戯が成功した子供にしか見えなかった。


「それじゃあ話を戻すけど……レインズ、君の魔法鞄の容量はどれくらいなんだい?」

「そうですねぇ……この家が十軒以上は余裕で入るかと」

「「……はい?」」


 俺の答えに殿下……じゃないか、レオンだけではなくアクトも似たような声を漏らしていた。

 まあ、俺も最初にヒロさんから話を聞いた時には驚いたものだ。ルシウスさん、俺に魔法鞄をあげる時に容量については何も言わなかったからな。

 王都の一等地にでかい屋敷を建てられるくらいの価値があると聞いてすぐにでも返却したかったが、その時にはすでに結構な距離を進んでしまっていた。

 今になって思えばありがたいのだが、あの時は本当に顔を青ざめたものだ。


「なので、ここで伐採し加工した材木を俺の魔法鞄に詰め込んで、アクアラインズに拠点を移した後、大工の皆さんに船を造ってもらうのはどうでしょうか?」

「……確かに、それだけの容量があれば全員が乗れるだけの船を造る事は可能でしょうが……いや、難しいかもしれません」

「どうしてですか?」


 一度はできると口にしたレオンだったが、少しの思案の後に難しいと意見を変えた。


「ここにいるだけの民なら問題ないかもしれませんが、もし他にも避難している民がいた場合、足りなくなるかもしれません」


 レオンたちが把握しているのはあくまでもここの民に関してだけで、他にも避難民がいるかどうかまでは調査の手を広げられていなかった。


「そうなると、材木の運搬を二回以上行う必要も出てくるわけですか」

「アクアラインズに拠点を移せたとして、そうなると拠点防衛の戦力と材木運搬の戦力とで分けなければならないのですね」

「できるでしょうか、私たちに」


 俺の言葉に殿下が戦力分散を口にし、アクトが不安そうな声を漏らす。

 今の魔獣の実力を実際に目にしていないのでなんとも言えないが、こちらにはデンもいるしなんとかなるのではないかと思わなくもない。

 最悪、伐採さえしておいてもらえれば俺だけで移動して運搬する事も可能なわけだしな。


「アクト、できるかできないかじゃないですよ。やらないといけないんです」

「……すみません、確かにそうですね」

「では、レインズの提案を受け入れます。ですが、最終決定までは待ってくださいね。ここにいる民にも説明をしなければなりませんから」

「分かりました」


 こうして俺たちのやるべき事は決まったのだった。

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門番として20年勤めていましたが、不当解雇により国を出ます ~唯一無二の魔獣キラーを追放した祖国は魔獣に蹂躙されているようです~ 渡琉兎 @toguken

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