10

「おい、最近どうしてるんだ。コンビニにも来ないじゃないか」

 家の近くを歩いていると、突然ドミトリーに声をかけられる。

「夜のバイトをしてて、夜はコンビニに行かないんだ」

 本当の話だ。ミオに距離を置くように言われたこともあるけれど、ちょうどいい具合に夜の清掃の仕事が入ったのも事実だ。

「とうゆうことは、隣のこともよくわからないわけだ」

「そもそもよくわかってたわけじゃないさ」

「ところで、お前の部屋には何が聞こえるんだ」

「テレビの音だけだよ。ニュースと深夜ドラマ」

 ドミトリーは僕に顔を近づけて、小声で言う。

「あの女は、人に聞かれたり、見られたりしないと興奮しないんだよ」

「あの女って」

「ミオっていう女だよ」

「えっ」

「聞いてないのか」

 僕は混乱している。自分でもよく分かった。

「ねえ、もう外はいいからこっち見て」

 僕はホテルの壁に寄りかかって、ミオをを見上げていた。

 ミオは足を大きく広げて、自分の股間を指で撫ではじめる。部屋は薄暗くなっているけれど、ミオのまわりだけぼんやりと明るい。股間に指を這わせながら、ミオがこっちを見て意味ありげに微笑んでいる。

「ジュンちゃん、あの頃と全然変わってない」

 忘れられない見慣れた風景が僕の前に広がる。僕がまだ小学生の頃、三つ上の姉にオナニーをしているところを何度となく見せられた。最初は何が起こっているのかわからなかった僕も、何となくではあるけれど姉が何をしているのかが分かるようになった。

「ジュンちゃん、気持ちいいよ」

 ある日姉が、友だちを家に連れてきた。その友だちは近所に住んでいた姉の同級生のアユちゃんで僕の憧れの女の子だった。

「ジュンちゃん、すごく可愛かったの。だから見てほしかった」

 ミオはあの時と同じように、トロンとした目で僕を見ている。

「ねえ、アユちゃんなの」

「想い出してくれた。うれしい」

 そう、僕はずっと歪んでいたんだ。あの時からずっと。僕はドミトリーから逃げるように離れていく。イワノビッチは声高らかに笑っていた。耳を塞いだまま僕はそう確信した。

 数日後、僕は病院のベッドで目を覚ました。

「順平、目が覚めた。また行き倒れてたよ」

 姉は微笑みながら僕にそう言った。

「ここは」

「やっぱり、あんたはここに居ないと」

 見慣れた景色に僕はため息をつく。また、ここに戻ってきてしまった。僕は精神科の病室の天井を見ていた。

 いつになったら、僕は開放されるのだろうか。

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隣人 阿紋 @amon-1968

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