第7話

酔っぱらったはるかを抱えて、2階に上がる。

「ほら、ベッドまで頑張れ」

「う~~ん」


こんなに足元がおぼつかないんじゃ、お姫様抱っこして連れてきた方が楽だったな。

本人が嫌がるから仕方ないけど。


「お前なぁ、酒は飲んでも飲まれるな、って言うんだぞ」

ベッドに辿りつき、横になるはるかにタオルケットを掛ける。


「飲まれてないもん」

「飲まれてる!」


なんかこういうやりとり、昔を思い出していいな。

「なぁ、ノクターン、何番弾かせるつもり?」


さっき、話が途中になっていた、タケルくんに弾かせるノクターンの話をしてみる。


「13番…」

「なんだ…20番じゃないのか」


はるかはぼんやりと、俺を見つめた。


「あの曲は…ダメでしょ」

「なんで?タケルくんより俺の方が絶対に上手いから?」


投げ出されているはるかの左手に触れ、そっと俺の両手で包み込む。


「それとも…俺とのことを思い出すから?」

「…結婚した男が。いつまでそういうこと言うの」


ああ、むかつく。

俺はどうして、こんなたちの悪い女を好きになってしまったんだろうか。


「なぁ…どうして、俺が結婚したと思う?」

「奥さんが好きだからでしょ?」


その顔は、恋愛に疎いあの頃のままの表情だった。

本当に憎らしくて、一生言わないでおこうと決めていた言葉が、するりと口から飛び出す。


「ばかだな。お前を忘れるためだよ」


さすがのはるかも驚いたようで、何か言いかけて口をつぐんでしまう。


俺はと言えば、つい言ってしまった言葉を反省した方がいいのかもしれないが、元来の性格だろうか。言ってしまったら、もう怖いものはない。


「既婚者だろうが、気にしないだろう?」


眉をひそめるはるかを見ないふりをして、包み込んでいた左手に、そっと指を絡める。


「いい加減にして。これ以上言うと、縁切るわよ」

「お前にとって俺は使える男じゃないのか?タケルくん、やり方によってはになるかもしれないぞ?」


本気で睨みつけてくるはるかの顔。


…ここまでだろうな。これ以上やったら、本当に嫌われる。


絡めていた指を離し、立ち上がる。


「圭吾、あんたはいつも、そんなことばっかり」

俺に顔を見せたくないのか、枕に顔をうずめてはるかが言う。


「こうでもしなきゃ、お前はいつも手に入らない。最初から、そうだったじゃないか」

そう、取引のようにお前を手に入れ彼女にした。


「…頼むから、奥さんのこと大事にして」


「もちろん大事にしてるさ。当たり前だろ」


扉を閉じて階段を降りる。


もちろん、大事にしてる。

娘も可愛い。

責任もある。


でも、どんなに頑張っても、お前の時のような感情が生まれない。


早く俺を解放してくれ、と思う気持ちと、やっぱりお前しかいないという気持ちがせめぎ合う。

未練?執着?

いっそ嫌いにさせてくれてくれたらと、憎く思うこともある。


……言い過ぎた

でも、あいつのことだ。

明日には、今のことは全く無かったことにされているだろう。


たとえ憶えていたにしても、酔っていて記憶がないと言うだろう。

都合の良いように、俺たちの間にこれ以上溝が生まれないように、無かったことにされてしまうのだ。


そして、俺たちは平行線のまま。


…本当にたちの悪い女…


―「運命の女」 第2部 完―


お読みいただきありがとうございました。

完全に恋愛こじらせて未練タラタラの圭吾で年越しをしてしまい、すみません…(しかも、花火大会だし…)

本編「ピアノ男子の憂鬱」のネタバレにならないように、スピンオフ「運命の女」を進めていきます。

そのため不定期更新となりますが、時々覗いていただければ嬉しいです。

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運命の女 はる@ピアノ男子の憂鬱連載中 @haru-piano

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