エピローグ
ただいま
舞とウィリアムがヴェノンコーヴィルを撃破して、二週間が経った。
一連の人智を超えた出来事は、世界中のありとあらゆる人を騒然とさせた。
壮絶な戦闘の余波によってインフラが破壊された影響で、街は暫く混乱していたが、ほんの少しずつ、復興へ進み始めていた。
異形の存在たちに対しては、様々な噂がまことしやかに囁かれた。環境問題が原因の突然変異、どこかの国の生物兵器、遥か昔に眠りに就き今になって目を覚ました何者か──真実に辿り着けたものは、当事者たち以外にはいなかった。
戦いの後、病院に搬送された舞は、意識を失い衰弱死寸前になっていた。
しかし奇跡のように意識を取り戻し、目覚ましい回復力と文字通り血の滲むリハビリ(無論ドクターストップがかかった)の末、退院の目途が立った。
病院から外に出た舞は、指を組んで空へ掲げて思いっきり伸びをして、大きく深呼吸をした。
「うわあ、
舞は嬉しそうに呟いた。
舞がバス停へ歩き出そうとした時、その側に一台の車が停まった。助手席の窓が開いて顔を見せたのは、
「真野君」
「あれ、宇田川刑事! どうしたんですか、今日平日ですよ?」
「休暇をもらったんだ」
「成程」
リハビリが始まる前日にお見舞いに来てくれたけど、その時『しばらく休めそうにない』とか言ってたな、あの時『しばらく』の範囲を聞かなかったけど、本当に大丈夫なのかなと考えたが──、舞は詮索しないことにした。
「退院、おめでとう」
「ありがとうございます」
「……あっ! 退院祝いに何か用意するべきだった」
「いやいや、大丈夫ですよ。そんな気を遣わなくても」
舞は両手を小刻みに振るジェスチャーをしながら言った。
「しかしだな」
「いいじゃないですか。私と宇田川刑事の仲なんですから」
「……いや、俺は君のことあんまり知らんぞ?」
「ふふふ、確かに」
舞はクスクスと笑った。
「家まで送ってくよ」
「え、いいんですか?」
「そのために車で来たんだ」
「じゃあ、お言葉に甘えて。荷物後ろで、私助手席でいいですか?」
「どうぞ」
宇田川はそう言いながら、助手席のドアを開けた。
「失礼します」
「面接じゃないんだから」
宇田川はそう言って、舞が後部座席に着替えが詰まったバッグを置き、ドアをしっかり閉め、シートベルトを締めたことを確認してから車を出した。
「身体の方は、もう大丈夫なのか?」
「あ、はい。一人で退院出来るくらいには。体育の授業くらいの運動やるのはまだ、とかなんとか、まだまだNGはあるんですけど」
「そうか……」
流れていく景色を物珍しそうに見ながら、舞が呟く。
「更地多いなあ……」
「派手にやってたからな」
「うっ……すみません、ヒトゴトみたいでした?」
「いやいや。そんなことは」
次の信号が赤になり、車が停まった。
「こう……建物を元に戻したりとか、出来れば良かったんですけど」
瓦礫を撤去するショベルカーを見る舞を見て、宇田川は何とも言えない表情になった。
「そこまで気にする必要はないよ。後は大人に任せてくれ」
「えー? じゃあ、前よりいい感じにしてくださいよ?」
「善処するさ。きっとな」
「あ、次の交差点左です」
「了解」
そこで、一度会話が途切れた。
信号が青に変わるまで、もう少し時間がかかるらしい。
「あー……真野君」
「はい?」
「その、ウィリアムだったか。彼は元気か?」
宇田川が話を振ってきた。
「ああ……」
舞は、首に下げてある、白銀のフレームに空色に煌めく結晶が嵌められたペンダントに手を遣った。
§
「ん、う……?」
目を覚ますと、幾つかの光点が飛び交う暗い空間にいた。何度目かの次元の
「またここか……」
〈舞〉
呼ばれて振り向くと、そこにはウィリアムがいた。
「ウィリアム!」
ウィリアムの姿を見た瞬間、何だか安心した気がした。
「あれで、完全に倒せたのかな?」
〈ああ。
「それじゃあ私たち、やったんだね?」
〈ああ。……終わったんだ〉
「良かった……。でも、ということは」
自分の身体を見てみると、私たちが最初に会った時と同じように、身体が少しずつ透け始めていた。
〈限界を超えて戦った以上、舞の身体は、一つの命を共有する、僕たちは〉
「ああ……」
解っていたつもりだったけど、いざ突きつけられると……。
「何か奇跡が起きて、無傷で生還しちゃいましたー、てへ☆ ……なんて、ちょっと思ったけど。そうだよね、そんな都合のいい話、ないよねぇ」
おちゃらけた感じで言おうとしたが、最後の方は声が震えてしまった。
〈……ごめん〉
「謝ることないじゃん。死ぬ方に突っ込むこと提案したの、私なんだし」
〈本当に、これで良かったのか?〉
「良かったんだよ、これで。沢山の人を守れた。心咲も椋も、宇田川刑事も。他にも沢山。だから。でも……そうだな、心残りはないのかと、言われれば」
心咲と椋子の顔を思い浮かべる。
「誕生日、祝ってもらいたかったな……」
〈…………〉
「……ハハ。何だか、眠たくなってきたな」
実際眠くなってきた。このまま眠れば、怖くないのかな……。
〈舞。提案があるんだ〉
そんなことを考えていると、ウィリアムがそんなことを言ってきた。
「ん……どうしたの?」
〈死ななくてもいい方法が、あるかもしれない〉
「…………。聞かせて」
〈僕たちが死ぬ寸前なのは、舞の肉体に蓄積したダメージが、限界を超えているからだ〉
「そうね」
〈でも、心は無事だ。お互いに〉
「そうなんだ」
そうは言っても、実感が湧かない。第一、心が無事、無事じゃないの基準とは?
一先ず、ウィリアムの話を一通り聞いてから質問してみよう。そう思いながら話を聞く。
〈そこでなんだけど、舞の肉体のダメージを、心に移動させるんだ。そうすれば、生命力が回復する余裕が生まれる。死ぬことを避けられるかもしれない〉
「そんなこと出来るの?」
〈今、出来るようにした〉
「き、急だな……。まあ、物理法則をいじくるなんてインチキ出来るし、さもありなんか」
直後、ウィリアムはとんでもないことを言い出した。
〈ダメージは僕が全部引き受ける。舞、君は生きるんだ〉
「えっ、ちょっと待って。その言い方じゃまるであなたが、」
〈ああ。僕は……死んでしまうだろうね〉
私は一瞬絶句して、
「冗ッ……談じゃない! 私たちここまで二人で、最後は心咲と椋子に助けてもらって、それで頑張ってきたんでしょ! 最後の最後に一人で全部背負って私一人置き去りにしてハイさよならなんて、今更通させるワケないでしょう⁉」
ここまで来て一人で死ぬだなんて。
一気に捲し立てると、ウィリアムも言い返してきた。
〈じゃあ……じゃあどうすればいいんだ⁉ このままじゃ両方死ぬ! 無事に生きられるのはどっちかだけだ! 僕は舞を想う人々の元に帰したいんだ! これ以外に方法は──〉
「私は! 私は……ウィリアムにも生きていて欲しい」
〈…………舞〉
「ウィリアム。私からも提案があるんだけど、いい?」
〈……聞くよ〉
「身体のダメージを心に移動させる、だっけ? それ、二人で分け合うことは出来ないかな?」
〈どうして、そう考えた?〉
答える順番を整え、考えを伝える。
「このままじゃ二人共死ぬ。原因は、私の身体に限界を超えたダメージが蓄積していること。ダメージをウィリアムの心に移したら、ウィリアムが死ぬ。じゃあ、半分こなら? って」
〈それは……でも、それでは、〉
「解ってる。それで両方死なずに済んでも、当然、私も無事じゃ済まない。ウィリアムの望みは、叶えられない……」
〈…………〉
「でも、生きていて欲しいんだよ。出会って一週間しか経っていないけど、それでも私にとって大事な、大好きな人の一人になったんだ」
〈死にたくなるくらい、辛いかもしれないんだぞ……?〉
「何を今更。いや、やっぱり辛いのはちょっと嫌だけど……ウィリアムが死なないことの代金だっていうなら」
私は、真っ直ぐウィリアムを見つめた。
ウィリアムも、真っ直ぐ私を見つめ返した。
〈君は……やっぱり強いな、僕よりもずっと……〉
「ちょっとだけ無理とか無茶が出来るだけだよ。ウィリアムがいたから、怖くてもヴェノンコーヴィルと戦えたんだよ。さあウィリアム、痛みを移して。二人で分けよう。時間がある内に」
〈そのまえに……これを〉
ウィリアムはそう言うと、手を胸に当て、私に向けて伸ばした。掌から放たれた光の球を受け取ると、それは白銀のフレームに空色に煌めく結晶が嵌め込まれたペンダントに形を変えた。
「これは?」
〈僕と君が共に在る証だ。たとえそれを失っても、僕たちが離れ離れになっても、君が本当に望んだ時に、きっと元に戻れるように。僕からの贈り物だ〉
「ありがとう、大切にするね。着けてもいい?」
〈勿論〉
「……似合う、かな?」
〈似合ってるよ。……失くさないでよ? 失くしても手元に帰ってくるけど、それはそれとして悲しいだろうから〉
「呪いの人形みたいね……」
〈不気味かな?〉
「全然。たとえが悪いだけ。……失くさないよ。宇宙人同士の約束」
〈きっと、だね?〉
「きっと、だよ」
私は目を瞑り、両腕を広げて見せた。
「じゃあ、よろしく」
「分かった──」
そこで、私の記憶は途切れている。
§
「……元気で、やってますよ」
たぶん、という文言を、舞はどうにか飲み込んだ。
「本当か?」
「本当ですって。私とウィリアム、命を共有してるんですよ? 私が生きているなら、ウィリアムだって」
舞は、宇田川に嘘を吐いた。
実際は、目が覚めてから、舞にはウィリアムの声が聞こえなくなっていた。
何度呼び掛けても、応答はなかった。
一度だけ、全ては泡沫の夢に過ぎなかったのかと考えたが、身体の痛みが、手に入る情報が、ウィリアムから贈られたペンダントが、夢ではないと確かに告げていた。
でも、この
「……それもそうだな」
「そうです」
でも、私は──いつまで
§
「着いたよ」
「はい、ありがとうございました」
舞は助手席のドアを開けると、車から降りた。
「こちらこそ」
「じゃあ……」
「ああ……」
舞はドアを閉めると、振り向くことなく、自宅の入り口へ向かった。
鍵穴に鍵を差して回し、ドアを開けて、
「ただい──」
ただいま、と言おうとして、軽い破裂音と色とりどりの細長い紙切れに迎えられた。
「「舞ちゃん、退院・お誕生日、おめでとう~っ!」」
クラッカーを鳴らした心咲と椋子が、声を揃えて言った。
「えっちょ……、何で家の中にいるの⁉」
舞は困惑しながら、どうにかそれだけ言った。
「退院祝いと、遅くなっちゃったけど、誕生日のお祝いしようって二人で相談したんだ!」
「あのね椋、そういうことじゃなくて。今、あなたたち鍵持ってないでしょ? ピッキングでもしたの?」
「そんなことしないよ、シツレイな!」
「でも、心咲……」
「どうかしたのか?」
舞の背後から声が聞こえた。振り向くとそこには宇田川がいた。
「あ、宇田川刑事聞いてくださいよ! 二人、勝手に家に上がり込んでんですよ!」
「そうなのか?」
「そうなんです!」
「ほら舞ちゃん、こっち来て。あ、宇田川刑事は車停めて来てくださいね」
「待って靴脱ぐから、てか心咲、力強い! 待って今何て⁉」
靴を投げ捨てるように脱ぎながらぶつけた質問は、答えられることはなかった。
「お二人さーん! 主役のご到着でーっす! どうぞー!」
「えっ……」
パーティー会場に変わったリビングにいたのは、舞にとって大切な人たち。
海外のどこかに行ったまま、滅多に帰ってこないし連絡も寄越さないような、
「お父さん、お母さん⁉」
「ただいま、舞」
舞の父親が言った。
「あ、おかえりなさい……いつ、どうして帰ってきたの?」
「一昨日よ。結構大変な事が起きてたみたいだから、安否確認に」
舞の母親があっさりと言った。
「えぇ……連絡寄越してよ」
「それが、帰ってきて早々、心咲ちゃんと椋子ちゃんが押し掛けて来てね。サプライズで誕生日と退院祝いをやりたいって。だから、電話もお見舞いもしなかったんだ」
「そうだったんだ……あっ!」
舞が何かを思い出したように大声を出した
舞の母親が首を傾げる。
「なに、どうしたの?」
「いや……心咲、椋も、ちょっといい?」
舞はそう言って、心咲と、リビングに入ろうとしていた椋子を廊下へ押し出した。二人へ顔を寄せると、深刻そうな表情になり、小声で問い詰めた。
「ねえ、まさか私の事バラしてないよね?」
「まさか!」
「してないよ?」
椋子、心咲の順に小声で答えた。
「ちょっとでも匂わせたりしてないよね? あの二人探偵みたいな所あるから、ちょっとでも情報与えたらヤバイんだよ!」
「だからしてないってば。信じてよ」
「…………。分かったよ」
「話終わったー?」
「うわーッ⁉」
母親が廊下に顔を出して声を掛けてきて、舞は悲鳴を上げて飛び上がった。
「ビックリした……」
「お母さん、こっちの台詞ゥ! まさか今の聞こえてた⁉」
「いや、全然?」
「本当に?」
「本当。久し振りに会った娘に嘘吐いてどうするのよ」
「……それは、そっか。そうだよね、うん」
「そうそう。あ、あなたが宇田川刑事、ですか?」
「あ、はい。冰山警察署警備課の宇田川です」
車を舞の家の駐車場に停めて戻ってきてすぐに話を振られた宇田川は、取り敢えず挨拶をした。
「舞たちがお世話になっておりますー」
「いえいえそんな。寧ろ何度も助けてもらいました」
「え?」
「ギャーッ⁉ 宇田川刑事シャラーップ!」
舞が絶叫した。
「え、あ、す、すまん……?」
「えっとじゃあ、話も終わったし、パーティー始めようぜ! ウダガワ刑事もどうぞ!」
「ああ、ありがとう」
「舞ちゃんも、ほら!」
「あ、うん!」
椋子に促され、舞は宇田川の後に歩き出し、そしてすぐに立ち止まった。パーティー会場へ入っていく皆を見て、穏やかな笑顔を見せた。
守り抜いたのだ、大切な人たちを。
「……舞ちゃん? どうしたの?」
「ん? ううん、何でもないよ。今行く!」
舞はそう言うと、パーティー会場に向かった。
ペンダントの宝石が、ほんの一瞬だけ、赤い光を放った。
少女よ、赤光と飛べ 秋空 脱兎 @ameh
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