part7 これこそが星の光

「あっ⁉」

「ああ⁉」


 上空で起こった大爆発を見て、心咲と椋子が悲鳴を上げた。

 黒煙の中から銀色の巨人が飛び出した。


「椋ちゃん、あれ!」

「やられたんだ、落ちて来る!」


 椋子はそう言って走り出した。


「ちょ、どこ行くの⁉」

「舞ちゃんとこ!」


 心咲は返答を聞いて、椋子を追って走り出し、追い付いた。


「何か出来るの⁉」

「無い! それでもっ!」




                   §




──ああ、きっと、あともう少しだったのにな……。


 いつの間にか舞の変身は解け、七色の光があらゆる方向へ飛んで行く奇妙な空間にいた。

 瞼を閉じる気力も、しっかりと開く気力も残っていない。手足の指先の感覚は、もうない。

 あらゆる感覚が消えていく中、舞はぼんやりと考える。


──空飛ぶの、気持ち良かったな……戦うの、最後まで怖かったけど、それでも……。もっと早く、ウィリアムに相談してみても、良かったのかもなあ……。


──せめてアイツを道連れまで、持っていければ……でも、もう身体動かないや……墜ちていくことしか……。


──ウィリアムの声が聞こえない。言いたいなあ、ごめんね、惜しかったねって……先に死んじゃったの……?


 途切れ途切れに考えていると、視界の先の光が失せ、何も見えない漆黒の空間に変わった。

 舞は、あの穴の底に着いた時、命を失ってしまうのだろうと直感した。


──ああ、何て暗い孔なのだろう。あんな所に、一人で墜ちて行かないといけないのか……さびしそうで……こわいなぁ……。


 怖くても、抗うことは出来ない。

 考える力すら失ってしまいそうになった、その時だった。


──え……だれ?


 どこか遠くから、誰かの声が聞こえた気がした。


──ウィリアムのこえ……じゃない。聞き覚えあって、暖かくて、愛しくて……あなたは、いや、あなたたちは誰?


 そう思った瞬間、舞の視界の右斜め前に光が生まれた。

 光は形を変え、やがて、映像に変わった。そこに映されたのは、


──心咲、椋……!


 血反吐を吐かんばかりの勢いで疾走する、心咲と椋子の姿だった。


『高度を上げろおおおおおおお! 首上げろッ、立て直せぇーッッッ!』

『舞ちゃん起きてーっ! 立ってぇぇぇぇ!』


 椋子、心咲の順に叫んだ。声はハッキリと聞こえた。


『宇宙人! お前もだ! 起きろーッ!』


 椋子がウィリアムに叫んだ。返事はなかった。


──遠ざけるどころか逆じゃん、バカ……バカ……! 何で……⁉ 私、二人に今までずっと黙ってたし、止めてくれたのに突き放して戦いに行ったじゃない!


『関係あるかっ! 友達だろおぉー!』

『わたしもーっ!』

──えっ? き、聞こえてるの⁉ 二人とも⁉


 言い返されて、舞は困惑した。


 心咲の表情が、パッと笑顔に変わった。

 椋子は必死な表情のままだが、口の端には確かに笑みが浮かんでいる。


『っ! 届いてるよー! 何か解んないけど、聞こえるぅぅうっ!』

『今そっち行くから、まだ死ぬな! 舞ちゃん! ……ずっと……めっっちゃ頑張ってるのっ、解るけどさ! でも、それでも、ぶつけるからなッ!』


 心咲と椋子は大きく息を吸い、想いを込めて同時に絶叫した。


『頑張れ!』


 言葉は暖かな金色こんじきの光に変わり、舞の胸に届き、身体に、心に溶け込んだ。

 それはとても小さな、僅かで微かな煌めきだった。

 しかしそれでも、舞にとっては。


──身体が、軽い! 指が動く! さっきまでが嘘みたいだ!

──私……私はまだ、戦える!


 舞は身体をぐるりと回転させた。頭を落ちてきた方向へ、足を落ちて行く方向へ。

 復活した力と、どこまでも届くようにという想いをありったけ込めて、舞は絶叫する。


──ウィリアム! まだ生きてる⁉ いるなら返事して! もう少しだけ、私に力を貸してぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!


 その瞬間。舞の胸に、青白い光が灯火のように生まれた。


 墜ち続ける舞の真下に、青白く輝く大きな掌が現れた。


──わ⁉


 掌は舞を受け止めると、そのまま上昇を始めた。

 突然の出来事に驚きながら、舞は見上げた。

 掌の持ち主は、炎のような人型の光。


〈舞!〉

──ウィリアム!

〈聞こえたよ、君の声が! 君の友達の声が!〉

──まだ戦える⁉

〈勿論! 舞も行けるな⁉〉


 舞は力強く頷いて見せた。


〈よし、僕に飛び込んで!〉


 言われた瞬間、舞は立ち上がった。胸の灯火に両手を翳すと、力強く瞬いた。

 舞は両腕を天へ伸ばしながら、ウィリアムの掌から飛び上がり、その胸に飛び込んだ。

 舞とウィリアムは再び一つになり、巨大化形態の姿に変わった。

 あらゆる方向に飛んで行く七色の光が戻り、進むべき方向に進んでいることを告げた。

 進む方向の遥か彼方に、夕暮れが迫る青空と、宇宙怪獣ヴェノンコーヴィルが見えてきた。

 舞とウィリアムは一気に音速まで加速すると、七色の光の海を突破した。


 ヴェノンコーヴィルが吠えた。明らかに狼狽えている。光波熱線を吐いて舞を再度撃墜しようとする。

 舞は街を焼かせないように高度を上げながら回避すると、光波熱線を軸に螺旋を描いてヴェノンコーヴィルに接近し始めた。

 ヴェノンコーヴィルが鱗ミサイルを乱射した。

 舞は前進したまま両手から手刀光刃チョップスラッシュを連射し、ミサイルの内いくつかを撃墜した。


──速く! もっと! もっと速く!


 爆炎を突っ切ってミサイルが迫る。

 舞とミサイルが激突するその瞬間。


 舞の身体が、その飛行速度が。

 音を、光すらも超えた。


 ミサイルとすれ違い、爆発を背にヴェノンコーヴィルへ突っ込む。

 左腕を縦に振って振抜光刃スウィングスラッシュをヴェノンコーヴィルの右翼へ発射し、自身は右腕にエネルギーを集めながら左翼へ突撃する。

 舞は振抜光刃を追い抜き、右腕でヴェノンコーヴィルの左翼を両断した。遅れて振抜光刃が右翼に到達し、根本から焼き切った。


「うおおぉっ!」〈おおおおォッ!〉


 舞は振抜光刃を掴むと、その形を楔のように変形させ、地上へ落下していくヴェノンコーヴィルに投擲した。

 楔がヴェノンコーヴィルの胴体に突き刺さり、落下速度を加速させる。抵抗一つ取らせずに冰山こおりやま駅前に墜落させた。


 太陽が遠くの山に沈み始め、世界が黄金色に染まっていく。

 ヴェノンコーヴィルを追って、舞は降下した。その最中さなか、巨大な身体が光の粒子になってバラバラに崩れ、元の人間と変わらない大きさに戻った。


 墜落したヴェノンコーヴィルは、落下の衝撃で身体のあちこちがありえない方向にへし折れていた。


「クソ、クソが!」


 巨大化する前のヴェノンコーヴィルが、寄生虫のように肉塊を突き破って出てきた。


 舞は両手を胸に翳し、前方へ突き出した。両手から青白い光線が、胸からは金色の光線が放たれ、中心点で一つに交わり、光の球に変わった。

 舞が両腕を広げると、光球がそれに合わせて広がり、つるぎのように変形した。

 舞はそれを両手で掴み、高らかに掲げた。

 青白い光が伸び、銀河のように花開き、引き波のように拡がった。


 黄金色の中に生まれた青白い銀河を、病院から走ってきた心咲と椋子、二人と合流した宇田川、ライブ配信をするニュースキャスター、配信するスマートフォンを持つカメラマン、座り込んで成り行きを見守るヘリコプターのパイロット、そして、ライブ配信を介した世界中の人々が目撃した。


〈僕を照らした恒星ほしぼしの光を──〉

「私を照らしたこの地球ほしの光を──」


 伸び拡がった銀河の如き光が寄せ波のように戻り、剣の形に集束した。


 これこそが、舞とウィリアムの星の光。

 星々の光を一直線に放つ最後の切り札、超光波熱線フォトニウムバスター


〈「フォトニウムぅ──バスターぁぁぁぁぁぁぁあああああああああああああ!」〉


 舞とウィリアムの声が完全に重なった。

 振り下ろされた光の剣から黄金色を纏う青白い光の大奔流が放たれ、ヴェノンコーヴィルに命中した。


「グオオオオオオオオオオオオオォオォォォアアアアアアアアアアアアアア⁉」


 ヴェノンコーヴィルが苦悶の声を上げる。それでも反撃を試みているのか、足を一歩前へ踏み出した。


〈「──うおおおおおぉぉぉっ!」〉


 金属質の外骨格皮膚が崩壊し、発光器官舞の肉体が剝き出しになる。崩壊した生体外骨格は直進しながら光の大奔流に組み込まれ、ヴェノンコーヴィルを突き刺した。

 ヴェノンコーヴィルの身体が、背後の肉塊共々青白い光を放ち始め、崩壊を始めた。


〈「全部、全部、持って行けえええええぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇェェェェェッ!」〉


 超光波熱線の輝きが一層強くなり、ヴェノンコーヴィルを押し戻し、背後の肉塊に磔にした。

 ヴェノンコーヴィルの全身を青白い光が完全に侵食した瞬間、その身体が背後の肉塊ごと破裂・集束し、超新星爆発のような大爆発を起こした。




「──やったあああぁぁ!」


 超新星爆発を見て、ニュースキャスターが叫んだ。


「──あぁっ⁉」


 直後、カメラマンが悲鳴を上げた。


「何、どうしたの⁉」

「スマホ、今充電切れました……」

「えぇ⁉」


 ニュースキャスターは驚愕し、スマートフォンを奪い取った。


「あちゃあー……まあ、決着の瞬間は撮れたんだし、いいでしょ」

駅前あそこにまだ銀色のほういますけど、どうします?」

「…………」


 ニュースキャスターは少し考え、


「止めとく。何か出来る訳でもないし」


 そう言って、スマートフォンをポケットにしまった。


「いいんです?」

「いいの! さ、頑張って病院行きますよ! ほら肩貸してあげて!」

「ん……分かりました」

「おう。よろしく頼むぜ……」


 カメラマンがパイロットに肩を貸し、ニュースキャスターはカメラを両手で持ち上げた。

 三人は駅前を目印にして、今度こそ病院へ向かうのだった。




 爆音が完全に消え、舞は剣を振り下ろしたままだった姿勢を戻した。

 外骨格は顔から右腰にかけて崩壊し、光が消えかけた発光器官が剝き出しになっていた。

 右手の中にあった剣が光の粒子になって霧散し、舞は仰向けに倒れ────そうになって、後ろから走ってきた誰かに抱き留められた。

 その誰かが、舞の顔を覗き込んだ。


「間に合った……間に合った……!」

「心咲……」

「そっち行くからって、言ったろ?」

「椋……。あ、宇田川刑事まで……」


 遅れて駆け寄ってきた宇田川は、何も言わずに頷いた。


「どうして?」


 舞は心咲、椋子の順番に顔を向けた。宇田川にも、思い出したように。


「私たち、友達でしょ」

「他に理由、要る?」


 心咲、椋子の順に言った。

 舞はキョトンとした顔をして、


「……そっか……」


 ふふふ、と舞は微笑み、涙を流した。


 やがて、舞は静かに眠りに就いた。

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