part6 銀色の飛翔

 展望台に開いた大穴から、赤い光球が飛び出した。

 光球は弾けるように広がり、その中から銀色の巨人が姿を現した。

 身長はヴェノンコーヴィルより少し低い四十メートル。

 全身は巨大化する前と変わらないように見えたが、唯一追加されたものが額にあった。ムーンストーンのような柔らかな光を放つ、第三の眼だ。


「……高い……!」


 巨大化した身体の奥底で、舞の心が呟いた。足が竦み、飲み込まれそうな感覚に襲われる高さだ。


〈高くないさ。足、地面についてるだろ?〉

「あ……うん! 全身の感覚もある!」

〈ああ。……どの技も万全に使える。成功だ!〉


 同じような背丈になったヴェノンコーヴィルが吼えた。


「……真似すんじゃねえ、だって?」


 舞は、咆哮のニュアンスが理解出来ることに驚きながら、ヴェノンコーヴィルを真っ直ぐ見据えた。


〈……決着を着けるぞ、ヴェノンコーヴィル!〉


 ウィリアムが宣言した。

 舞は深呼吸し、素早く構えた。

 ヴェノンコーヴィルが走り出すのを見てから、舞は走り出した。

 両者が激突し、その衝撃で地面が巻き上がった。四つに組むや否や、舞は位置を入れ替え、ヴェノンコーヴィルを蹴り飛ばした。

 一瞬だけウィリアムと視界を共有し、全周を確認した。宇田川もそれ以外の警察官たちもいない。

 誰もいないと結論付けようとして、自分から見て左側、少し行った所にある坂道の上に三人いることに気付いた。一人はスマートフォンをこちらに向け、一人はそのスマートフォンに向けて何か話している。もう一人は座り込み、こちらを見ている。


 ──あっちに行かないようにしないと……逃げて!


 舞は視界共有を止め、目の前の敵に殴りかかった。

 ヴェノンコーヴィルが右腕の鎌で斬り付けてきた。舞は左腕の刃でそれを受け止めて押し下げ、右腕で首を斬ろうとした。


「!」


 その瞬間、ヴェノンコーヴィルが左腕を振り上げた。軌道の先には舞の右脇腹が。

 舞は咄嗟に右腕の軌道を変え、ヴェノンコーヴィルの攻撃を受け止めた。


「く……がっ⁉」


 舞の左脇腹を鈍痛と衝撃が襲った。ヴェノンコーヴィルが蹴り上げていた。

 続けて、ヴェノンコーヴィルは体勢が崩れた舞の両腕を掴み、自分ごと冰山こおりやま駅へ押し倒した。


「く……、っ⁉」


 ヴェノンコーヴィルが顔を突っ込み、噛み付こうとしてきた。

 舞は右腕を持ち上げて怪獣の顔面を受け止めようしたが、左腕諸共押さえ付けられてしまった。


「マズ……」

〈舞、ヴェノンコーヴィルのどこかを凝視して! 第三眼サードアイビームだ!〉


 時間が淀み、ウィリアムが叫んだ。


「え、わ分かった!」


 舞はヴェノンコーヴィルの噛み付きを回避し、相手の胸部を凝視した。

 直後、第三の眼から青白い光線が放たれた。

 光線が直撃した場所が爆発し、ヴェノンコーヴィルが吹き飛ばされた。


 舞は体を起こすと、吹き飛ばしたヴェノンコーヴィルを視界に捉えて、


「あ……」


 足元に広がる、倒壊した駅を認識した。

 舞は考えを振り払うように、右腰から抜刀するような動きで、手刀を作った左手から手刀チョップ光刃スラッシュを放った。

 手刀光刃がヴェノンコーヴィルに命中して爆ぜた。

 ヴェノンコーヴィルは反撃に口から青白い火球を放った。

 舞は立ち上がりながらその場でジャンプして火球を回避し、宙に浮かんだ。


〈舞、どうする気だ⁉〉

「空中へ誘い出す! 建物壊したくないし、アイツなら、自分が不利になったら……!」


 無意識の内に空を飛ぶ選択を取った自分に驚きながらも、舞は両腕を重ねてエネルギーをチャージし、素早く水平に広げた。ヴェノンコーヴィルめがけて積層ラミネーション光刃スラッシュ放つ。

 ヴェノンコーヴィルが積層光刃を叩き落としたのを見て、舞は速度を上げながら上昇する。


 ヴェノンコーヴィルは飛び去って行く舞とウィリアムを見上げると、激情を乗せた雄叫びを上げた。

 ヴェノンコーヴィルの両肩の付け根から、新たに長大な腕が生えた。

 雄叫びに耳鳴りのような甲高い音が追加された。それはヴェノンコーヴィルを中心に波のように広がり、半径五キロメートルを覆い尽くした。




                   §




「うるっさ⁉」

「あ、頭が……!」

「ぐあ……」


 銀色の巨人と黒い怪獣の戦いをライブ配信していたニュースキャスター、カメラマン、ヘリコプターのパイロットの三人は、怪獣の雄叫びをもろに浴びて悶絶した。


「ちょっと、スマホ落とさないでよ……撮り続けて!」

「わ、かって、ます……!」


 頭が弾けそうな激痛に悶えながら、カメラマンは借り物のスマートフォンを構える。

 すると四方八方から鳥の鳴き声が聞こえ始め、夥しい数の鳥が怪獣目掛けて飛んできた。


「ご、ご覧ください! あちこちから、鳥が……」




 偶然ニュースキャスターたちのライブ配信を発見し、視聴していた心咲と椋子は、苦痛に耐えながら、配信画面に映された無数の鳥類に驚いていた。


「な、何じゃ、こりゃ……」


 椋子は動画を、窓の外を見て恐怖を感じた。


「スズメ、カラス、ヒヨドリ、サギ、トビ、ハト、カッコウにコゲラ……フクロウまで⁉」


 数多のゲームで鍛え上げた心咲の動体視力が、飛んで行く無数の鳥を捉えた。


「そんなに⁉ てか見えるの⁉」

「……ううん、もっと沢山……種類が……」

「マジかよ……」



「きゃっ⁉ 何、コウモリ⁉」


 ニュースキャスターのこめかみの隣を、コウモリが翔け抜けて行った。行き先は、当然の如く黒い怪獣。


「と、鳥やコウモリが、怪獣の方へ向かっていきます! ああ、と、取り込まれて……⁉」


 ライブ配信していた三人は、配信を通した世界中の人間が、悪夢そのものの光景を目にした。


 怪獣が広げた翼のような腕にコウモリが溶け込み、骨格がコウモリのそれのように変形した。

 続けて無数の鳥類が溶け込み、猛禽類のそれのようにも見える刃物のような翼を形成した。

 ヴェノンコーヴィルは、新たに手にした両翼を誇示するように大きく広げた。瓦礫や土埃を巻き上がる。一度、二度と羽ばたくと、その身体が宙に浮かんだ。

 怪獣は飛べることを確かめると、舞とウィリアムを追って上昇した。


「あれは……まるで、まるで……!」


 ニュースキャスターが、言葉に詰まり、




 土埃と強風に煽られながら、宇田川は飛び去ってゆくヴェノンコーヴィルを見上げ、


「悪魔……!」


 舞とのやり取りを思い出し、口に出した。


 それは奇しくも、怪獣の姿を目の当たりにした全ての人が抱いた思いだった。




                     §




〈舞、斜め後ろ!〉


 ウィリアムの警告を受け、舞は急停止して振り向いた。


「やっぱりな!」


 翼を生やしたヴェノンコーヴィルが自分たちを追って来てるのを見て、舞は積層光刃を放った。軽々と回避されたのを見て、接近戦を仕掛けるべく突撃する。


 ヴェノンコーヴィルは舞たちの突撃を回避し、尻尾で弾き飛ばし、火球を放って舞を牽制した。火球を回避する舞を後目に上昇と加速を始める。


〈追うぞ!〉

「勿論!」


 舞はヴェノンコーヴィルを追うべく、手刀光刃を三連射しながら加速した。


 ヴェノンコーヴィルは鱗ミサイルをばら蒔いて迎撃し、さらに加速・上昇した。ベイパーコーンとソニックブームが発生し、音速に突入したことを告げた。


 舞も同じように音速まで加速すると、積層光刃を放った。三発撃って積層光刃がヴェノンコーヴィルの移動速度より遅いと理解すると、撃ち方を目標よりも少し前を狙う偏差射撃に変更した。


 ヴェノンコーヴィルは偏差射撃された積層光刃を僅かな減速や体捌きで絶妙に回避すると、反撃に火球を二連発した。


 舞は光波防壁バリアを張って二発の火球を防ぎ、攻撃エネルギー反射リフレクトに変換して撃ち返した。ヴェノンコーヴィルが回避したのを見て、一瞬立ち止まって積層光刃を放って追跡した。


「く、速い!」


 積層光刃も当然のように回避したヴェノンコーヴィルを見て、舞が唸った。


〈舞! 積層光刃、追尾機能追加!〉

「助かる! 手刀光刃はそのまま!」

〈了解!〉


 舞は突っ込んできたヴェノンコーヴィルを見て、体を捻って回避すると、積層光刃を放ち、更に加速しつつ手刀光刃を連射しながらヴェノンコーヴィルを追った。


 回避行動を取ったヴェノンコーヴィルの背中を追尾した積層光刃が掠めた。


「っ! 行ける!」


 微かな手応えを感じた舞は、積層光刃と手刀光刃を織り交ぜながら撃ち続けた。




                  §




「速すぎる……」

「……わたしもだめ、捉えきれない」


 ライブ配信を見て絶句していた心咲と椋子が、それぞれ呟いた。


「心咲ちゃんが駄目ならアタシもだな……どしたの?」


 見ると、心咲が立ち上がっていた。何かを決意した表情をしていた。


「外に出る、直接見て来る」


 心咲はそう言うと、病室から出て行こうとした。


「そっか、アタシも行く」


 椋子はそう言って立ち上がり、心咲を追い抜いて歩き始めた。


「危ないかもよ?」

「分かってる。でもアタシも見たい」


 椋子はそういうと、駆け足で外に向かった。心咲も後に続く。




「どこだ……?」


 病院の玄関から外に出た椋子は空を見上げて、地上からでは見えない可能性を考慮していなかったことに気付き、


「いた!」


 心咲が一秒と経たずに叫び、杞憂へと変わった。

 遥か上空を見上げ、心咲と椋子は呆然とした。


 夕暮れが迫る青空に描かれるのは、赤い光と黒い影の壮絶なドッグファイト。

 赤い光は小型の青白い光弾に大型の追尾弾を織り交ぜて撃ちまくり、黒い影に追いすがろうとしている。

 黒い影は赤い光の攻撃を加速と減速、滅茶苦茶な挙動を不規則に繰り返して回避し、ミサイルをばら蒔いて攻撃を相殺し、隙あらば青白い火球を撃って赤い光を撃墜しようとしている。

 時に激突し、正面から撃ち合い、前後を入れ替えながら追い追われ、複雑怪奇な軌跡を刻む。


 心咲と椋子には、赤い光がほんの僅かに競り勝っているように見えた。


「……心咲ちゃん、どっちがどっちだと思う?」

「赤い方が舞ちゃん」

「同感。根拠は?」

「赤く光ってはなかったけど、真っ黒くもなかったから」

「……心咲ちゃんに同じ」


 二人は、舞の勝利と無事の帰還を願った。




                  §




「はっ、は……っ、ウィリアム、光線あとどんだけ撃てる⁉」


 舞は手刀光刃の連射を同時に行いながらウィリアムに聞いた。息が上がり始め、疲れが見えてきた。


〈まだまだ行ける! 大丈夫か⁉〉

「大丈夫、それだけ分かれば、いい!」


 疲れを振り切るように加速した。


 舞は気付けなかった。激しい空中戦の最中、上下の感覚が僅かに狂っていたことを。


〈しまった⁉〉


 舞が火球から回避しようとした瞬間、その事に勘付いたウィリアムが声を出した。

 回避した火球が地上に激突し、爆発と爆炎がビルや道路、乗り捨てられた自動車を吹き飛ばした。


「あっ……⁉」


 地上から上がる黒煙を見て、舞の動きが止まった。

 それを見たヴェノンコーヴィルが、醜悪かつ凶悪な笑みを浮かべた。

 ヴェノンコーヴィルは地上を見下ろし、火球を発射した。


「っ!」


 舞は地上に向かって急加速し、火球を追い抜いた。急停止して振り向くと、追い付いてきた火球に右腕を叩きつけて爆破した。


 ヴェノンコーヴィルは舞から離れた位置、小学校へ向けて火球を発射した。

 舞は火球の軌道に割り込むと、両腕を交差して受け止めた。爆炎を振り払い、ヴェノンコーヴィルを睨みつける。

 ヴェノンコーヴィルはそんな舞を嘲笑うように、更に火球を発射した。


〈舞、駄目だ!〉


 もう一度火球の軌道に割り込もうとする舞を、ウィリアムは止めようとした。


「罠なのは解ってる! でも!」

〈くっ……! 攻撃反射だ! もっと速く!〉

「うううぅ……っ!」


 舞は一気に音速を越え、火球の軌道に入って急停止し、光波防壁を展開した。

 光波防壁に激突し、火球が爆発した。そのエネルギーをバリアごと収束・圧縮し、攻撃反射に変換する。

 攻撃反射の準備が整った時には、四発目の火球が迫っていた。間髪入れずに攻撃反射を打ち出し、火球を相殺した。


「──ッ⁉」


 爆炎を貫いて五発目の火球が飛んできた。

 舞は咄嗟に両腕で火球を防いだが、何故か爆発しなかった。

 何かがおかしいと気付いた瞬間、ヴェノンコーヴィルの背中で幾つもの閃光が瞬いた。

 大きく開かれた口から青白い光が溢れ、次の瞬間、怪光線──光波熱線が放たれた。


 火球に光波熱線が命中し、舞を巻き込んで大爆発を起こした。

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