□女勇者の最初の一歩

 「瀬戸さん、今いいですか?」

 パーティションボードの上から覗き込むようにして声をかけてきたのは長瀬瞳という新入り女子だった。入ってきて半年は経っているので新人と呼んでいいのか微妙なところなのだけれど。 


 「はい、大丈夫ですよ」

 と返事をしつつ、モニターに向かい猫背気味だった姿勢をゆっくりとただす。

 ゆったりとした動作をするのには幾つか理由があるのだが、一番の理由は相手を怖がらせないため。筋肉質でタッパがあるってだけでココでは少し異端者扱いなのだ。それに相手は女の子なので紳士ぶっておいて損はないだろうという計算もない事はない。


 「で? 何ですか?」

 いつもの長瀬君なら前置きなしに本題を豪速球で投げてくるのに、今日はなんだか歯切れが悪い。


 ーーこの感じ、きっとアレだ。


 「あー、待って待って。アレでしょ? 公営事業の加藤のチームの事でしょ?」

 デジャブと言うと言い過ぎかもしれないが、この感じには覚えがある。以前にも似たような事があった気がするのだ。


 「凄い! なんでわかったんですか!?」

 長瀬君の目がキラキラとするのを見て、ちょっと得意気になってしまう。


 「んー、心を読んでみたんだ。ウソだけど」

 若い子相手だからと砕けた感じを装ってみたものの、俺流のおもてなしは長瀬君の表情を一気に曇らせてしまった。


 「うわぁ・・・」


 ーーヤバイ! 本気で引いてる。

 ここがガールズバーだったなら、今ので少しは笑いが取れたりする場面だけれど・・・ガールズバーの女の子達の笑顔は一流のビジネススマイルだったのだなと思い知る。


 「あー、その、なんだ。同期だからか加藤の事はよく聞かれるんだ。だから今回もソレかなって適当に言ってみただけだよ」

 バツの悪さを誤魔化すためにズレてもいないネクタイをいじりつつ話題の軌道修正を試みた。


 「そうなんですか! じゃあ・・・」

 一瞬でコチラの思惑にハマってくれた長瀬君に感謝しつつも、俺は彼女の言葉を遮るために手のひらを彼女の顔に向ける。


 「聞きたい事は予想がつくよ、噂の加藤マジックでしょ? だけど俺も知らないんだ。というかヤツがどんな魔法を使っているのか、俺にも教えて欲しいくらいなんだよ」

 俺はやや大げさに欧米風のお手上げポーズを決めてみた。それを見た長瀬君の表情が先程とは違うベクトルで曇って行くのを見て少し面白可愛く思う。本人には絶対言わないが。


 「俺も何度か本人を問い詰めた事があるんだけどね、結局何も教えて貰えなかったのよ。ああ見えて結構なタヌキなんだよなぁアイツ」

 「タヌキですか?」

 「そうそうタヌキ。化かす方のタヌキね」

 長瀬君の表情はタヌキと言う単語で再び輝きを取り戻す。そのコロコロと変化する長瀬君の表情を見て閃いてしまった。


 ーーこの豪速球娘を、あの童顔タヌキにぶつけてみたい!


 ニヤリと緩みそうな頬の肉を引き締めながら俺はこの閃きを実行に移すための言葉を探す。もちろん長瀬君には気取られないように。


 「本人に直接聞いてみたら?新人の女の子からの質問なら素直に答えてくれるかもしれないし」

 と、ここで一旦言葉を切って長瀬君の表情を確認してから攻略のヒントを出すつもりだったのだけど・・・


 「わかりました! 行ってきます!」

 長瀬君は俺の言葉を最後まで聞かずに行ってしまった。

 用意していた言葉達は全て無駄になってしまったが、まぁ結果オーライってヤツだ。


 「加藤、大型台風がそっちに行ったぞ」

 そう呟いた俺の言葉は誰の耳に届くこともなく周囲の雑音に溶けて消える。ふと時計を見ると休憩時間はまだ15分ほど残っていた。






 休憩終了のチャイムが鳴るのと同時に俺のPC用モニターにメッセージアプリの通知が表示される。次から次へとメッセージが来ているのか、ひっきりなし通知表示が切り替わる。


 『化かされました!』

 『何も教えてくれません!』

 『誰に聞いても分かりません!』

 『知ってる事があれば教えて下さい!』


 長瀬君だ。


 ーーまずったなぁ

 正直そう思ったものの、長瀬君をそそのかし加藤にぶつけた責任が俺にあるのは確かなのだ。


 『了解。コチラの席まで来てくれ』

 送信ボタンを押して5秒で台風が戻って来た。


 「聞きたい事を箇条書きにしてきました!」

 こちらが声をかける間もなく長瀬君が直筆のメモを差し出す。


 「お、おう」

 長瀬君の勢いに押されてチョッピリどもってしまった事を少し悔しく感じるがそんな事は表には出さず渡されたメモに視線を落とす。

 

 ーーなんだこれ?コレってつまり・・・


 なんとなく察した。察した事を悟られないよう少しだけ言葉を選ぶ。


 「えーと、今から話すのは俺の個人的な感想だから、そこのところは履き違えないでくれよ」

 「はい」

 俺の前置きの言葉を聞いて長瀬君の喉から唾を飲み込むゴクリと言う音が聞こえた。


 ーーそんなに期待されても困るんだけどな。


 「加藤は物事の本質を理解するのが早いって印象だ。結果的に何をどうすればいいのかって判断も早いんだと思う」

 「なるほど」

 長瀬君の鼻からフンッと息が漏れる。何かのスイッチが入ったようだ。

 

 「加藤がどんな仕事も断らないのは波風立つのが面倒だからだ。交渉ごとも嫌いだと思う」

 「ほうほう」

 昔話に出てくるお年寄りのような面白おかしい相槌になっている事に長瀬君は気付いているだろうか?


 「人との会話は得意じゃない。というか苦手。会話の内容はあまり頭に残らない印象がある。仕事の事に関しては必ず文書ファイルかメモ書きでもいいからと書面を要求してくる」

 「ふんふん」

 「だから加藤の足元を掬う気なら会話でひたすら質問を投げ続けるのが効果的だと思っている」

 「おー!参考になります」

 俺の言う事を一字一句逃すまいと必死にメモを取っている姿は本来なら望ましい姿なのだろうけれど・・・

 内容が"加藤攻略ではなぁ"なんて野暮は口にしない。


 「あとヤツには不思議な魅力があるんだよ。あっちのチームメンバーは全員が加藤信者だと思っていい」

 「なんと! モテモテじゃないですか!」

 「男ばっかりだけどな」

 「それは悪い事ではありません!」

 「・・・・・・」

 ここで『キミもすでに魅了されているんだよ』と伝えたら事態はどう転ぶのか? などと思わなくもないけれど、ここはグッと堪えた。俺エライ。


 「俺に分かるのは、その程度かな」

 「・・・・・・」

 明らかに物足りないって顔をしている長瀬君を見て頑張っていた頬の肉が緩みそうになる。


 「もう一度ヤツに挑む気なら長瀬君にも使えそうな秘策があるけど、聞きたい?」

 「もちろんッス!!」

 両方の鼻から『フンッ』『フンッ』と聞こえてくるのが可笑しくてたまらないが、なんとかポーカーフェイスを保ち続ける。


 「加藤と会話する時、ヤツの瞳をジッと見つめてやるといい。今負けしてポロッとシッポを出すかもしれない」

 「瞳を・・・見つめ・・・ポロッと・・・」

 必死にメモを取る長瀬君のつむじを眺めながら、童顔タヌキこと加藤の顔を思い浮かべる。


 ーー見た目だけならコアラのが似てるな。

 なんて事を考えながら長瀬君のメモが追いつくのを待つ。


 「そうだ、甘いものを用意するのもいいと思う。洋菓子でも良いけど和菓子の方がより好みらしいぞ」

 「おお! 新情報! スイーツ男子! メモメモ」

 

 俺と長瀬君の間でそんなやり取りが交わされたのが2時間ほど前。

 現在15時数分前。長瀬君が席を立ったのが見えた。

 俺は気付かないフリを決め込みコーヒーを啜る。


 「長瀬君も勇者だよなぁ」

 と呟いた声は長瀬君に届いただろうか。


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「賢者への道」 サカシタテツオ @tetsuoSS

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