番外 運命に抗う者。

 〝竜の混血〟の末裔であるあの男ダグラスに、というよりも〝竜の番〟という運命に勝てるとは思っていなかった。この腕の中にイヴェットがいることは奇跡だと毎日感じている。


 あの男に流れる竜の血が薄かったということも、私に味方していたかもしれない。二人が互いを番だと明確に認識しなかったのは、それが理由だとしか思えない。


 彼女イヴェットもあの男も、惹かれ合うその気持ちが運命であることに最後まで気が付かなかったのだろう。


 最初に気が付いたのは、彼女が婚姻の腕輪の所在を尋ねた時だった。彼女は高価な品を失くしてしまった罪悪感で問いを発したと思っているようだが、私にはあの男との繋がりを無意識に求めていたように思えた。


 やせ細るまで虐待されていたというのに何故と不審に思った私は、あの男のことを徹底的に調べさせ〝竜の混血〟の末裔であることを知った。なりふり構わず彼女を探すあの男の姿を知り、二人が〝竜の番〟であるかもしれないと思い至った時の絶望は、今でも苦々しく鮮明に覚えている。


 一国の王子と言う権力を持っていても、運命の愛が発動すれば抗う術がない。自分の無力さに歯噛みしながらも、竜の血の力から彼女を護れるようにと、魔法を学び剣術の鍛錬を重ねてきた。


 港町であの男の姿を見た時、運命が二人を引き寄せたのかと衝撃を受けた。彼女が私の元から去り、あの男に連れ去られるという幻影は、私から平静さを失くすのに十分な効果があった。焦りと衝撃の中、あの男の正体を品位に欠ける言動で暴いたことは、未だに羞恥を覚える。


 あの男の別れ際の潔さは、白い織機を残した竜の話を思い出させた。今は諦めても、また戻ってくるのではないかという恐れは残る。


 あの男は別の大陸へ海を渡り、ヴァランデール王国で第四騎士隊所属の魔法騎士になっている。妻との間に子を儲け、愛妻家で子煩悩な父と噂されていると聞いた。


 それでも私の心は安寧から程遠い。いつかどちらかが、その運命に気が付くかもしれないと怯える気持ちを隠し、彼女を護り愛し続けることで運命に抗い続けることしかできない。


 狂おしい程、彼女を愛している私は、彼女が本当の運命に気付くことのないようにと強く願う。彼女と共に笑い合う優しい世界を、この手で護り続けたい。


 運命に抗う愚かな男の願いを、女神は聞き届けてくれるだろうか。

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没落令嬢の溺愛遊戯 ~月光の糸は愛を紡ぐ~ ヴィルヘルミナ @Wilhelmina

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