エピローグ

 久しぶりの世界。暗闇から解き放たれ、光が目を差した。


 途端に集中力が切れ、辺りの喧騒が耳に届いて来る。


 喋っていたり、本を読んでいたり、ちょっと照れくさそうにしていたり。


 緊張感など全くない、いつも通りの休み時間の教室がそこにはあった。


 私は目の前の机を確認すると、確かにコインは存在していなかった。


「いやー、しっかし、凄すぎない!? 

 京香の推理! 怖いんだけど!!」


 興奮した有咲が机の向こう側から大声で話してくる。

 どうやらよっぽど驚いたようだ。


「いやー、あれは私もちょっと怖かった……」

「ねー! やばいよね!! トリハダ立ったんだけど……!!」

「京香ちゃん、流石だね……びっくりしちゃった」


 ゲームマスターと私が勝手に呼んでいた友達の三人もすっかり興奮しきっていた。


 褒めてくれているように見えるが、はたまた少し怯えているようにも見えて、やり過ぎたかな……と少しの後悔を覚える。


 だが、しかし、と思った。


「っていうか、三人とも有咲とグルだったのー!!」


 そもそもこんな推理をしたのは、三人が有咲と結託していた事にある。

 すると三人は申し訳ないといった表情を浮かばせながら、一人は頭を掻きながら、一人は手を合わせ、一人は頭を下げて来た。


「あー……ごめんな」


「ホントごめん……!」


「ごめんね、京香ちゃん……有咲ちゃんに今度のカフェ、奢ってあげるからって言われて……」


 それを聞き、高速で有咲を向き、真っ直ぐに見つめる。


 目が合うと、有咲はぎょっとして


「京香ぁ……ほんとごめん……許してぇ……」


 と泣きそうになりながら、机に突っ伏した。


「反省してるの?」


「はい……」


「本当に?」


「はい……もちろんです……」


「次したら……許さないからね」


「もっ……もちろん……! もう絶対しないから!!」


 怯えながらも、どうやら本当に反省しているようであった。


 傍から見ると喧嘩になりそうにも見えるが、こんなことは結構今までもあったし、これで険悪になったりはしない。


 喧嘩は今まで無い訳では無いが、してもお互いに反省して仲直りはするし、何だかんだ一緒にいる。


「じゃあ……これは京香のもんだな……すっっっごい悔しいけど……!!」


 謝罪が一段落すると、有咲があるものを手に取り差し出してくる。


 私がこの勝負をして、どうしても手に入れたかったもの。


 それは、学校の購買部で手に入る一日十個限定のスペシャルホイップ&カスタードパンだった。


 私の目には宝石にすら見えるこのパンを求めて、私達は激闘を繰り広げていたのだ。


「うん! ありがとう……!!

 やったぁ……!!!」


 素直に嬉しさが込み上げ、思わず感嘆の声を漏らす。


 悔しさで震える有咲の手から受け取ろうとした直前、パンが姿を消した。


「何これー!! 美味しそー!!!」


 有咲の手からパンを奪い取った人物は、目を輝かせながら声を上げた。


 彼女もまた私達の友達で、生徒会の用事で呼ばれていたのだが、終わり、戻って来たのだろう。


真理まり!! それ寄越しな……! じゃないと怒るよ!!!」


「もう怒ってるじゃん!!!」


 有咲が私に渡すパンなのに本気で怒ってくれていて、そこに嬉しさを感じる。

 このパンの価値が分かっている証拠だ。


「真理……? 良い子にしてたら痛くしないから……こっちに渡して……?」


 私が真理に静かな怒りを燃やしながらゆっくりと歩を進める。


「有咲っちも京香っちも怖い!! こういう時は……逃げろーーー!!!」


 途端に真理は体を反転させると、全力で教室から駆け出して行った。


「「まぁあありいぃいいいいい!!!!」」


 私と有咲は名前を叫びながら、逃げる真理を全力で追い掛けて行く。


 ふと、有咲と目が会うと、ニコッと笑顔を見せて来てその可愛さに癒される。


 私の頬が自然と緩み笑顔になった。


 何気ないそんな瞬間が

 そんな青春の一ページが


 私は確かに幸せだと感じながら走っていた。

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コイントス クトキノ @kutokino

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