未完成フレンド

タコ助

第1話

 僕は友達が少ない。いわゆる『陰キャ』という人種で、17年の人生において、この性格が改善されたことはない。無意味に話しかけてくる友達はいないが、悪目立ちするほど存在感もないのがまだ救いだ。


 これは、そんな僕が嫌いな文化祭というイベントがやってきた日の出来事である。





「倉田、『妖怪』を考えてくれない?」


 先週の多数決の結果、僕のクラスの出し物は『お化け屋敷』に決まった。僕は上映会が良かったけれど、票が一票しか入っていないとなると、もう異論もない。

ただ、その後から変化したクラスの雰囲気が、どうも嫌いなのだ。和気藹々と盛り上がる教室で、一人準備をしていることも、突然話しかけられるのも嫌だ。

今だって、余り親しくないクラスメイトから突然声をかけられて、心臓が飛び出してしまいそうになる。確か彼は、松本くんという男子生徒だ。


「な、なんで、僕が?」


 僕は震える声でなんとか言葉を返す。僕は三秒も経たずに目を逸らしてしまったけれど、松本くんはじっとこちらを見たままである。


「だって、お前オカルト部だろ?」

「そう、だけど」

「オカルト部ってことは幽霊とかよく知っていそうだし、好きってことじゃん。」


 たしかに僕はオカルト部に所属していた。といっても、三名の部員しかいなく、殆ど活動などしていない団体なのだが。

 そもそも、僕がオカルト部に所属しているのは、決して「オカルト好きだから」という理由ではない。理由とは、僕の”過去の癖”が関係している。これはあまり思い出したくない過去だ。いや、思い出すというより、頭に思い浮かべたくないという方が正しいだろう。


 思い浮かべると、”あの子”は直ぐに姿を現してしまうのだ。


 ────ああほら、今窓の外からこちらを覗いている。


「仮装に使えそうな、シンプルかつインパクトのある妖怪っていない?」


 松本くんにも、誰の目にも映らない。教室の外から、こちらを凝視する女の子が僕の目にだけ映った。女の子は小学生くらいの見た目をしていて、どうなっているのか、頭を下にした体制で止まっている。女の子は僕と目が合うと、いつもケラケラと笑みを浮かべた。

 状況も相成って少し怖いけれど、今更騒ぐ事ではない。なにせあの子とは長い付き合いだった。





 幼い頃から友達がいなかった僕は、”友達を作って、仲良く遊んでいた”。誰の目にも見えない、存在しない友達。所謂『イマジナリーフレンド』と呼ばれる類の友達だったけれど。


普通の犬から、宇宙人、近未来のロボットまで、妄想を膨らませ色んな友達を作った。彼らは僕の理想通りの反応をしてくれるし、嫌なことは一切しない。まさに理想の友達だった。

でも次第に、彼らの存在がおかしいことに気づき、僕は少しずつ友達を作ることをやめた。思い浮かべないように、忘れるようにすると、友達は一人、また一人と姿を表さなくなった。


 しかし唯一、あの子だけは消えなかった。今、教室の外からこちらを見て笑っている女の子だ。彼女は初めて作った友達だった。だからだろうか、ぼんやりとしたイメージで生み出した彼女は、姿はあっても、存在感は薄く、喋ることもなく、故に最後の一人になって、ようやく気づいたのだ。

そのせいか、ふと思い出すとあの子は姿を見せる。けれど何をする訳でもない、ただ傍にいて笑っていて、気づいたら消えている。


 僕は、彼女の存在を心霊の類と疑い、高校ではオカルト部に入部した。除霊の方法や、正体を知るために奮闘したのだが、所詮は高校の部活動。結局今も彼女が消えていない。

 けれど、干渉してくる様子もなければ、害が起こることもなく、次第に僕は放置するようになったのだ。





「おい、倉田?」


 窓の外にいるあの子を見ていると、松本くんが心配そうに僕を覗き込む。


「え、あ……ご、ごめん。」


 人の目を五秒も見てしまった僕は、直ぐに顔を俯かせた。


「それでどう? 頼むよ。」

「いやでも……なんでわざわざ作るの……」

「どうせならオリジナリティ溢れる出しものにしたいじゃん」


 騒がしい教室でも、松本くんの声はよく響いた。なんだか視線は集まってくるような気がして、居心地がとても悪い。


「なあ、頼むよ」

「う……うん……」


 僕は、この状況から逃げ出したい一心で思わず、首を縦に振ってしまった。


「ありがとう! じゃあ頼んだ!」


 情けないそんな僕を、窓の外の彼女がケラケラと笑っている。





 久々に部室へ足を踏み入れる。人気がないのは文化祭が近いからではない。殆ど集まることも無ければ、活動と呼べることすらもしていないだけなのだ。よく言えば自由な部活である。


「えっと……あ、あった! これだ」


 僕は迷わず棚へと向かい、ホコリ被った一冊の本と手に取った。表紙にはただ『妖怪大百科事典』とだけ文字が書かれている。辞書ほど分厚いこの本を開くと、挿絵も殆どない、文字ばかりが綴られていた。


「う……目が滑る……」


 見慣れない類の本に奮闘し、なんとか手頃な妖怪を探していく。するととある妖怪が目に止まった。


「『ウシロメ』?」


 女性のような姿と、その後ろに一行だけ説明書きが書かれていた。


「『背中に多数の目がある女性型の妖怪』……か。」


 名前からも想像しやすい、丁度いい妖怪だった。この妖怪をベースにして、更に設定を付け加えれば問題ないだろう。

 目の疲れを感じていた僕は、早々に分厚い本を閉じた。





 帰宅してすぐに妖怪の創作に取り掛かったものの、気づいた頃には鳥の囀りが聞こえ始めていた。窓の方へ視線を向ければ、カーテン越しに朝日が見える。知らぬ間に徹夜をしていたらしい。


「嘘だろ、寝なきゃ……ってうわっ!?」


 カーテンを開けて空を見る。すると窓の外にはあの子が顔を覗かせていた。予想外の登場に驚き、僕は腰を抜かした。彼女はそんな間抜けな僕の姿を見てケタケタと笑った。


「びっくりした……なんだよお前!」


 どうして彼女は姿を現したのだろう。少女は暫く笑い続け、何も言わずに消えていった。


「はぁ、眠気が一気に覚めた……。このまま起きてるか。」


 不満を抱えながらも、学校へ行く支度を始める。母には「早起きね」と驚かれたが、寝てないことを告げると怒られた。

 家を出る頃には眠気が襲ってきて、危うい足取りで登校する。時折閉じる目を擦りながら歩いていると、ふと背後に視線を感じた。


「……?」


 人通りの少ない道路、離れた場所に少女が立っている。それは今朝見たあの子によく似ている気もしたけれど、違う気もした。


 普段なら気にすることではないのだが、何故か少女が気になり、よく見ようと霞む目を擦る。けれど、もう一度開いた時には、少女の姿は消えていた。代わりに、ランドセルを背負った男の子が元気に走ってくる。黒いランドセルはピカピカで、男の子の動きに合わせて蓋が揺れている。


「……寝ぼけてきたなぁ。」


 僕は歩みを戻し、学校へ急いだ。


 学校に着いたらすぐ、松本くんに妖怪の話をした。思いのほか『ウシロメ』への食い付きは良かったのだが、完成を急かされると困りものである。昨晩全く創作要素が思い浮かばなかったのが良い例だ。僕は仕方なく、授業中もアイデアを考えていた。


 黒板とチョークがぶつかる音が響く中で、ふと今朝のことを思い出す。


 あれは少女ではなく、黒いランドセルを背負った男の子だったけれど、もしも本当に妖怪の類だったのなら。


「(背後に立たれると不気味だよな)」


 こんなことで思考を満たしていると、授業が終わっていた。

 放課後の文化祭準備もそこそこに帰路につくと、僕は今朝の場所で後ろを振り向く。すると期待通りに少女の姿があったことにとても驚いた。

だが、今朝と少し違う。少女はケラケラと笑っているのだ。その笑い方はあの子と似ていた。何故あんな場所にいるのだろう。近づこうとしたその時、ほんの瞬きの間にあの子は消えた。

 少し残念な気持ちになりながら、僕は前に向き直った。彼女の出現には疑問を覚えるばかりだが、『ウシロメ』を考えているうちに忘れていった。





 今朝、カーテンを開け、窓の外を見ると少女はいなかった。昨日のこともあり、いるとかと思ったのだが、拍子抜けだった。僕はカーテンを閉める。


 と、その時、窓に反射するあの子の姿が見えた。


 彼女はいつもの笑みを浮かべ、反射越しに僕を見ている。


「うわっ!!」


 僕は慌てて振り向き、後ずさる。しかしもうそこには彼女の姿は無く、部屋には僕だけだ。なのにどこからかケラケラと笑う声が聞こえる。


  一体、どうしたのだろう。今まであの子は、こんな驚かすような真似はしなかったのに。段々と不気味に見え初めていた。

 しかし、理由を問いただす前に彼女は消える。聞いても答えてくれない。モヤモヤを抱えながら、朝の支度をし、いつも通りの時間に学校へ登校した。


 明らかに僕は曇った顔をしているだろうに、松本くんはなぜ気にせず、進捗を聞いてくるのだろう。


「おはよう、倉本。そろそろ完成したか?」

「お、おはよう……えっと、まあ、うん。一応……」


 僕は一枚の紙を彼に手渡す。松本くんは一通り内容に目を通した。


「面白いじゃん! 仮装もしやすい見た目してるし!」


 文句は言われず、『ウシロメ』は松本くんの手元に渡った。これで良いということだろうか。

 しかし僕の中ではまだ不満が残っていた。でも「もう少し練らせて欲しい」なんて言う勇気は無い。なので自己満足に、もう少しだけ考えることにした。


 授業中はいい妄想時間だ。特に五時間目は、集中力が切れかけている生徒や、眠りの世界へ旅っている生徒ばかりなので、話を聞いていなくても許される気がする。


「(背後から迫ってきて、側まで来たら何をするんだろう。目玉でも奪うのかな。)」


黒板とチョークがぶつかる音が止み、先生が教科書を読み始めた。子守唄のような、抑揚のない声が教室に響く。


「(彼女は虐められていた少女なんてどうだろう。学校で、周りの視線に耐えきれず不登校になってしまったとか。)」


 手元のノートには、授業に関係の無い落書きばかりが綴られている。


「(怨みから、生徒の目を奪い続けているなんてのはどうだろう。それが背中に張り付いてしまったとか……)」



 ──その時、嫌な予感がして顔を上げた。


 先生は変わらず教科書に視線を向けていて、僕の方は見ていなかったのだが、変わりに窓の外にいるあの子が僕を見ていたことに気づく。

またあいつかと、僕は思わず嫌な顔をしてしまった。何が楽しいのか、彼女はケラケラと笑っている。



 反応するわけにも行かず、無視して授業に集中していると、いつの間にか彼女は消えていた。最近の彼女に疑問は募るばかりだが、いつも通り授業を受け、文化祭の準備を終え、帰路に着いた。

 思ったよりも準備の時間が押し、ギリギリの時間まで残った為に、辺りはもう真っ暗だ。住宅街に入ると街頭だけが道を照らしていて、時間帯もあってか、まさにホラー映画のワンシーンに見えた。


「こんなとき、後ろ振り返ったらいたりして……ハハ」


 しかし、振り返っても誰もいないのが現実だ。僕は胸を撫で下ろし、歩みを進める。気持ち早足になっている気がした。


「!」


 少しして、車の音が聞こえ後ろを振り向いた。そう広くない一本道だ、僕は端によって車を避ける。


 その時、道路の中央に立つ少女の姿に気がついた。


 ただでさえ不気味な時間帯なのだ。こんな些細なことでも、なんでも恐怖に変わってしまう。



 僕は逃げるように足を進めた。


「っ……!」


 少し歩いて、また後ろを振り向く。


 すると少女の姿はより近づいていた。



 歩くスピードはどんどん早まり、少しするとまた後ろを振り向いた。


なのに女性はどんどん近づいてくる。

その度に歩くスピードは早く、ついには走りだす。





「っ、はあ……はあ……はあ……。」


 かなり進んだ後、僕はまた後ろを振り返った。怖い怖い思うのに、確かめてしまうのは何故だろう。

 すると、もう背後に少女の姿はなかった。


 僕は安堵の息を吐く。そしてあれはなんだったのだろうと息を整えながら考えた。



──ケラケラケラ



 瞬間、すぐ後ろから知っている笑い声が聞こえた。


 僕は勢いよく正面に向き直る。そこには想像していたあの子がいた。こんなすぐ側で見るのはいつぶりだろう。夜に見る少女は酷く不気味だった。


「な……なんだよ……」


少女は笑い続けながら、言った。




──ウシロメ、ウシロメ、私ノ名前。

──ヤット完成。私、チャント




 僕は初めて、彼女の口から言葉を聞いた。そして彼女はまたケラケラと笑った。その瞳に僕を映して、笑い続ける。


 その姿に──恐怖を覚えた。


 純粋な恐怖だ。今まで付き合ってきた過去など全て捨て去るほどの、衝撃的な恐怖で上書きされた。後ずさることも出来ず、ただただ彼女と対面することしかできない。体を動かそうとしても動かないのだ。

 この時、何を思っていたのだろう。真っ白だったはずなのに、咄嗟に僕の口からはこんな言葉が漏れ出た。


「そ、そっちは正面だ」


 彼女の言う『ウシロメ』という言葉に反応したのかもしれない。背後からくる妖怪なのに正面からやってくるのはおかしいだろうと、そう告げた。


 すると少女は一瞬驚いた表情を見せる。そしてまたケラケラと笑う。




──マチガエタ、マチガエタ、ウシロメ、ナル。




 そう言い残し、少女は消えた。





 途端に汗は吹き出し、顔は青ざめた。僕は全速力で夜道を駆け抜けた。

 そんな中で、僕は自身の行動の軽率さを呪った。


「(ああ、彼女は『ウシロメ』になってしまった!)」


 理由は分からなかったが、ただ彼女は妖怪になるのだろうと分かった。

 もしかしたら、彼女が消えなかったのは未完成な存在だったからで、何もしてこなかったのもそれが理由かもしれない。


 つまり僕は、僕は今、彼女を”完成させてしまった”のだ。


 もうどうしていいか分からない。僕は除霊師ではないし、オカルトに詳しい人間でもないのだ。

 そんな僕に出来ることと言えば、忘れるよう努めて、祈ることくらいである。全てを放棄し、目を瞑るのだ。きっと消えてくれる。今までの彼らのように。もしも彼女がまだ、僕の『イマジナリーフレンド』と呼べる存在ならの話だが。



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未完成フレンド タコ助 @Basashiko

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