第4話 清楚、これからも清楚!

 番長は「チッ」と舌打ちをし、前を向いたままコウとエイルに言う。

「ありゃこの辺を縄張りにしてるザコどもだ。前に一発シメてやったんだが」

 歩き出す番長。

「お前らは気にせずまっすぐ帰んな」

 そう言い残して、番長は待ち構えていた連中と公園へ入っていった。


 *


 広い公園の中央では、番長と十数名の不良グループが向かい合っていた。

「番長さんよぉ、テメエ負けたんだってな! それによ、まだそん時の傷も残ってるらしいが、その状態でこの人数を相手にできんのか? さすがの番長さんでもそれは無理だよなぁ!」

「どこで聞いたか知らねえが関係ェねえ、とっととかかって来やがれ」

「じゃあそうさせてもらうが……その後ろのは何だ?」

 それと同時に番長の後ろから、

「あの……」エイルの声だ。

 番長が振り向くと、そこにはコウとエイルがいた。

「お前らなんでここに!?」

 エイルは困っている様子だが、コウは微笑を浮かべて、

「お手伝いしようと思って」と言った。


 それを聞いた不良グループはどっと笑い出す。

 しかしコウは気にせず、番長の前に出ようとする。

 すかさず番長はコウを止めようとするが、微かにほころぶ口元を見て、初めて会った階段の踊り場でのコウを思い出し伸ばしかけた手を止める。

 何か尋常ではない思考回路でコウは動いている。


 ついに不良グループの前に立ちはだかったコウを見て、まだ笑いの残る集団からトゲ付きマスクに革ジャンの男が出てきてコウに近づいた。

「なんだエライ清楚だな。今なら泣いて謝れば許してやっても――」

 しかし男が最後まで言い終えることはなかった。

 一瞬の出来事だった。

 コウが正面から体を合わせるように男にぶつかっている。

 この状況を明らかにしたのは、男の腹部からボタボタと流れ落ちる真っ赤な液体。

 男がその場に崩れ落ちた時、コウの両手に握られていたのは二本のナイフだった。

 不良グループから声が上がる。

「コイツ刺しやがった!?」


 あまりの出来事に唖然としていた番長はやっと状況を呑み込み、

「コウ、お前何やってんだ!」

 しかしコウは口元をほころばせたまま、

「何って、お手伝いだけど。これを使うことになるとは思わなかったけど、この公園が綺麗な血の海でいっぱいになるように頑張ろうと思う」

 そう言って、ナイフを舌先で舐めた。

「お前、ホントにコウか」


 そのとき不良グループの一人が思い出したように、

「……その両手の得物と血がどうのってセリフ。まさかお前、隣街にいるっていう切り裂き番長か?」

 コウは左手ナイフの刃先を口元に当て、

「うーん、そうかもしれない」

 不良グループは倒れた男とコウを交互に見ていたが、

「……そういやアイツ最近転校したって噂が」

「いやでもまだホントかわかんねえだろ!」

「じゃあこのどう見てもヤベぇヤツはなんだよ!」

「知るか!」と後ずさる。

 その視線の先でコウが刃を差し向けると息を呑み、

「とにかくこんなヤツと番長がいる街にいられるワケねえだろ!」

 と一目散に逃げていった。


 コウは小さくため息をついて、

「ふう、酸っぱかった」

 番長とエイルへ振り返って微笑んだ。


 *


「ソラ君、もう大丈夫だよ」

 コウは倒れている男に言った。

「あ、はい。いやー恐かったですー」

 男は起き上がってマスクを外す。

 エイルは特に驚いた様子もなく、「おー」と男の真っ赤に染まったシャツをじっと見ていた。

 番長は状況が呑み込めず、

「ソラってあのエイルに告ったっていう……どういうことだよ」

 コウへ向いて説明を求める。

 するとコウはエイルたちから少し離れたところまで歩き、番長を手招きした。

 怪訝な様子の番長がやってくるとコウは小声で、

「エイルさんに良いとこ見せないかって、昼休みの後でソラ君を誘ったんだ。エイルさんにはさっき公園に入る前、わたしとソラ君のお芝居で番長が助かると伝えてあったから、これでソラ君の株もグッと上がるはず」

「でもよ、それって今日アイツらが待ち伏せしてるのがわかってねえと無理だし、ソラを紛れ込ませても意味ねえんじゃねえか」


「ソラ君にはこう伝えた。適当なたまり場で『ほかのヤツにやられて弱ってる番長が今日ここを通るから待ち伏せしておいてやっちまおう』と言うこと。次にナイフとトマトジュースを懐に入れておいてわたしと上手く芝居をすること」

「ああ、あれジュースか。っていやいや、フツーに聞いてたけどよ、アタイを小道具みたいに使いやがったなテメエ……。まあいい、それより昼休みに名前を聞いただけの男にカッコつけさせるためだけに、こんな大がかりなことするか?」


「それはついで」

「ついで? 何のだ」

「この街からさっきの人たちにいなくなってもらえたらなって思ってた。この先にうちがあるんだけど、かわいいご近所さんが絡まれたら嫌だから」

「……ん? それで、いつからだ」

「ここ最近、引っ越してきてから」

「じゃあアタイを階段から落としたのもアイツらをおびき寄せるためだったのか?」

「そんな。あの時はエイルさんが嫌がってたからだし、そもそも本当に偶然。たしかにさっきの人たちをまとめておびき寄せるためには番長が弱っている話が良い餌になるけど、それだけなら嘘の話でもよかった」

「でもアタイが実際に弱ってなきゃ、どっかでバレてボロが出そうだよな。さっきももしソラが嘘つきだとバレりゃ芝居は失敗してた可能性もある」


 そのときエイルが二人の元までやって来る。

「どうしたんです?」

 番長は「いや」と言い、

「コウ――いや切り裂き番長とフツーの番長でこれからの街の平和をどうするかについて話し合ってたんだ」

 と誤魔化す。

 コウは困り顔で「全部お芝居なのにー」と否定をするが番長は続けて、

「そういやエイル、ソラにここで返事しちまえよ。なんかアイツはいちおうアタイらを助けようとしてたみたいだが、それでもOKするなら一発入れてくる」

「その必要はないです」

「え?」

「もう断ってきたんです」

 番長がソラを見ると、トボトボと公園の出口へと向かっていた。

「いいのかよエイル」エイルへ顔を向ける。

「はい。だってわたし……コウさんのことが好きですから」

 エイルは両頬に手を当ててコウへ視線を送りながら言った。

「……マジで?」

「マジです! わたし、やっぱり文化祭の時にコウさんのハンカチを拾ったのが運命だったと思うんです」

「ハンカチ?」

「そうです。前を歩いてるコウさんが落としたのを。もしそこで今度転校してくるってお話を聞けなければ、こんな風に一緒にいなかったかもしれないですし」


「……なんか引っ掛かるんだよな。コウお前、まさか転校先探すために文化祭に来て、エイル見てそん時に決めたんじゃねえだろうな」

 番長はコウへ顔を向ける。

「まさか」コウは微笑を崩さない。

「そういや今朝、最初に見たときからかわいくなるのがわかってたみたいなコトも言ってたような……エイル、コイツはたぶん思ってる以上にヤバい」


 エイルは頬を膨らませて、

「コウさんはわたしに『悪いと思うなら、これからどうするかが大事』って教えてくれたんです。だから昔がどうであろうと、今清楚なコウさんを尊敬してるんです。それによく考えれば、さっき助けようとしてくれてたのはソラ君だけじゃなくて、コウさんもじゃないですか」

「なるほどエイル……でもソイツだけはやめとけ」


 コウは人差し指を口元に当て、にこやかに二人とのを見つめていた。

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清楚な女子だけど、何かが尋常ではないようです 向日葵椎 @hima_see

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