14. 初陣を終えて
強く輝いていた星の煌めきが消え、同時に夜影の軍勢も地上から消え去った。まだ空は暗いものの、月の塔という建物の頂点から太陽が観測された、つまり夜が明けたということなのだろう。
初めて戦場に出ていたケイは遊撃隊であるシェーナに付き添って(強制的に連行されて)おとめ座、てんびん座の二つの領地が守護している範囲を動き回った末に、やはりシェーナの細身な身体へ抱き着きながら飛行して元の集合場所へと戻ってきた。
「――― 負傷者なし、結界への被害もなし。特にイレギュラーもなく、想定通りの戦績と言えるでしょう。以上で報告を終わります。お疲れさまでした。みなさん、次の戦いに備えて休んでください」
それぞれ配置についていた作戦会議のときとは異なり、この場には戦場に出ていた少女たちが集結している。総数としては五十人程度であり、平均年齢は十五、六歳くらいだろうか。ケイとしては耐え難い光景ではあったが、てんびん座の使徒であるリラの報告を聞いてひとまず安心して彼はホッとしていた。
「あ、でもケイとシェーナは少し残って! 話があるから」
ただ、ケイが一息つくにはまだ早かったようで、もう一人の使徒であるルノがお世話係のシェーナともども呼び出した。
「?」
呼ばれた二人は顔を見合わせ、いったいなんだろうかと首を傾げる。とはいえ断る理由もなければ権利もないので、ケイとシェーナはすぐにルノのもとへと移動した。
「えっと、ルノはまだ大丈夫なのか?」
「星が見えてる間はね。日の出からしばらくは大丈夫よ」
元気が有り余っているようにも見えるルノを見て、ケイは呼び出された立場を忘れて自分から声をかける。尋ねられた本人はそんなことなど気にせず平然と返事をしたが、目の前に立つ青年の心情を悟って内心で苦笑いしていた。
「そうか……。それで、話って?」
「これはとても重要な話よ」
「……おう」
ただ、呼び出したのは彼女の方から話があったために他ならない。本人が言うように重要な話をしようとしているらしく、その表情は真剣なものであった。
これまでのやり取りから作られた表情にも思えたケイであったが、何を言われるのだろうかという緊張感からか、つられて同じような表情になってしまっている。
「今回用意されていた食事、あれはケイの世界のものかしら?」
「え? ああ、うん。そうだけど」
だが、その内容は至って普通、平凡なものであった。肩透かしをくらったケイはそんなことかと緊張感を弛緩させつつ頷く。
「新しく何かを用意したわけじゃないのに、ケイの作った料理は見たことなかった」
「へえ。さすが異世界人ね。異なる文化の知識や技術は何かを変えてくれるかもしれないわ。これからもケイから情報を絞り出してね、シェーナ」
「うん、任された」
「ま、そういうことだからケイ。このあとの料理係も任せたわ! どうせ暇なんだからいいわよね?」
集合前の調理をケイと一緒に行ったシェーナが話に入り、ルノと二人で話を進めていく。自分に決定権がないことは分かっている彼は自分にできることをやろうと考えているので、利用されるような立場だとしてもそれは彼女たちのわずかな楽しみになればいいと思っていた。
ただ、そんなケイも一人の人間である。内心では、作った料理に対しての感想があってもいいのではないか、扱いが雑ではないか、という思いも抱いていた。それを口に出すかどうかは別として。
「それは構わないんだけど……」
「あー、はいはい。美味しかったからお願いね。それと扱いが雑って感じてるのも気のせいよ」
しかし、超常の力を持つ使徒様には考えていることが筒抜けらしい。
「……プライバシーってどこにあるんですかね」
「ルノ、そろそろ戻りましょう。清めの時間も必要ですから」
「もうそんな時間? ケイ、また後でいろいろ話聞かせてよね」
ため息交じりのケイの呟きは無視され、タイミングを見計らっていたリラによって会話が終了する。そのリラからの視線が痛いこともあって、ケイは何も言わずに二人の使徒様とシェーナを見送ろうとした。
「私も神泉行ってくる。ケイ、覗いちゃダメだよ?」
「俺に自殺願望はないから安心してくれ」
ただ、シェーナは彼を困らせたかったらしく無表情ながら身体を隠すようなポーズをとってケイに絡む。ここで慌てる様を見せれば喜ばれたのかもしれないと思いつつ、ケイは落ち着いた様子で返事をした。
「ふふっ、よくわかってるじゃない。早速昼食の準備でもしてたらいいんじゃない? 期待しておいてあげる」
「……いや、狩りとかできないんだけど」
するとまたルノが加わり、無茶ぶりをする。
「それは私がやる。だから今ある食材でやってて」
「メインの食材がわかってないといろいろ難しいわけで……」
「今日は魚とってくる」
「わかった。やっとくよ」
ケイ係としての責任感からか、今日は当番ではないにも関わらずシェーナが狩りに出るという。そこまでしてくれるなら実際に暇なケイとしてもできることはやりたいと思ったようだ。
神泉へと清めに向かった三人を見送り、ふと彼は自分の身体が大丈夫なのか気になった。
「そういや、俺も風呂入らないとなぁ……。涼しいとはいえ、臭いとかは気にするべきだし。というか料理するのに不潔というのはなぁ。外には川もあったけど魔物とかいるし……どうしたものか。うーん、シェーナが戻ってきたら相談だな」
自分一人では本当に何もできないのだと実感しながら、ケイは迷いのない足取りで調理場へと向かうのだった。
一方、神聖な泉で入浴中の女性陣はというと―――。
「そういえばシェーナ、戦闘中ケイの様子はどうだったの?」
それぞれ女性らしく綺麗な身体を洗いながら、きちんと情報交換をしていた。
「ただ見てただけで、特に変わった様子はなかった。あと、あんまり敵を怖がってる感じもしなかった」
そろそろ自由な時間が終わってしまうルノの問いに、シェーナは淡々と返答する。平和な世界からきたわりに敵を恐れていないことは疑問であったが、彼女の印象では空を飛んでいるときの方が恐ろしそうだったため気に留めていないらしい。
「影の軍勢は?」
「ケイに近づく様子はなかった」
情けなくしがみついてきたケイの姿を思い出して笑いそうになってしまったシェーナだったが、ルノがケイのことを真剣に考えているのが伝わってきて、気を引き締めながら話をすることにした。
「そう。ほかに気づいたことは?」
「特にない」
「引き続きケイのこと、お願いね」
「うん」
いつもとは違う雰囲気の、戦闘後の清めの時間。
終わらない戦いの中、すぐそこに見えている自分たちの最期。何もなかった彼女たちに小さいながらも確かな変化を与えたのは、話題の中心にいた異世界からの来訪者であった。
十二巫女の救世主 REVERSi @REVERSi
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