【短編】国土安全保障省 職員の職務

taisa

短編

2020年11月大統領選挙


民主主義の根幹であり、無条件で信用されていた超大国における選挙は盗まれた。


これはそんな選挙の裏側のお話


注意:これはフィクションです。現実の人物、団体などには一切関係ありません。嘘松と3回唱えて読んでください

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党名、地名、実名などかなりの部分を変更しました。

ギリギリを攻めすぎました。ごめんなさい

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 MS州の片田舎。


 見渡す限り広がる農場に囲まれた民家。建物こそ複数がるが、それらは農業用のものばかり。隣人の家などはるか数キロ先。そんなある家の前に一台の車が止まり、助手席から一人の女性が降り立たった。


 年の頃は20代後半か30代に差し掛かったばかりだろうか? 美しい金髪のソバージュに意思の強そうな碧眼。そしてピッシリと着込んだグレーのスーツは、こんな田舎ではなくヨークあたりのオフィス街の方がよほど似合う出で立ちだった。


 そんな彼女が扉口に立つと、家の中から何かの話声に交じり生活音が聞こえてくる。


 事前情報通り、相手がこの家にいるのだろうことに安心した女性は扉の脇についたブザーを押す。しばらくすると扉の向こうに気配が移動してくるが、すぐに扉が開かれることはなかった。


「ご無沙汰しております。先輩」


 女性の声に観念したのだろう。ガチャガチャと複数の鍵が開く音が響いた後に静かに扉が開く。


「久しぶりだね」


 年の頃はもう30後半だろうか。よく言えばスマートな、悪く言えば農場で働くような雰囲気が一切ない男性が話かける。


「三カ月ぶりでしょうか? それはそうと入れてくれないのですか?」


 知り合いなのだろう。女性が笑顔で軽口をたたく。


 対して男性は軽く肩をすくめながら、家の中へと招き入れる。


 リビングにはどの家にでもありそうなソファーセットが一つと、小さな冷蔵庫に申し訳程度のラジオが置かれているだけだった。観賞用植物どころか家具らしい家具もなく、生活感というものが欠落した家に、女性はあきれを通り越して男性らしいという表情がにじみでていた。


 そして女性は促されるままソファーに座る。


 男性は小さな冷蔵庫から取り出したミネラルウォーター2つとコップを1つ机の上に置く。


「悪いね。豆を切らしている」


 男性は悪びれるような素振りも見せず、女性にミネラルウォーターをすすめると、自分は対面の席に座りミネラルウォーターの蓋をあけ直接口にする。


「最終的に下院議会の投票により、大統領の二期目が確定して1ヶ月。本来敵対する社民党の議員からも大統領に票が入った結果に驚きが隠せません。ヨークで現在行われているデモでは、大統領のみならず、造反した議員にも非難の声があがっております」


「大統領は会見を行いました。連邦最高裁の判決で社民党の多くの不正投票の実態が暴かれた。しかし、憲法で定められた期日までに再集計を行うことができなかったのは大変残念だ。だが、多くの人は正しい判断をしてくれたと考えている……」


「大統領の演説の中で、1月に司法省から提案されたセクション230改正を強力に推進するとありました。実質、米司法省による主要IT企業への宣戦布告と言われており……」


 選挙関連のニュースがラジオから流れている。


 男は特には何かを話す素振りを見せず静かに佇んでいる。女性からすれば逃げるのではないかとすら懸念していたのだが、久しぶりにあう男性は昔とかわらずということがよく分かった。





 ***





 女性がこの男性と出会ったのは今から約4年前、2017年3月のことだ。場所は国土安全保障省(DHS)のオフィスの一室。普段であればVIPしか利用することにない会議室でのことだった。

 急に呼び出され、事前に30分ほど資料を読むことができたが、質問など一切許されず、招集された会議室である。


 そこにはこの男性と、私を含めた数名のスタッフ。テレビ会議をするのであろうオペレーター。そしてボスである国土安全保障省長官ではない見知らぬ男性が一人いた。


「では集まったので始めよう」


 見知らぬ男性、後に長官代行となる男性は、オペレーターに会議開催の指示をすると二枚のディスプレイのそれぞれに米国民であれば誰でも知っている人物の顔が映った。


 現大統領


 そして


 元ヨーク市長


 二人が映し出され、簡単な挨拶が行われただけで、会議室の空気が一気に重くなるほどの緊張感に包まれた。


「私はこのレポートを提出した君に大変興味がある」


 口火を切ったのは大統領。演説などで聞く普段の荒々しい物言いではなく、淡々と事実を評価するビジネスマンの声が響いた。


 大統領の言葉に促されるようにレポートに目を落とす。表紙には会議後回収と明記され、タイトルにはこうかかれていた。


 ──不正投票を抑止するための投票技術


 アブストラクトの部分を軽く読むだけでもセンセーショナルな内容が書かれていた。


「投票用紙の偽造防止施策。アブストラクトにあるこれを読んだ時なぜ”いままでこのようなことをしてこなかったのか”と痛感したよ。もちろんほかの手口の考察についても興味深い」


 大統領の言葉の意味は非常に重い。


 つまり


「いままでフィクションの世界で描かれていた票の売買程度は想定しておりましたが、私たちは自国の選挙というものに誇りを持ち、不正などあるはずがないと無条件に信じていました」

「続けたまえ」


 男の言葉に大統領は頷きつつきを促す。


「しかし今回、大統領は僅差で勝利を勝ち取りました。そこには疑惑の票があったとさえいわれています。私は社民党支持者であり、敬虔な一神教の教徒である。もし、不正があったなら正さねばならない」


 男の言葉は、大統領を認めないという風にもとれる。だが、当の大統領は面白そうに笑顔を向けているのだ。


「このレポートについて予算をつけよう。君の正義を示したまえ」

「これは貴方の地位を脅かすかもしれないものですよ?」

「君が信じる正義があるように、私には私の正義はある。そして四年間で国民にその正義を示せばおのずと結果が付いてくる。期待している」


 そういうとモニターは消え、部屋の明るさが通常に戻る。


 私たちの方に顔を向けた後に長官代行となる男性の表情はかなり呆れたものとなっていた。


「私の最初の仕事が君に退職勧告になるのではないかとおもっていたよ」

「人生においてこんな機会は無いと思ったので、思うことを口にしました」

「結果が出たのだから始めるとしよう」


 こうして本当の会議がはじまった。


 このミッションは、同じ大学出身であることがわかり先輩と呼ぶようになる男性をリーダーとして、私を含めた数名のチームで行うもの。期間は約4年間。つまり次の選挙まで。


 メインプランは通常は肉眼で見えないが640nm波長を投射すると反応する非放射体を使った特殊インクでQFS暗号のコードを印刷し透かしとする。もしこの波長を投射したとしても見た目はただの点がランダムに複数配置されているだけ。暗号解読を行うと正しいかどうか判別できる偽造防止施策。


 ダミーとしてブラックライト波長(315nm―400nm)で反応する分かりやすい透かしの併用。


 サブプランはUHF帯に反応するパッシブ型のマイクロチップを投票用紙に組み込むこと。これにより3mほど離れても、センサーさえあればどこに何枚存在するか判別することができるようになる。これを使うことで何時、何枚運びこまれたか集計することもでき、最悪廃棄されたとしても、残骸が残っていれば探すこともできるというものだ。もっともコストがメインプランの非ではないため、不正の可能性の高いスイングステイトに限ってとなるだろう。


 これらの施策を施した投票用紙が見ただけでただの紙に見えるように工夫すること。

 そしてこれらを外部の人間に予算などから露呈しないようにする対策。会計監査的にはNGの事項だが、大統領によるお墨付きがあるおかげで進めることができた。


 私たちはこの日から、半年かけて投票用紙の試作を繰り返し、さらに一年かけて別名目や分散で予算化し検査機器やセンサー、チップの部材などを手配した。


 そもそも大統領選挙における投票用紙というのはむごく複雑なものだ。なぜなら州ごとに同時開催される選挙が違う。よって書式は同じだが、何ページが全く違う。よって原資を国土安全保障省が準備し、各州にて印刷を行い有権者が投票するのだが、その段取りが完成するまで丸2年の歳月がかかった。


 しかし、私たちの仕事はそこで終わらなかった。


 いや、正確には私たちは権力への執着というものを舐めていたのだ。





 ***





 2019年4月


 事務所に返ってきた先輩は自分のデスクにドカリと座ると、大きなため息を吐き出す。


「お疲れ様です。先輩。会議はどうでしたか?」


 私は先輩に声をかけるが、疲れとも呆れともつかない声がかえってくる。


「会議自体はいつもの通りだが、どうもこちらを探ってくる連中が多い」

「今日は上院議員を交えた定例の政策会議ですよね?」

「ああ。どうも社民党議員が選挙について探っているようだ」

「その口ぶり……。何を探っているか予想がついていますね?」


 二年もいっしょに仕事をしていれば、相手の言い回しや考え方というものがある程度わかってくる。


 今回の場合、先輩はすでに社民党が何を探っているのか予想できているのだろう。ただ、根拠というものが無いので言葉を濁しているパターンだ。


「予想でもあると全然違います」

「社民党は投票用紙が従来通りのものか探ってきている」

「いきなり直球に来ましたね。なんでそう感じたのですか?」


 先輩はオフィスに添え付けのコーヒードリップサーバでコーヒーを作りつつ答える。


「接触してきた社民党議員の秘書が、複数の選挙管理システムを作る会社のロビーストをつれていた。言い分は仕様がかわると選挙の取り込み用紙や自動判定するシステムの追加改修に金がかかるからだそうだ」


 一見すれば先方の言い分は正しい。


 この国における選挙の投票は数が多い。それを集計するには専用の集計システムを使っている。仕様が変われば追加開発が余儀なくされるから、そのままであってほしいと考えるのは企業として当然の行動だ。そしてロビーストを利用した動きというものは、法に従っている限り許されている。


 しかし、その程度のことで超硬合金製の心臓の先輩が弱るはずはありません。


「そんなことなら、先輩疲れませんよね」

「まあ、今のとことは、従来仕様で判別できる予定で、変更するなら相応の期間をもってアナウンスすると回答したが、わざわざこんなことを確認するには高すぎる」


 先輩はそういうとパソコンで何かを検索し印刷する。そこには、ある公開されている上院議員の政治献金リストであった。


「上院議員への政治献金にしてはこのD社って突出していますね」

「D社は、選挙管理システムの提供会社だ。そしてここからはFBIかCIAの管轄だろうが」


 そこまで言われると先輩が何をいわんとするがわかってきた。


「どうします?」

「公正な選挙のための下準備がこの部門の仕事だ」

「じゃあ、調べて正しく報告しないと査定に響きますね」

「そういうことだ」


 そういうと二人は思い思いの飲み物を片手にホワイトボードの前に立つ。手元にはこのチームの原点となった先輩が執筆したレポート。


「まずは見直しからだ。実現可否を別として、オカルト以外の不正の方法を考えよう」


 とりあえず二人でキーワードを書き出す。


 ポピュラーなものは買収。贈賄。

 足も付きやすいが簡単だろうな。

 渡し方は昔のように現金や金券。口座への迂回振り込み。いまだと電子マネーもあるか。

 州によっては事前申請を行うことで郵便投票ができる。そのご当日も投票を行う。

 いっそ死亡者や転出者を有権者登録して両方やるのはどうだ? 

 署名チェックではじかれるだろう。

 なら、監視をさせないか、監視を買収するか? 

 なら安全に企業の労組とかに支援をはかれば? 

 その辺は合法だ。

 老人ホームやコミュニティで代理投票なんてどうでしょう。純粋に書類を代理送付するなら合法でしたっけ。

 支援は合法だが、意識誘導と対抗者の票の差し替えだろ。

 リスクは少なく数をこなせばそれなりの票数がカウント出来ますね。

 古典的にブラックマーケットやマフィアに金を渡して、票集めさせるのは? 

 なら事前に郵送投票して当日も投票して2倍を狙いますよね。


 ──いっそ投票機器をクラッキングして数値を書き換えるほうが簡単そうだな


 たぶん、この何気ない振り返りが切っ掛けだったのでしょう。


 そういうと先輩はキーボードを叩く。そこには


 ──2018年8月ラスベガスで開催されたデフコン(ハッカーの祭典)で投票機器のクラッキングが話題


 という記事だ。


「これはRゲートへの当てつけでは?」

「だろうな」


 Rゲート事件。Rが大統領の選挙を違法に支援したという社民党HC陣営やメディアが煽った政治事件。結局は証拠不十分となったいわくありげな事件だ。


 わざわざハッカーの祭典で投票機器をつかったのは、こんな方法で改ざんできるという当てつけだろう。


「この電子投票機器のセキュリティホールをふさげばよいのでは?」

「普通に考えればそうだろう。もしこれを利用する側なら」


 そういうと先輩は、右手で口元を覆い考え込んでしまう。


 こうなっては時間がかかるので、私もゆっくり順番に考えなおしてみることにする。


 電子投票システムが投票を操作できるものとして、どのような人物が得をするのか? 

 それは選挙で当選した人。


 ならば電子投票システムを作っているD社に対してどのように選挙で当選した人は影響力を行使したのか? 

 株主? 社員が関係者? 贈収賄? それともD側がシステム導入に対する見返り? 

 結局両者にメリットがあるから、この点はどっちでも良いのかな。


 そもそも前例もない電子投票の票操作にリスク招致でお金を出す人などいるのかな? 


 逆に考えればいい。


 実績があれば金を出すのだ。


「先輩。電子投票システムか投票集計システムで不正選挙に成功したといわれるような報道って記憶にありますか?」

「南米なり中東なりの独裁者ならやってそうだな」


 何となく先輩に声を掛けてしまったが、普通に答えてくれた。


 もし不正投票が可能な疑惑のシステムがあれば、それを売りさばく側は売れれば売れるほど金銭的、影響力的な利益が手に入る。政治家は当選できる。双方に癒着すれば、どんな選挙が行われようとも……。


「ベネズエラ 2006年と2013年の不正選挙疑惑」


 古いものだが2002年から2013年、前期もくみあわせれば1999年からの長期独裁ともいえる権勢をふるった大統領の不正選挙疑惑だ。下馬評では対抗馬が優勢であったが、結果はC大統領がダブルスコアで再選したというもの。


 もう一つは現在のM大統領の選挙である。こちらはさらに怪しく、下馬評では対抗馬が優勢であり、選挙開始後も最初こそ優勢であった。しかしもともと電気の供給に不安のあるベネズエラは、その日も定期的にある停電によりネットを含むすべての通信手段が停止。


 しかし停電復活後、息を吹き返したようにU大統領の票が伸び、最終的には大差をつけて再選となったというものだ。


「これが本当だったと仮定して、この選挙集計をしていたシステムはどこの会社のものだ?」


 気が付けば先輩が思考の海から帰ってきたようだ。


「どうやらイギリスに本社を置くSM社のようですね」

「ここの資本と役員は?」


 役員や資本というのは、企業関係を表していることが多い。だからこそ自分達が昨年までやっていやように予算の流れを操作が必要となるのだが。


「MB伯爵。あまり情報ありませんがOソサイエティ財団の幹部といわれていますね。先輩なにかしっていますが?」

「幹部名簿はしらないが、Oソサイエティ財団で会長はJS。ユダヤ系の資産家であり社民党の大口スポンサーだ」


 さすがは社民党支持者の先輩。社民党の有名人との関係がひっかかってきた。


「SM社のIRを見る限り、中国企業やキューバ企業、ロシアの資本もはいっているみたいですね」


 出資企業を見ていくと、露骨なものもあるが2回ぐらい会社をまたぐと共産圏や独裁国家の資本がちらちらでてくるのだ。グローバル企業にはありがちなことだが、今回ななにか意図的なものも見え隠れしている。


「あと先ほどニュースで出ていたデフコンでハッキングされた電子投票機器はD社製だが、省の情報をみるかぎり、D社はSM社からソフトウェアが提供されていて、集計システムの基盤はSM社のもの見たいだな」


 つまり表向きはSM社(基盤)⇔D社(投票)という流れである。


「あと、情報ソースとしてかなり怪しいですが、世界各国の選挙詐欺疑惑もありこの国でも使用禁止になったSY社も絡んでいるみたいです。流れとしてはSY社が破産し、SM社が債権を回収、選挙詐欺システムを集計システムに統合したというものもありますね」


 SM社(基盤、一部にSY社)⇔D社(電子投票システム)という流れなのだろうか? 


「D社の電子投票システムにある脆弱性は、仕組まれたバックドアであり集計結果を操作するためのものと考えるほうが自然だな」

「CIA案件という噂もありますね」

「ヨーロッパを含む選挙のたびにCIAが介入しているという噂だな。ん? SY社の製品はこの国で使用禁止になっているな。申請上はSY社の資本は見えないが」

「ですが、D社にしろ、SM社にしろ、かなりの国で使われているな~」

「全員が票操作をしていない。必要に応じて利用していると考えるべきでは」

「しかし、その企業の製品が、20州以上で利用されているということか」


 そういうとコーヒーを置き大きなため息をつく。


「共産党勢力や独裁政権と社民党が手を組み、選挙の投票を操作するということか。まだ選挙を行っている国の出資ならまだわかる。選挙制度すらない中国が出資しているということはどういうことだ?」


 考えただけで嫌になる推論に、頭を抱えたくなる。


 もちろんこれは推論に推論を重ねた思考実験でしかない。


 しかし大統領府の発表を見つけてしまう。


 ──2018年9月12日に発行された緊急執行令 この国の選挙に関与した外国勢力に制裁を加える


 つまり、私たちの大統領はすでに似たような懸念をもっており、法整備したチームが存在するということだ。


 どちらにしろ、上司を通してアポイントメントを取り、すり合わせを行う必要があるということだ。





 ***





 2019年12月


 私と先輩は長官代行となった男性と共に、大統領とのテレビ会議に参加することとなった。


「さて報告を受けよう」

「結論から申し上げます。社民党は選挙を操作する手段を複数持っていました」


 先輩はパソコンを操作し、一枚目の画面を表示する。


 ダイレクト

 ポスト

 システム


「ダイレクトとは、昔ながらの手法。大小の買収なり、詐術を組み合わせることで一人ないし複数人の投票を操作。老人ホームやコミュニティといった小さなものから企業、果てはブラックマーケットやマフィアに仕掛け大量の票を刈り取ります。マフィアの構成員も国民であることにかわりないのですから。もっともこれらについては、いままでの判例でいくらでも調査できることでしょう」


 これは大なり小なり世界中の選挙で行われていたことだ。貧困層で大量の人を雇いバスに乗せ投票所に連れてくるなんて事すら行われている。ただ、判例も多いので対策もしやすいのだ。


「次にポスト(郵便)を使った事前投票。顔が見えないからこそ様々なことができます。まずは正攻法で郵便投票を行い、何食わぬ顔で当日の選挙にも出向く。死者、すでに転居して在住していない人の名で有権者登録を行い投票すること。有権者登録を行う職員数名を買収することで可能です。そして……」


 先輩は言いよどむ。しかしすぐに意を決したのだろう。


「私が聞き及んでいる……いえ、持ち掛けられている投票用紙の偽造。投票用紙を事前に入手し作成。偽装した有権者の情報とあわせることで数万、全米で数十万の投票を生み出すことができるかもしれません」

「偽の投票用紙と身分証はどこで?」

「一部は米国内。しかし大量では足が付きます。聞く限り半数以上は上海と香港経由で入手するようです。この件の関係者の情報はレポートの10ページに一覧を載せております」

「現在の配布予定は?」

「有権者登録の数が確定次第、州の担当局にミス用の10%を上乗せした数の原紙を配布します」

「わかった。予定通りに続けたまえ」

「わかりました」


 予定通り。紙の材質、仕様、レイアウトの変更はないという情報を流すということだ。むしろ先輩のことだから、同志ともいえる社民党の内部がこんな内容を計画するだけで実行に移さないことをまだ期待しているのかもしれない。


「最後にシステムです。D社というより、SM社のソフトウェアには、USBメモリにBASE64でエンコードした命令を読み込む機能があります。あくまでメンテナンスやテスト用の機能でありマニュアルにも明記されていますが、これを使うことで好きに偽造した投票用紙を読み込ませカウントを増やすこともできます。また命令セットには取り込みアルゴリズムのみを変更することができるものも見つかりました」

「偽の投票用紙を読み込んだデータで好きにカウントを増やすということは分かったが、取り込みアルゴリズムのみを変更あるが、実際どのような方法があるのかね?」

「電子投票システムは投票を行うと記録としてメディアに記録します。画面上は例えばA氏に投票したとしましょう。実際メモリ上にはB氏に投票したと記録させます。もしすべて登録をすれば誰の目からもすぐに不正とみなされることです」


 ここで先輩は一息つきます。


「ここで登場するのが1960年代後半にヨークのある銀行で実際に行われた事件です。いわゆるサラミ法と呼ばれる手口ですが、100件中100件の変換はバレます。しかし100件中5件なら投票結果から怪しいと考える人はいるでしょうか?」

「なるほど。もとも10%以上勝っていれば問題ないが、接戦であれば差し引き10%程度なら操作は露呈せず、相手の勝利となると」

「はい」


 実際大統領も接戦を制して当選したのだ。


「先輩」

「ああ、その通りだ」


 私が発言しようとしたとき、先輩はさえぎった。


「この機能は2016年の選挙でも使われていたことでしょう」


 先輩の言葉に大統領は視線を一回外す。


「正確には、HC陣営はダイレクトとシステムを使いほぼ勝利を確信していた。最後

 の最後で詰めを誤ったのです」

「ああもあっさり敗北宣言を出したのは、法廷で争いこれらの仕込みが露呈することを恐れたのか」

「そう考えることこそ自然です」


 先輩は机の下で右手を強くにぎりこんでいるのが見える。この告白は社民党支持者である先輩にとっては期待していたものが、虚像でしかなかったことを認めるにほかならないのだろう。


「では、同じ操作をしてくると?」

「いえ。社民党としては実質2回目のチャレンジです。ダイレクト、ポスト、システムを2重3重に活用し、できうるすべての方法で投票を増加操作し、前回のそれを上回ってくるようです。15ページをご覧ください。集計システムのほうに通信機能のチップが組み込まれています。表向きは防犯用GPS兼メンテナンスユニットとなっていますが、リアルタイムで通信を送信するようです。親しくなったSM社のエンジニアからの情報ですが、2013年のベネズエラの大統領選と同じロジックといっておりました」


 電子投票のシステムは複数の機能にわかれている。

 最初に上がったのは投票自体を電子化するもの。

 そして後者の集計システムは、紙で投票されたものや、郵送投票を開票し、入力していくためのシステムである。より根幹の部分であるが、同時に少なくとも入力者にチェック者、そして監査人など複数の目があるためあからさまな操作は難しくなるのだ。なによりそこには紙という物証がある。もし紙と電子の比較集計などがされればおかしいこととなるのだ。


「最悪全米で停電が起こるとも?」

「もう大統領もお気づきでしょうが、スイングステイトだけでよいのです。270の選挙人を確保すれば良いのですから。つまりダイレクト、ポスト、システム。すべてを実施し正しい推移を見守る。そして、もし不利になるなら紙の偽投票用紙を準備し、夜に一度集計を停止させ翌日に再開する時までに現物を持ち込み、リモートから登録することでしょう」

「もし、このシステムをデモストレーションするとすれば、どこだとおもう?」

「2020年春のZ国の国政選挙かと。規模も程よく監視しやすいなにより。SM社の投票と集計システムがはいっています」


 だれもが溜息をつく。


「最後に質問をしよう。もし選挙当日この選挙詐欺システムが稼働したとき、どう対応すべきだ?」

「第1に当日集計システムを1台でもいいので差し押さえて通信先を調べます。可能なら、こちらのような機器と取り付け通信を記録するか、エシュロンで通信パケットをロギングしてください。通信はSSLあたりで暗号化して正しい情報と操作情報を株式操作のやり取りのように送受信するはずです」


 先輩は机の上に小さな箱とポータブルHDDのようなものを置く。これは報告書につくられていた、簡単な通信傍受のユニットで、インターフェースを監視し指定時間のTCPDUMPを取得するというもの。アマゾンの通販で売っているようなもので簡単につくってしまったので、特別な技術を使われているものではないが、通信を丸裸にするという点は恐ろしいと感じてしまいました。


「第2に送信先のサーバが判明したら米軍なりで確保をお願いします。サーバにどの程度の情報が記録されているかは不明ですが、全記録が残っていればベスト。ログ、DBの一時記録だけでもあれば御の字。そうでなくてもサーバに組み込まれた暗号錠があれば、エシュロンでロギングした情報の解析に役立ちます。あと可能性ですが、情報はそこを経由して第三国に流れている可能性もあります」

「どのタイミングで動くべきか?」

「第1の確認は、選挙一週間前から前日までにアップデートという名目でD社がメンテナンスに入るはずです。そのあと投票開始までに。第2についてさすがに停電はないでしょうから、監査人の入出を断ったり、部屋から追い出したり、夜になって一時ストップして全員を帰宅させるように仕向けたり、そんなことをするところがあれば合図とみていいでしょう」

「ほかにあるかね」

「現在把握している3社の人間の人間関係、判明している個人情報、LinkedInなどの人材情報のコピーなどは別紙にまとめております。司法取引に応じそうなメンバーについても特機しております」


 重苦しい空気が流れる。


 もし、半年後のZ国の選挙で統計上怪しい数字が上がるならば。


 もし、社民党が郵便投票を積極的に喧伝するならば。


 もし、選挙当日の投票推移に統計上おかしな動きが記録されたならば。


 もし、当日集計や監査を妨害するような動きが出てくるならば。


 もし、集計の一時停止が行われるようならば。


 想像するだけで嫌になる未来が待っている。すくなくとも選挙というものの公平性を信じることはできなくなるだろう。それこそ、民主主義の根幹の破壊であり、引いてはこのシステムを講演する独裁者たちや共産主義者たちの思うツボなのだろう。


 だが懸念が現実化した。


 2020年春のZ国の選挙で、事前投票の比率は地域差というか特色はあったが、選挙当日は全選挙区で与党議員64%前後の得票で勝利となった。どう考えても統計的にあり得ない数字となった。


 そして2020年夏、世界で大流行した感染症を理由に郵送投票の推進を。事前郵便投票をやっていなかった州まで急遽実施となったため、現場では大混乱が発生した。







 そして先輩は11月4日、先輩が集めた不正投票のたくらみに関する資料を宣誓供述書にまとめ、辞表とともにオフィスを去っていったのでした。





 ***





 最終話


 ラジオからは、大統領再選に伴う報復とも不正浄化ともとれる数々の政策が発表される。


「普通に考えれば、こんなに早く対抗政策がでるわけありませんよね。大統領選挙直後の1月に行われる上院補欠選挙にD社の投票システムの利用が禁止されるとか」

「2018年段階で根拠となる強制執行の大統領令が発行されているんだ。議会側も文句はいえないさ」


 結局、私たちの予想通りに事は推移してしまったのだ。


 あらゆる不正をする社民党陣営。対する大統領は、バイデン候補の中国共産党や独裁国とのスキャンダルを後半に発表。そして選挙でも怪しいという国民世論を作り出してしまった。


「最後の操作さえしなければ、前回のように次の選挙まで潜伏できたかもしれないのに」


 先輩はぽつりと呟く。


 すべての想定外は大統領の圧倒的な人気だった。最後の会議でいうダイレクトとポストとシステム。すべての初期工作さえも跳ね返すほどの人気を獲得したのだ。


 だからこそ社民党側は最後に無理な操作をして、選挙に疑念を持たせてしまった。


「大統領が気付いていないと信用しきれなかったのでしょう。そして何も手をうたなければ、次の4年でいままで築き上げた不正システムの根幹が破壊されてしまうかもしれない。もしシステムの不正が証明されてしまえば、全世界で同様の操作がされていたと暴露され、二度と同じ方法が使えなくなるかなら」


 先輩は淡々と感想を述べる。


 省を辞職し3カ月


 最新情報にアクセスできていないハズなのに、その読みは昔とかわっていない。


「で、要件は? こんな田舎にまで世間話をしにきたわけじゃないんだろう?」


 先輩は席を立ち、カーテンを少し開く。外の車の横には運転をしていた男性がタバコに火をつけているのが見える。


「不正選挙工作者の一人として逮捕にきたってわけじゃないようだね」


 それはそうだ。逮捕するなら運転手の男と知り合いの女というのは不自然すぎる。


「はい。わたしも省をやめましたので、ここに置いてくださいっていったら納得してくれますか?」


 私は精一杯の笑顔を先輩に向ける。


 だけど先輩は胡散臭そうに私を見つめ返す。


「まだ、証言台に立てといわれるほうが信用できる」


 本当に胡散臭そうに吐き捨てる。女としてのプライドが気づくが、先輩らしいといえば先輩らしいと納得する。


「省をやめたのは本当です。こちらが今の名刺です」


 そういうと私は一枚の名刺を机の上に置く。


「鷲の印章ね。いつからというより最初からだったのかな」

「はい。最初からこっち(FBI)の所属でした」


 そう。後になって分かったことだが、CIAもFBIもかなり社民党の影響下にあったのだ。その中で、始まった対不正選挙プロジェクト。そこでまだ新人の私も思想的にフラットという理由で選定されたそうだ。


「こちらは大統領の書簡です」


 先輩は書簡を受け取ると、中を見る。

「断ることは可能かな?」

「可能ですが、私がここに居ついて監視することになりますよ?」

「それは困るな。プライベートは一人で静かに過ごしたいんだ」


 先輩はうそぶきながら書類を机の上に放り投げられる。そして無造作に机に投げ捨てる。大統領からの書簡を投げ捨てるなんてと思うが、先輩の内心を思えばわからなくもない。


 それは大統領署名の入った連保捜査官への就任要請書であった。


「もしこれを受けたらどうなるんだ?」

「もちろん一緒に捜査ですよ? 先輩。なんせ仕事は山ほどありますから」


 私の答えが気に食わなかったのか、先輩は大きなため息をつきながら窓の外を眺めるのだった。


 もっとも時間はたっぷりある。


 夜はこれからなのだから。






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注意:これはフィクションです。現実の人物、団体などには一切関係ありません。嘘松と3回唱えて読んでください


大事なことなで二回かきました。

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