映画

 人は嘘を発明してから発展して来た。言葉、社会、経済──そして娯楽。嘘のために現実は豊かになり、今となっては嘘から出た真の如く、技術なくして生活はできない。

 最近になって、特に娯楽が発展した。つまるところ、彩り豊かな作品コンテンツによって、退屈な日々は色鮮やかになったということ。黄金時代と言っても良いかもしれない。二ノ宮サヨリは今、映画館シアターの席にひとり、友人の一ノ瀬エマを待っていた。彼女はドリンクを買いに行っている。

 今日見るのは"もしもシリーズ"と言われるモキュメンタリーもの。今回はハイジャックがテーマだった。二ノ宮の趣味ではない。一ノ瀬がこれを選んだのだ。

「どうしてこれにするの?」

「人質の気分を味わいたいから」

 それは想定を上回る回答だった。趣味嗜好がとてもわからない。

「ゲームのやり過ぎじゃない?」

 映画は一昔前のゲームのように、選択肢によって様々な物語へと枝分かれする、アクティブな体験ができるようになっていた。

「映画とゲームは違うよ」一ノ瀬は既にチケットを買っていて、もう二ノ宮に観る以外の選択肢はない。「ゲームは自分で行動できるけど、映画は他人の行動を見ているだけ」

「追体験には変わらないよ」二ノ宮は言った。

「積極性が違うでしょう」それから一ノ瀬は、「緑色なのに青信号くらいの矛盾かな」

「なにそれ──信号って?」

「信号機のことだけど。……歴史の勉強ちゃんとしてる?」

「過去は振り返らないタイプなの」二ノ宮は目を逸らした。

「良く言うよ」一ノ瀬は笑う。

 一ノ瀬エマがドリンクを手に隣の席に座ったので回想は終了。と、同時に上映が開始された。

 内容はこうだ。主人公の親子ふたりが乗り合わせた飛行機で、ハッキングされた小型ドローンがテロを起こそうとする。果たして親子は生き残れるか?──というもの。

 見ているだけでハラハラする展開に、二ノ宮は緊張しっ放しである。視線感知システムによって、観客の見ている箇所=意識がどこに向いているかを検知し、シームレスに物語が変化していく。

 例えば、主人公が一匹のドローンを目の前に、隠れるか壊してしまうかを悩んでいる場面シーンで、椅子の背もたれを見ていればそこへ隠れ潜む。主人公と虫とを視線を行き来させれば、異なる展開へと移り変わり、やがて手で叩き壊すのだ。

 行動次第で物語が変わるので、エンディングも様々な種類がある。今回は何ということか、飛行機の窓から見えたUFOを一定数の人が見つけたがために、宇宙人が首謀者であったという衝撃的なエンディングになってしまった。つまるところギャグエンドである。

 二ノ宮は映画館を出るなり、

「なんでこうなったかなあ」と呟いた。

「あそこに居たら誰だって見ちゃうよね」

 二ノ宮も一ノ瀬もUFOを見てしまったので、後悔は尽きない。

「配信されるのを待とう」一ノ瀬は徐々に笑い出し、「真面目な映画だったのに、なんだこれは……」

「ふざけてるよね」二ノ宮も釣られた。

「もう最高」

 一ノ瀬は噛みしめるように言った。

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