メイク

「好きな人ができた」

 と、一ノ瀬エマが言った。携帯端末から見せられた画像には、確かに整った顔立ちの男の人が写っている。しかし二ノ宮サヨリは気がついた。右上にあるロゴマーク──"株式会社・非実在性"という文字に。

「これは?」二ノ宮は聞く。

「作ったの」一ノ瀬ははにかんで、「私の趣味全開……って、ちょっと引かないでよ」

 最近の流行ブームというか文化ミームというか、この世に実在しない人を作る、というソフトが人気になっている。手軽な操作性と自由さとが相まって、若者を中心にウケている……らしい。そう報道されていた。そのニュースのおかげなのか、瞬く間に広まったのだ。

 今では専門の造形作家までもが現れて、様々な人を作るためのレシピが紹介されている。

「ちょっと課金しちゃってね」

 一ノ瀬はドローンたちに情報を転送し、ホログラムをその場に出した。端末から操作して、服を着せ替えていく。成る程、洒落ている──と、二ノ宮は思う。

「こういうのが趣味なの?」

「まあね」心なしか、一ノ瀬は恥ずかしそうに笑う。

「恥ずかしいなら見せなければいいのに」

「趣味は恥さらしです」

「露出狂の派生系? 誰も得しないと思うけど」二ノ宮はちらとホログラムを見て、「でもまあ、悪くはないと思う」

「でしょう!?」

 一ノ瀬は嬉しそうに二ノ宮の肩を何度も叩いた。それが少しばかり痛い。

「ねえ、二ノ宮もやってみない?」

「え、私が?」

「そう。作るのは時間がかかるけど、やってみると案外楽しいよ」それにね、と一ノ瀬は続けて、「自分でも知らない嗜好に気付けるよ……」

 何故か怪談話をする時のように、おどろおどろしく話してみせる。二ノ宮は口角を上げて、

「好きな人を作る──か」

「そうそう。ほら、貸したげる」

 と、一ノ瀬から端末を受け取る。

「じゃあ作ってくるから、ちょっと待っててね」

「あいよー。それまで"ナカハマ君"と遊んでる」

 部屋を出て行きかけて、二ノ宮は立ち止まった。

「ナカハマ君って誰のこと?」

「こいつ」

 一ノ瀬はホログラムの男に向けて指を差した。すると、ホログラムは顔をきょろきょろと見回すリアクションを取る。

「喋らないもけれど、見ているだけでも楽しいからね」

「まるで道化みたい」

「ところでさ」一ノ瀬は突然、話題を変える。「道化の英訳ってピエロ? それともクラウン?」

「さあ、どっちでも良いんじゃない?」

「もしかしたらさ、王宮に呼ばれた人がクラウンって呼ばれるんじゃないかな」

「その心は?」

王冠クラウンは王様のお墨付き」

 二ノ宮は舌打ちをして、部屋を出ていく。その後調べてみると、ピエロはフランス語だった。

 それから数分後。

「私なりのイケメンができたよ」

 扉越しに二ノ宮の声が聞こえ、

「じゃあ見せて」一ノ瀬はワクワクして待っていた。「それにしても、やけに早かったね?」

「メイクは得意なの」

「あれ、もしかして経験者? 前にも人を作ったことがあるの?」

 首を傾げる一ノ瀬の元に、二ノ宮が現れた。彼女はしかし、自分に化粧メイクを施している。びっくりした一ノ瀬は絶句した。彼女は確かに美男子のそれだった。

「えっと……男装?」

「私の理想の男性です」

「ナルシシストかあ……救い難いなあ」一ノ瀬は吹き出した。

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