勉強会

 何事も継続なり。継続は力なり。力あってこその弱さや優しさはまかり通るのであり、無力に美するところは何もない。ただひとつ、暴力を除いて。

 暴力はこの弱肉強食の世界においては必定であった。他を排するためでなく、自らのものとするためであり、三大欲求と呼ばれる肉体ハードウェア仕組みプログラムに他ならない。

 それは勉学も同じだった。暴力的なまでに成績を評価され、他者と比較され、自らの力を誇示しなければならない。──昔まではそうだった。今では自由にのびのびと(というテイの)教育がなされるため、生徒には大した心理的抑圧プレッシャーはない。

 むしろ教育学の発展により、知識は人の積極性を排することがわかった。つまり、ひとつ答えを知るとそれ以外が間違って見える──という錯覚を生んでしまいかねないのだ。

 このために、子供の時分には様々な経験を、それも成功体験をさせることが優先されるようになった。また、遺伝子検査によっても個々人の良さが別々に、必ずひとつはあることがわかった。そのため、やる気を引き出させるための──心理学用語で言うところの正の強化──つまるところの褒めて伸ばす教育方針となっている。

 ──が、しかし。一ノ瀬エマのような例外もいる。彼女はかなりの飽き性で、且つ、怠惰を極めたような性質を有している。少なくとも二ノ宮サヨリの観察ではそのように思われる。さて、"一日一歩、四日で三歩"の三日坊主たる彼女がまともに勉強をするだろうか?

 二ノ宮は断言する。

「あり得ない」と。

「え、どうしたの」一ノ瀬の驚いた顔。

「どうしてそんな高い点数が取れるの……」

 二人はオンライン上で勉強会を開いていた。沢山のドローンたちが光を集積し、そこにホログラムとして友人の姿が浮かび上がる。彼女と目を合わせようとすれば、奥底の虫たちの複眼レンズがそれを画角に収めるので、まるで見つめ合うような形になる。

「あり得ない……」呆然とした表情で、二ノ宮は再度繰り返す。「まさか、実は家では猛勉強してるとか?」

「なんだか馬鹿にされている気がする」一ノ瀬は頬を掻いて、苦笑した。「勉強なんてしないよ。知識データばかり覚えることのなにが楽しいのやら」

「じゃあ、どうして」

 同じテストを二人で行った結果、二ノ宮よりも一ノ瀬の方が良い点を取った。努力型の二ノ宮からすれば驚きであり偶然とも思ったが、一ノ瀬の答案を見る限りでは必然だった。文章による解答は完璧。恐らく、単なる知識のみならず、仕組みシステムごと覚えているのだろう。

「どうやって勉強しているの」二ノ宮は聞いた。

「授業を受けたり」

「寝てるじゃない」

「耳に目蓋はないから……」一ノ瀬は耳たぶを触り、「睡眠学習かな。眠ると記憶が定着するって言うし」

 二ノ宮は尚も疑いの眼差しを向ける。

「それで、本当は?」

 虫を遠隔で操作するストローレース──文字通り、ストローの中を走らせる競争のことである──でも敗北している二ノ宮は、プライドのためか納得がいかなかった。

「体験学習かな」

「体験学習?」

「そう。覚えるより慣れろってこと。人生が勉強なら、知るより行う方が身につきやすいでしょう。だからね──」

 ホログラムの一ノ瀬が、何かを取り出した。それが何かは二ノ宮にはわからない。

「見てよこれ。『一生ゲーム』買ってもらったの。これを遊ぶだけで色々と身につくんだね」

 二ノ宮は天を仰ぎ、真面目が馬鹿を見ることを嘆いた。しかしながら、こう考えられなくもない。馬鹿の語源とは、"鹿を馬と言わなくてはならないので、敢えて阿保な振りをすること"である。つまり、賢明なものにしかなし得ないことである。

 ということは、一ノ瀬とは馬鹿てんさいであり、真面目はそれと相見えることができるという意味なのだ──と。ならば、確かに勉強になった。言葉には解釈の余地が残されているとわかっただけでも収穫である。

 二ノ宮はそっと電源を落とした。

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