知らないあの子

つずき

知らないあの子

「ねぇ」


 いつもの朝の通学路。

声をかけられたのだと思い後ろを振り返る。


 そこには誰もいない。


 正確にいうと人はいる。朝のいつもの通学路を登校している人はいるけれど私に声をかけた人物はいない。

 友達と話しながら歩く人、下を向いて1人で歩いている子、自転車に乗って横を通り抜けて行く子。みんなそれぞれ違う方向を向いている。

 私と目は合わない。


 通学路の右端の大きな桜の樹が目に入る。私の通う桜中学校の名前にもなっている桜の樹だ。

 春のこの時期になると、通学路は桜の花びらが雪のようにひらひら舞って綺麗だ。


(あっ…)


 通学路の桜の樹の下で”あの子”はいつも誰かを待っている。


 別に珍しい光景でもない。あの桜の樹の下はいつも誰かが、誰かを待っている。

 目立つので良い待ち合わせ場所になっているのだ。


 でも、あの子は毎朝決まった時間にあの桜の樹の下に立っている。

 いつからだろう。あの子を見かけるようになったのは…

1年生のときには見かけていたし、3年生になった今でもよく見る。

 毎朝登校のたびにあの子を見ているのに、校内で見かけたことはなかった。

 1年生の頃から3年生の今まで見ているのだから、私と同じ学年であることは

間違いないと思うのだけれど…


 ふと、振り返って立ち止まっている自分が恥ずかしくなり、さっと前を向いて

歩き始める。さあっと風が吹き抜けると桜の花びらが通学路に舞う。

 今度は後ろから誰かが駆けてくる足音がする。

 ドンッと後ろから抱きつかれる。


「わっ!!」

「おはよう!加奈!!」

「由香!おはよう」


 由香が楽しそうな笑みを浮かべる。

 由香は3年生になってから同じクラスになった子だ。明るくて一緒にいると

楽しい。さっきの声は由香だったのだろうか。


「加奈が歩いてるの見つけて走ってきちゃった」

 はぁっと由香が息を吐きだす。少し息が切れていた。


「そうなの?あっ!じゃあさっきの声、由香だったのか。無視してごめんね」

「私が声をかけたの、今だけだよ?めっちゃ走ってたし」

 不思議そうな顔をして由香が私を見る。本当に違うみたいだ。


「そっか。じゃあ、私の勘違い!変なこと言ってごめん」

「何?どうゆうこと?」

「おはようって挨拶されたと思って振り返ったら、誰もいなかったの。たぶん、他の人に言ってるのを聞き間違えたんだと思う…」

「あ~あるある!私も自分に言われてると思って挨拶したら、となりの人だったってことあるもん。あれ、恥ずかしいよね!」


 あははと由香が笑う。さっきまで恥ずかしかった気持ちがすっと軽くなる。

 風がまた吹き抜けて桜の花びらが舞う。

 由香と校門を通り抜ける頃には、私は桜の樹の下のあの子のことをすっかり

忘れていた。


*****


 今日は卒業アルバムの個人写真の撮影日だ。

 女子は少しでも良く写ろうと、自分の番がくる前にかわるがわる

女子トイレに行っては、髪やメイクを整えて順番を待つ列に戻ってくる。

 そして、友達にねぇ私変じゃない?とお互いの見た目を確認し合っている。


「やだなー。私こういう写真ってちっとも良く写らないんだよね」

 小さな手鏡を見ながら由香がせわしなく前髪をいじっている。


 由香と私は苗字がとなり同士なので由香が前で私が後ろに並んでいる。

 由香が「畑」私が「畑中」3年生で同じクラスになって初めの席順が一緒で

仲良くなった。


「皆そんなものじゃないの?」

「そうかな~相澤さんは絶対そんなことないよ」

 由香がぷいと横を向く。視線の先には写真撮影を待っている相澤さんがいる。

 うちのクラスで1番かわいい女の子だ。男子からもすごくモテるし、誰にも分け隔てなく優しいので女子からも好かれている。

 完璧というのは、ああいう子のことをいうのだろう。


「あ~…確かに…」

 すると、何かを急に思い出したのか由香がくるりとこちらを向く。

 ちょっといたずらっぽい笑みを浮かべている。


「ねぇ、そういえば知ってる?」

「何を?相澤さんのこと?」

「違う違う!全然別の話!去年、卒業した先輩から聞いた話なんだけど」

「うん」

「ほら、うちの中学って1学年7クラスもあるでしょ?」


 私達の通う桜中学校は東と北にある2つの小学校の子供達が同じ中学校に通う。

 そのため、市内にある中学校の中でも1番人数が多いのだ。


「3年間通ってても絶対同じクラスにならない人もいるし、クラスごとの集合写真見ても顔知らない人とかいるじゃん」

「そうだね。実際そんなに関わる機会もないし」

「そうそう。同じ学年の廊下歩いててすれ違っても、この人誰?別の学年?かと思いきやジャージが同じ色だったみたいな」

「ふふっ。あるある」

「それでね。先輩も卒業アルバムをもらってクラスごとの集合写真を見たときにね、ほら、あの桜の樹の下で撮るやつ。同じようにこの子は見たことあるな~とか、この子は話したことあるな~って思いながら見てたんだって。そしたら…」

「そしたら?」

「全く見たことない知らない子が5組のクラス写真に写ってたんだって」

「先輩が知らないんじゃなくて?」

「先輩も初めはそう思ってたんだって。それで同じ5組にいた友達に、

この子誰?って聞いたの。そしたら、その子も知らない。見たことないって」

「…心霊写真ってこと?」


「何それこわーーーいっ!!!」


「「キャーーーーー!!!」」


突然、後ろから大きな声で話しかけられて思わず2人で叫び声を上げる。


「静かに!!」

列の前でクラス名簿にチェックを入れていた先生に怒られる。

「「ごめんなさい…」」

「あはははっ!」


 突然、声をかけてきた張本人は期待通りの反応をしてくれたのが嬉しかったのか、

けらけらと笑っている。


「ちょっと、詩織!びっくりしたじゃん!!」

 由香が詩織に向かって手を挙げて、叩く素振りを見せる。

 それを手でガードするマネをしながら詩織が話しかけてくる。


「ごめん、ごめん!2人がヒソヒソ話してるの見て、ついからかいたくなっちゃって」

 クスクスとまだ笑っている。

 ガードしている詩織の手をぽんっと由香がたたく。本当にびっくりしたのだろう。

 ちょっと怒っていた。

 詩織は由香と2年生のときも同じクラスだったらしく、気兼ねしなくて

良い仲だからなのか、由香にちょっかいをかけては毎回怒られている。

 私は由香との繋がりで彼女と仲良くなった。

 詩織は苗字が「相川」なので先に個人写真が撮り終わったようだ。


「でも、それって本当の話?ふざけた先輩が写ってるだけじゃないの?」

 興味津々で詩織が聞いてくる。

「それがね、別に今回だけじゃないんだって。今までも卒業アルバムのクラス写真に知らない子が写ってたって言ってた。写っている人を1人ずつ数えていくとクラスの人数よりも多いんだって。ちょっと怖くない?」

 私達を怖がらせようと真剣な顔で由香が話す。

「私達の代でもあるかもね」

 詩織はいたって楽しそうなままだ。顔がにやけている。

 私はというと正直こういう霊的な話は小学校のときから、いつだってあるので全く信じていなかった。学校のトイレに遠足の写真。

 心霊現象だの怖い話はいつだってあるのだ。

 こういう話は一体どこの誰から始まるのだろう。


(知らない子か…)


ふと、桜の樹の下で毎朝、誰かを待つあの子を思い出す。


「ねぇ…知らない子で思い出したんだけど」


 私が急に話し出したので、2人が同時に私を見る。

「由香も詩織も毎朝、桜の樹の下でいつも誰かを待ってる子がいるの、知ってる?」

 2人が顔を見合わせる。考える素振りを見せて先に詩織が口を開く。

「いつも誰かしら待ち合わせしてる子を見るけど、私が通るときには見たことないかな。ほら、私いっつも遅刻ぎりぎりじゃん?」

 悪びれもせずに詩織が言う。

「由香は?今日もその子いたんだけど。見たことある?」

「覚えてないなぁ…加奈見つけて走ってたし」

「そっか…」

「あ~もしかして、加奈好きな人とか?」

 詩織がまたからかい始める。

「違うよ。いつも毎朝見るのに、校内で見たことがないの。言っておくけど女の子だし、恋愛の話じゃないからね」

 なぁんだと詩織がつまらなそうにつぶやく。

「他の学年じゃない?2年生も1年生も7クラスあるんだし、見たことない子がいたっておかしくないよ。私の通ってる塾も桜中学の子多いけど、通い始めた頃、同じ学年にこんな子いたなんて知らなかった~ってことよくあったよ」

「私が入学してからずっと見てるから、同じ学年だと思うんだけど…」

「そんなに気になるの?その子のこと」

 由香が不思議そうに尋ねてくる。

「特に理由はないんだけどね。どんな子なのかなって、ちょっと気になってるだけ」

「来年で私達、卒業だもんね。今まで気にしてなかったことが、もう終わるって思うと色々気になっちゃうのかもね」

 由香がそっと気遣ってくれるのがわかる。

「あっ、列進んでるよ。先に教室戻ってるね」

そう言って詩織は教室に戻って行った。


 由香の言ってくれた通り、来年の卒業を考えて今まで気にしていなかったことが

気になってしまっているのかもしれない。

 それからは、あの子のことを考えないようにして樹の下を通った。

 振り返るとやっぱりあの子は桜の樹の下にいて、誰かを待っている。


*****


 今日は寝坊をして、いつもより20分も遅く家を出てしまった。お母さんが仕事で早く家を出るので起こしてもらえなかったのだ。私が悪いんだけど。

 通学路はいつもより人がまばらで私と同じように走る人と、早歩きの人、走り疲れて歩いている人がいた。桜の樹の下を走って通り抜ける。

 風が吹いて花びらが舞う。


「ねぇ」


 声をかけられた気がして振り返ると、いつも桜の樹の下に立っていたあの子が今日はうずくまって座り込んでいた。

 走っていて調子が悪くなってしまったのだろうか。あの子を放っておくことができず、道を戻って駆け寄る。


「大丈夫?具合い悪いの?」

「……」


 何も反応しない。

 顔もあげられないほど具合が悪いのだろうか。


 彼女のとなりにしゃがみ込んで、そっと手を背中に当ててもう一度声をかける。

「気持ち悪いの?貧血?」

 彼女は何も反応を返さない。


(本当に具合いが悪いんだな…)


「ちょっとここで待っててくれる?保健の先生呼んでくるね」

 校門まではすぐそこだ。調子が悪くなってうずくまっている子がいるといえば、きっと来てくれるだろう。

 私が立ち上がり学校へ向かおうとすると、彼女が私の左手を急に掴んだ。信じられない力で。


「えっ?!」


 ゆっくりと彼女が私のほうを向く。


 私は


 彼女の顔を見た。


 真っ白な顔、目と鼻と口は黒く落ちくぼんで穴が開いている。

 それは人なんかじゃなかった。


「あっ…」


 そして彼女は立ち上がり、私の顔に自分の顔を近づけてこう言った。


「次ハ アナタの 番」


*****


「ねえ、知ってる?」

「何が?」

「去年、卒業した先輩から聞いたんだけど、卒業アルバムのクラス集合写真に知らない人が写ってたんだって。」

「何それ?心霊写真ってこと?怖っ!呪われてるじゃん」

「今年のうちらの写真にも写ってたりしてね」

「そういえばさ、3組の子だっけ?なんかいなくなっちゃたんでしょ?」

「あ~そんな話聞いたかも。通り魔に襲われたとか?よく知らないけど」

「かわいそー。3組のどの子?」

「吹奏楽部の子じゃないっけ?」

「陸上部の子でしょ?違う?」

「えー、そんな子いたっけ?」

「知らないなぁ」


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知らないあの子 つずき @tuzuki8

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