【短編ラブコメ】モフモフのたまちゃん、日本でスイーツを狩る

スナメリ@鉄腕ゲッツ

第1話

 天高くまぬる肥ゆる秋。日本に暮らす孤高のマヌルネコ、『たまちゃん』は冬に向けて肥えていた、いやちがった、丸さを増していた。

 たまちゃんは大学に通うこころざし高きまぬるである。いつもは人間の姿をして学業にせいを出している。

 そして、同じ大学のチベットスナギツネのスナコさんと、その番(つがい)の『ニンゲン』の男とルームシェアをしている。

 

 たまちゃんとスナコさんの理想は高い。チベットにゆたかな農業革命をもたらすために日々、大学で厳しい修行(?)をつんでいるのである。

 たまちゃんにとってスナコさんは憧れのおねーさんで、『だいすき』。だが、番の『ニンゲン』は『まあまあ』である。知り合いていどだが、ブラッシングは上手いので許してやっている。

 たまちゃんは誰よりも毛深くかつ気高いのである。いっぽう、高原の寒さに負けないためのモッフモフの毛並みにとって、『ニンゲン』のもつブラッシングの技術もまた捨てがたいのである。


 そんなたまちゃんは(スナコさんも)スイーツに目がない。今日もたまちゃんとスナコさんは商店街のあたらしいケーキ屋さんを開拓していた。クランベリー亭というスイーツ専門店らしい。

 ここのところ二人はスイートポテトをテイクアウトすることにハマっていた。


「もっふもっふの可愛いたまちゃんの尻尾がボッフンふくらむぐらいのデリシャスなすいーつだよー!」


 たまちゃんがスプーンを口に含んだまま尻尾をふくらませている。その横でスナコさんの尻尾も弘法大師の筆のようだ。


「うむ、みろこの完ぺきな焼き加減を。輝く黄金色の芋とこの香り。スイートポテトにカスタードを挟むのは悪くないな。このカスタードは新鮮だぞ、卵のコクでまったりとした濃厚さが増している。そしてこのラム酒の香りがまた……。さすが行列のできるパティスリーだな!」

「たまのぶんもう少しでおわっちゃうー」

「いかん、たまにラム酒は毒だ。わたしが代わりに最後の一口を……」


 たまちゃんとスナコさんが最後の一口を奪いあっているあいだ、『ニンゲン』はなにやら箱の中から紙を取り出している。


「スナコさん、ボックスの中にチラシが入ってたよ……」


 チラシをのぞき込むたまちゃんとスナコさんのまなざしは真剣である。


「むー、きゃらくたーもでるぼしゅう?……あなたのねこちゃんがお店のますこっとに」

「『クランベリー亭は選ばれた素材の味を極限まで引き出し、お客様にお届けすることをいちばん大切にしています。そんな思いを込めて、当店では新しいマスコットを作りたいと思います。お客様のグルメな猫ちゃんを、お店のキャラクターにしてみませんか?』

……どうやらお店のゆるキャラを作りたいようだな。む、……モデル当選者は新作スイーツ食べ放題?」


 たまちゃんとスナコさんの表情はもはやチベット高原の高級食材、ナキウサギを射止めるハンターそのものである。たまちゃんは気高い狩人の魂を忘れない猫なのである。

 スナコさんがたまちゃんの肩をたたく。たまちゃんの目は決意に満ちている。


「……ねこか……たま……おまえもねこだな……」

「いまこそ魔ぬるのちからを……」

「うむ、動物園では向かうところ敵なしの人気者なのだ、これはちょろいぞ!」


 たまちゃんとスナコさんはにやりと笑いあい、『ニンゲン』はこころなしかおびえているのであった。予感はあたり、『ニンゲン』はこのあと応募のために豚毛の高級ブラシでめちゃくちゃ艶出しブラッシングさせられた。


「目線くださーい」


 モデルに応募すると、どうやらカメラマンさんの試し撮りがあるようなのである。居並ぶ猫たちも豊かな表情においてたまちゃんの敵ではない。

 お店の中にただようバニラの甘い香りに、どうしてもたまちゃんの顔もにやけてしまう。しかし撮影となると惜しげもなくもふもふバディをみせつけるたまちゃん。

たまちゃんはお仕事にストイックな猫なのである。

だがカメラマンは戸惑っている。


「いや普通に目線くださーい」

「あれ、なんで変顔になるかな……。足短いなー。あれー、丸いなー、ずいぶん丸いなー。うーん、なんかこう猫じゃないなあ……。おっかしいな……」


 カメラマンさんはたまちゃんが日本語に秀でた猫であるとも知らずズバズバひとり言をいう。たまちゃんのマズルはだんだんとへの字口になり、スナコさんも思わずチベスナ顔である。

 こうしてスナコさんとその『飼い猫』たまちゃんは参加賞でクッキーだけをもらって帰った。

 しかしこのクッキーもまた素朴な小麦の香りがバターとともに引き立って、口のなかでほろほろと崩れる真面目なお味なのである! 余計なことは足さない、素材の味をひきたてるクランベリー亭は何を食べてもおいしいのであった。


「『ニンゲン』がもっとブラッシングがうまければー!」

「そうだ、たまちゃんがかわいそうだぞ! ……なんでバレたんだ!」

 撃沈するたまちゃんとスナコさんはもはや梅雨時のじめっと感である。『ニンゲン』はとばっちりに「ひどいよスナコさん……」と独り言を呟いている。


 しかしそこで諦めるチベットシスターズではなかった。シスターズは妙案を思いついた。

 オシャレと言えばギンコさんである。ギンコさんはシルバーフォックスで、ひと一倍ファッションにくわしい。そう、ギンコさんはセルフプロデュースを知り尽くした女……! ギンコさんならなんとかできるかもしれない……!


「えー、たまちゃんをモデルにスイーツをせしめる計画なんだ」


 そう言いながらたまちゃん(まぬるもーど)をシャンプーしているギンコさん。ギンコさんの服は今年の流行色のクラッシックブルーである、さすが。

 たまちゃんはぐぎぎの変顔で大嫌いなシャンプーに耐えている。これも極上スイーツを手に入れるため……。


「うーん、たまちゃんちょっと耳まるくない? 毛先だけ、猫っぽくカットしよっか……。あと、コンタクトする?」

「こんたくとー?」

「たまちゃん瞳孔が丸いじゃない。猫目コンタクトしたらバレないっていうか?」


 それを聞いてたまちゃんとスナコさんは同時に「それだ!」と叫んだのであった。

 そして数分後……コンタクトを付けたたまちゃんの目は完全に猫だった。あの針の様に細い目でたまちゃんがにらんでいる……。


「……たま。なんか可愛くないぞ」

「そんなこと言ったってえ……」

「クールビューティーって言ってよねえ。できることはやってあげたんだから、約束はまもってねー」


 ギンコさんが高級シャンプーを並べると、スナコさんはそれをお買い上げになった。ギンコさんの目的は新作のバッグを買うことで、スナコさんの目的はたまちゃんのツヤを維持することである。

 スイーツ目的に浪費がすぎる気がしないでもないが、『ニンゲン』は黙っているしかない。女子の領分に踏み込んではならないのである。


 そして二日後、たまちゃんとスナコさんの姿はクランベリー亭の前にあった。そしてなぜかブラッシング担当『ニンゲン』の姿も……。そう、万全を期してスタイリストも同行したのである。

 そう、たまちゃんは万全であった。あれから欠かさず使った高級シャンプー。毛の一本一本が秋の光の中に輝いている。そして、スナコさんも同じシャンプーで勝負に出ていた。

 いつもより艶めく笑顔、いつもより気合いの入ったドレス風ワンピース。流行のヒューマンレッド色。8センチのヒールにつばひろの帽子をかぶり、毛玉のようなもっふもふのたまちゃん(まぬるもーど)を抱きかかえたスナコさんは大女優にしか見えなかった。さすがハリウッド俳優のコャヌ・リーヴスと渡り合う女。


 なんなら、たまちゃんより目立っている。


「『ニンゲン』赤くなってるー」


 たまちゃんはそういうと少し毛をふくらませた。ぶーたれているのである。

 そしてついにたまちゃんのリベンジのときが来た。つやつやモッフモフの毛並みを見せつけながら、セットの長椅子に寝そべるたまちゃん。カメラマンさんたちもほう、とため息をつく。


「こっちに目線くださーい」

「目線下にー、じゃ、もうちょっと斜めー! いいですよー! いいですよー!」

「上目遣いやってみましょうかー」

「おお、いいですねー、はい右! はい左!」


 たまちゃんの気を引くために猫じゃらしを振りまくる撮影助手。

 カメラマンさんもノリノリだったが、そこで事件がおきた!

 画面をみつめ凍り付くカメラマンたち。


「ヤバい、あれをみろ!」


 あわてるスナコさんと『ニンゲン』は必死でたまちゃんに合図を送る。


「たまちゃん、目、目! コンタクトずれてるよ!」

「たま、瞳孔がハの字になってるぞ!」


 たまちゃんは必死で目をつぶるがカメラマンは騒然としている。超常猫魔ぬるが目の前に現れたのだ。すると、スナコさんはとつぜん『ニンゲン』に抱きついた!


「いいか、私を抱きかかえてカメラマンを引きつけろ!」


 スナコさんの大胆な行動にときめき(動悸)が止まらない『ニンゲン』は、言われるがままにターザンのようにスナコさんを抱きかかえるとカメラマンに突進していく!

 しかしカメラマンたちの前に現れたのはモッフモフのスナコさん(スナギツネモード)を抱きしめた『ニンゲン』だった。『ニンゲン』に目で合図を送るスナコさん。『ニンゲン』もスナコさんにうなずき返す。


「うちのネコです」

「……ハァ?」


 カメラマンは状況がつかめない。


「目を見てください、うちのネコです」

「……いやこんなネコ……、ん……? ネコかな……?」(※狐の瞳孔は縦長)


 カメラマンは超常猫魔ヌルを目撃した衝撃とスナギツネのキツネらしからぬ骨格に混乱している。スナコさんの爪が腕に食い込んでいる『ニンゲン』は、ここでいいところを見せねばならない!


「どこからどう見てもスナコさんはネコです」


 もはや『ニンゲン』も自分が何を言っているのかわかない。

 『ニンゲン』によるダメ押しのネコです攻撃により、カメラマンは思考を放棄した。いろいろ見てしまったのは疲れているかもしれない。そもそも、どのネコもネコだった。

 いや、ネコすぎるほどネコだった。しかしマーケットは『違和感』を求めるものであるとかなんとか雑誌で読んだようなことが頭をよぎったが、要するに仕事を終えたかったのでカメラマンは仕事をした!


 結局、スナコさんとたまちゃんは執念でクランベリー亭のマスコットを勝ち取った。商店街ではそのマスコットがちょっとタヌキとキツネっぽいと評判で、二匹ともスイーツを食べて目がハの字になっているのだ。キャラクターデザインのプロにかかると超常現象も『カワイイ』にアップグレードするらしい。


「だってたまちゃんもともとかわいいもんねー」

「そうだな、たま、よくやったぞ! それにしてもさつまいもプリンも美味いな! この滑らかさはさつまいもを丁寧にうらごししていないと……。そしてさつまいもの甘さをいかして甘すぎず……」

「あー、たまのもうすぐなくなっちゃ……」

「うむ、たまには少し多いから最後の一口はわたしが……」

「だめー」


 ふたりの膨らむ尻尾を横目に、抱きあげたときちょっとだけ頬を赤らめたスナコさんを思い出す『ニンゲン』だったとさ。

 めでたしめでたし。

                               了

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