幕間

シモンが「イカヅチ」のオペレーターとして強制的に任命されてしまい、左腕に融合された時のこと。

イカヅチの入っていた強化ガラスのカプセルが解放された際に、一台の発信装置から、とあるコードが発信された。

それは、たった一度だけの通信のためだけに用意された高強度の電波で発信されたコードは、それなりに深い地下から地上へと距離や障害物を物ともしない。

所定のコードを所定の受信装置に送ると、力尽きるように機能を停止した。

後は、発信装置に付随しているモニターに、送信が成功したという表示が現れるのみだった。


近くの町の住民からは、その威容に畏怖を込めて「山ビル」と呼ばれている超高層建築物と、それよりは背の低い周囲のビル群。

その数百メートル離れた位置に、1つの車両修理工場があった。

世界がこうなる前は、この修理工場もそれなりに繁盛していたのだろうと思えるくらいには駐車場も広く、建物自体も大きい。

それが今では面影なく、建物は経年劣化で一部が崩れ、中も略奪されてしまっていて、商品どころか棚すらなくなっている。

工場の奥、作業員が着替えるために設置された更衣室も例外ではなく、作業員の私物を入れるための備え付けのロッカーもまた、中身を取り出すために鍵をこじ開けられていた。

それ自体にかなりの重量があり、誰かがロッカー自体も持ち出すために動かそうとした形跡はあるものの、あまりの重さに断念したようだった。

そのロッカーの奥に実は秘められた通路があり、それが地下へと続いていることには、今まで誰も気づいていない。

ましてや、その通路の奥にある秘密の軍需品保管庫は、その中身と共に、閉じられた当時と変わらぬままとなっていた。

様々な設備や備品、そしてこの保管庫内で最も重要なカプセルたち。

広い保管庫内を占有しているカプセルは、イカヅチが保管されていたものと同じようなデザインであるが、1~2回りほど大きい。

その中にはそれぞれ1体づつ、人を模したモノたちが保存溶液に浮かんでいる。

何の物音もない保管庫に、唐突にピッ、ピッ、ピッ、という電子音が一定の間隔で響きだした。

その音は、とある場所に設置されていた発信装置からとあるコードが送られ、この場に設置された受信装置がそのコードを受け取った際に鳴る音だった。

コードを正しく受信した装置から、別の機器へとコードがケーブルを通して送られていく。

その送られる先は、合計10台のヒューマノイド保管容器の管理を司る管理用コンピューターと、万が一断線した際に起動する非常用発電機。

静寂に支配されていた保管庫内が、発電機の唸るような起動音と、次々に起動していく周辺機器の電子音によって騒がしくなっていく。

『起動コードを受信、保管容器の拘束解除、並びに各ヒューマノイド起動』

管理コンピューターに備え付けられたモニター画面に、様々なプログラムコードが流れていく。

「イカヅチ」のカプセルよりも大型の保管容器、その左右を挟み込むように固定していた器具が次々と、天井から伸びるアームによって外されていく。

それと同時に、カプセル内に満たされていた溶液が、グングンと容量を減らしていく。

完全に溶液のなくなったカプセルが、次々と重々しい音を立てて解放されていくと同時に、天井に備え付けられていた「あるモノ」が、自動的に起動し、その役目を果たすべく稼働し始めた。

上部に「1」と書かれたカプセルから、縁に手を添えながら何かが立ち上がろうとしていた。

それはイカヅチのオペレーターに重く圧し掛かる、エネルギー問題を補助するための機体である、第1号機であった。

しかし、その大柄な男性を模した機体が立ち上がりきる前に撃ち込まれた大口径の銃弾の雨によって、カプセルごと撃ち砕かれた。

イカヅチを支援・補助するために製造された10体の内の1体が、無残にも引き千切られるように破壊されていく。

10体の内、上位に位置するほど頑丈な機体ではあるが、天井に備え付けられたタレットからの銃撃をまともに受けてしまっては、無事では済まない。

砕けたカプセルの強化ガラスと部品が散らばり、ヒューマノイドの構成部品がズタズタにされる。

この秘密の保管庫に許可なく侵入した人間が居たなら、機密の保持のために一切の警告や威嚇射撃もなしに銃撃するようにプログラムされたタレットが、長い年月による経年劣化をおこしたのだろうか。

守るべき「機密」相手にその牙を剥くとは、何とも皮肉であった。

カラリカランと薬莢の落ちる音が響き渡り、さらにその矛先が別のカプセルに向いていく。

2号機、3号機の入ったカプセルへと銃弾が撃ち込まれ、次々と稼働しようとしていた中身の機体ごと穴だらけにされてしまう。

広域通信用の2号機には成す術もなく破壊され、部隊の遠距離移動用の3号機は本体であるトレーラーとドッキングすることなく粉砕されてしまう。

そのまま、指揮官や司令部の暗殺を目的に開発された6号機、敵地への潜入・偵察用の7号機にも銃弾が撃ち込まれ、小柄なガイノイドを破壊したタレットの勢いは止まることなく続いていく。

全てのカプセル、およびその中に保管されていた10体のヒューマノイドたちへと銃弾を浴びせ終わると、タレットはようやく稼働を停止した。

しかし、停止したタレットへと、小口径の銃弾が撃ち込まれた。

大口径の機関銃を搭載したタレットに比べ、.22ロングライフル弾など豆鉄砲のようなものであり、外装によって保護されたタレットには小さな傷にしかならない。

しかし、その矛先を変えることには成功した。

そして、その銃口の向きを変える時間さえあれば、十分だった。

タレットが正面を向いたことで、機関部品が密集した部分が露わになる。

その部分目掛けて発射された射出式のスタンガンが突き刺さり、回路を焼き切るほどの高電圧が流れるのと、タレットからトドメとばかりに撃ち込まれた数発の銃弾が、カプセルごと6号機の頭部を破壊したのは同時だった。

黒い煙を上げながら機能を停止するタレットが静かになると、保管庫内に元の静寂が戻ろうとしていた。

しかし、またもその静寂が破られた。

ズルリ、ガシャン、という何かを引きずるような音と、何か硬質な物同士がぶつかるような音。

その正体は、床を這いずる人を模したモノ、1体のヒューマノイドだった。

「7」と書かれたカプセルから出た7号機は、何とか立ち上がろうとするが上手く立ち上がれない。

その理由は、両腕が完膚なきまでに破壊されてしまっているからだった。

7号機は小柄な女性型のヒューマノイドであり、言い換えれば少女型ガイノイドである。

敵地への侵入や偵察を目的としており、その小さな身体は物陰に隠れることや大人では通れない様な狭い隙間にも入ることができ、人込みに紛れれば追跡は困難である。

その小さな身体によって、上手く銃弾をやり過ごすことができたのだ。

両腕部と引き換えにして。

ようやく、何とか腕を使わずに立ち上がった7号機は、周囲の惨状を気にした風もなく、目を瞑った。

「…自己分析開始。脚部正常、胴体及び内蔵機器の機能良好、両腕部破損、頭部…」

次々と口から紡がれる言葉が、唐突に途切れる。

「…エラー。衝撃により、擬態機能に問題あり。それ以外は良好。稼働に支障なし」

その言葉の間に、その白く染まっていた頭髪が何度も色を変えていた。

潜入する際に現地人に溶け込めるよう、肌や毛髪の色を変えることができる機能を搭載しているはずだった。

その機能を試した結果、黒、茶、金などの人間が持ちうる髪の色素の内で様々な色へと変わるが、半分が違う色になってしまったり、青や緑になってしまう。

これでは擬態どころか、周囲の人間に怪しまれてしまうため、やむなく擬態機能を停止しておく。

さらに、疑似感情表現機能にも問題が発生していることが判明し、それも停止せざるを得なかった。

顔の左右で違う感情を表現してしまうなど、正体がバレなかったとしても、狂人と思われてしまうだろう。

そうして改めて周囲を確認した7号機の視覚素子に、破壊されたカプセルや兄弟姉妹機を構成していた部品が散らばった光景が映る。

「…6号機」

7号機が最初に視線を向けたのは、姉妹機であり、自分の開発コンセプトと類似した機体であり、共に敵地への侵入をすることも視野に入れられていた6号機であった。

両腕をタレットへと伸ばした姿勢のまま、胴体や頭部を破壊し尽くされた姿で機能を停止していた。

その残骸に近づこうとした7号機に、別の位置にある残骸となったカプセルから声がかけられた。

「7…号機、無事…だったか」

その声を聞いた瞬間その残骸に向かい、邪魔なものを蹴散らした。

そうして出てきたのは、3号機だった。

ただし、その身体は真っ二つになってしまっていて、左腕も失っている。

動力源である水素電池には命中しなかったらしく、かろうじて機能を停止せずに済んでいるようだったが、それも時間の問題に見えた。

「…3号機。無事とは言い難い。両腕部の破損が激しく、機能していない。そちらは?」

7号機の言葉に、3号機はノイズ交じりに答えた。

「だ…ダメだな。k…コ…っちは機能てい…止、寸前だ…。ナ…ナ…ごうキだけ…でm、シ命を…」

段々と音声が怪しくなっていき、遂には機能を完全に停止した3号機をしばらく見つめていた7号機は、小さく呟いた。

「…了解」

3号機の前から離れた7号機は、破損した両腕部を支えにしながらその場に寝転んだ。

右手をこちらに伸ばしたまま停止した3号機の右手で、自身の首後ろを撫でさせるように身体を動かす。

突然の奇行をした7号機が次に立ち上がった時には、その破損した両腕部に引っかけるように保持した一本のケーブルがあった。

そのケーブルを落とさないように、この保管庫の設備を管理するコンピューターの前へと歩いて行った。

他の機体からは何の動きもなく、声も上がらず、稼働しているのは自身とこの保管庫のみ。

であるならば、使命を果たすためには、この保管庫内のものを使うしかない。

それが例え、自身の姉妹機であろうとも、使命が優先される。

管理コンピューターの端子に、動かない腕の代わりに肩で位置を調整し、保持していたケーブルの先端にある接続用端子を差し込んだ。



「…接続良好。稼働に支障なし。内蔵武器の運用ソフトウェア、インストール完了。異常なし」

あれから、内部設備を使用して自身の両腕部を切断、さらに体格が似ている姉妹機である6号機で唯一無事だった両腕部を切断した。

6号機の両腕部を自身に移植した7号機は、具合を確かめるように両手を握り、手首を捻り、内蔵武器を展開・収納していた。

人間が宝物を手にした時のように、誰かの遺品を手に取った時のように、新たに自身の両腕となった姉妹機の物だった腕を撫でる。

開発当初のコンセプト通りの機体構成ではなくなり、潜入・偵察に支障が出てしまっているが、7号機は気にしていなかった。

コンピューターに接続されていたケーブルを引っこ抜くと、7号機は保管庫の壁に設置されていた棚の一画に歩み寄り、そこに掛けられた衣服や装備を手に取った。

このヒューマノイド部隊用に用意されていた白い防弾服やタクティカルベスト、9m拳銃とそのマガジンや弾薬を手に取って装備していく。

別の機体であったら他にも武器を持っていくのだろうが、7号機は偵察が本分であるため、拳銃だけで十分である。

そうして準備が終わった7号機は、インプットされていた使命を果たすべく、他の兄弟姉妹に別れを告げた。

「…いってきます」

ゴゴンッ、という重苦しい音を立てて、ロックが外れた分厚い扉が開く。

チラリと保管庫内に一瞬、視線を送った7号機は外へと出て行った。



その後、イカヅチの反応を追ってシモンの窮地を救い、共にあることを誓った7号機改め「ナナ」。

彼女とシモンの物語はまだ、始まったばかりである。

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終末世界に生きる少年は左手にイカヅチを宿す かんな @kan-natuki

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