第26話
町に帰ったあとの出来事は、気付けばあっという間だった。
町に近づいた時点で短波無線機を使用してドン・ガバレロに報告し、ベンジャミンを確保するように要請。
ドン・ガバレロに詰問していたベンジャミンは、まさかアルバートや弟のダスティが生きていると思わず、キジの二度に渡る攻撃で死んだと思っていたらしい。
逆に問い詰められたベンジャミンは、あろうことかドン・ガバレロに対して銃を抜き、突き付けた相手による反撃を受けて昏倒したらしい。
あの筋肉の塊に対して至近距離で銃を抜くとは、ある意味で大した奴だが、相手とタイミングが悪かったと言う他ない。
さらに、一部の衛士たちがベンジャミンによって買収、または脅迫を受けていたらしく、山ビルでの裏切り者たちも同様だったことダスティの口から判明した。
他にも企みや隠し事がないか、兄弟仲良く尋問室へと連行され、兄のベンジャミンはだんまりを決め込んでいた。
しかし、買収・脅迫の件を尋問によって聞き出した際のアルバートの激昂振りをその身で味わったベンジャミンは、以降は大人しく話すようになった。
そうしてシモン達はというと、またドン・ガバレロの執務室に案内され、執務机の前に用意された椅子に座っていた。
今回は、後ろで見張る兵士は居らず、1対2で対面している。
重厚な机と僅かな空間を隔てているだけで、こちらに悪意があれば実行は容易いのだが、侮られている…という訳ではないのだろう。
その証拠に、ドン・ガバレロの顔にはそういった感情は見られない。
「さて、今回のことは、君たちをソール内の争いに巻き込んでしまった」
ドン・ガバレロの顔には、今日一日での出来事によって若干ではあるが疲れが見えた。
まあ、無理もないだろう。
シモンとナナを連行、山ビル調査の依頼、山ビルでの調査を命じた部隊の裏切り、キジの攻撃、それらによる1部隊の壊滅、裏切った副衛士長とその弟の拘束、尋問。
しかも、一歩間違えれば息子や自身の地位だけでなく命すら危うかったとくれば、その心労は計り知れないだろう。
「…そこで、謝罪と礼を兼ねて、支払う報酬に色を付けておいた」
言いながら立ち上がったドン・ガバレロが机を回り込み、ナナに一枚の紙を手渡した。
恐らく、たまたま回り込み方の関係でナナが近かったからだろうが、正直に言ってありがたいとシモンは思った。
シモンは簡単な言葉や文字なら習い覚えているが、難しいものは無理だからだ。
ナナは紙に書かれた文字を読んでくれた。
「…支給品リスト。衛士長のサイン入り。突撃銃と自動拳銃をそれぞれ2丁、大口径狙撃用ライフル1丁、およびそれぞれの弾薬、タクティカルベストとそれに付けるポーチ2人分」
そこまで聞いたシモンはがっかりした。
何故なら、シモン達が倒れた衛士から拝借した装備の事を言っていると分かったからだ。
つまり、拾った装備を自分たちのものにしても良い、ということを追認するということで報酬の一部にしようということだろう。
狙撃用のライフルや弾薬が実際の報酬となり、それ自体はありがたいことなのだが、少しばかり肩透かしを受けた気分だった。
だが、それも続きを聞いてからだった。
「…装甲型ハンヴィー1両」
シモンは耳を疑った。
「ちょ、嘘だろ?」
軽装甲車両はかなりの貴重品であり、他の町で生産されているという噂は聞くが、とんでもない値段で取引されていると聞く。
そんな代物を報酬に加えるなど、逆に払い過ぎであるし、何か裏があるのではないかと疑ってしまうほどだ。
「いいや、嘘でも記入ミスでもない」
ドン・ガバレロは疲れの浮かんだ顔を引き締めて首を横に振った。
「君たちへの謝罪と礼、それに口止め、後はベンジャミン元副衛士長にはもう必要のない物だし、私はもうあの車両すら視界に入れたくはないのだよ」
顔の前に手を組み、目元を隠しながらしみじみと言う声には、疲れ以外にも様々な感情が渦巻いているようだった。
「…捨てるくらいなら、君たちに有効に使用してもらった方が良いだろう。受け取ってもらえると助かるよ」
ドン・ガバレロの言葉を聞いて、シモンに否はなかった。
その後、ドン・ガバレロの執務室を後にしたシモンたちは、アルバートと合流して車両の置いてある駐車場まで歩いていた。
途中までは無言だったアルバートは、急に立ち止まって後ろを振り向いてきた。
「…シモン、ナナ。助かった、礼を言う」
軽くではあるが頭を下げるアルバートの様子に、シモンは少し驚いた。
「礼ならあんたの親父さんに言われたし、俺たちは報酬を…それも破格の物を貰った。それで十分だと思ってるけど…」
それでも、と頭を下げるアルバート。
「ダスティを生け捕りに出来ていなければ、父に対しての報告や奴らの尋問に支障が出たかもしれん。2人が敵を倒してくれていなければ、もしかしたら俺は死んでたかも知れん」
その2つの意味で、アルバートは礼を言っているらしい。
シモンはニッと笑い、
「じゃあ、アンタには貸し2つだな」
と言った。
今すぐに貸しを返してもらうこともできるが、いつかのタイミングで誰かの助力を必要とするかもしれないことを考えると、ソール内の治安維持を受け持つ衛士隊の隊長にして衛士長の息子に貸しを作っておくのも悪くない。
思わず、といった風に頭を上げてこちらを見るアルバートに、シモンは右手を握って掲げた。
シモンの顔と掲げた拳とを交互に見ていたアルバートは、暫くしてから恐る恐る拳を合わせてきた。
(ソールの人間とこんな事するなんて、今まで思っても見なかったな…)
そう思っているのはシモンだけではなく、アルバートも同様だったようで、微笑んでいるのかどうなのかわからない、奇妙な表情をしていた。
とりあえず、少なくともこちらに含みのあるような、マイナスな感情を抱いている様には見えないことだけは分かる顔だった。
何故か、ナナはシモンの後ろで拍手をしていて、それだけは理解できなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます