その人の隣は

雑音中

それはありふれた、結末

僕と彼女は幼馴染みで、家族で、仲間で、親友で。ただ漠然と隣に居るのが当たり前だった、その彼女が。

路地裏の隅に倒れて、息をしていない。



ある年の夏、長かった戦争が終わった。聖教国の「聖地奪還」という名目を発端に王国への侵略戦争が長期、大規模化して25年。

この戦争の最後の戦場は主に2つ、1つは共和国の北端。聖教国の生命線とも言える北西部の共和国と面した主要農産地との中継都市。

そしてもう一つ、僕らの王国の王都南に位置する交易都市に隣接した平原。劣勢だった王国の全勢力と、聖教国との決戦であった。


王国の片田舎の村で産まれた僕たちは貧しいながらものどかな生活で、幼心から冒険者を目指した。前衛で敵と対峙する僕と、支援魔法が得意な彼女は着実に実績を重ねていき困難を乗り越えて行った。「大丈夫、2人でならなんだってできる」他の冒険者達とパーティーを組むようになっても僕らは合言葉のようにこの言葉で励ましあっていたっけ。


「お前ら恋人かよ」「なんでそれで結婚してねぇの?」と、よく冒険者仲間にからかわれたが、僕には隣に居るのが当たり前で今更改めて関係性にそんな名前をつける必要性を感じなかった。


ギルドから緊急招集が掛かり、戦争へ参加する事になった僕らは必死になって戦った。戦場に出て初めて、「僕の背中に居るのは彼女だけじゃない、村の、ギルドの、街の、国のみんなが居るんだ」と半ば強迫観念の如く感じ、ただ「誰一人後ろに抜かせない」とそれだけを考えて戦っていた。

気がつけば僕の立っていた位置が最前線の先頭で、前にも横にも敵しかいなくて、だけど背中には彼女が居て。

いつの間にか戦争が終わっていた。



僕達は何故かこの戦場で1番長く戦い、1番多くの敵を退けていたらしく、王様から勲章を貰うことになってしまった。

戦争が終わってしばらく、今日が勲章を賜る式典の日だ。パーティーの代表として僕が出席する事になり、彼女と仲間は後のパーティーから参加するらしい。

今日は朝から特に現実感が無い、生まれて初めてお城に入って、触ったことも無いような上質な礼服を着せられ、キラキラした勲章を授かって、目が眩むように煌びやかな会場で食事や酒が振る舞われる。

そういえば、今日は宿を出てから彼女に1度も会っていないな。パーティーでも彼女の姿が見えなかったし、終始話しかけられ続けたせいで見逃していたのかもしれない。こんなに彼女と離れたのはいつぶりだっただろう...


ふと、宿への帰り道で風が気になった。

いつもとは違って戦勝に湧く、通り慣れた王都の大通りの1本の路地に意識が向く。もう日も落ちて暗い、入り組んだ路地裏は迷うかもしれない。


だというのに、何故か足は路地裏へと進んだ。


今日は日が暮れてから雲がかかりだしたせいで、夜の路地裏は一層と闇が深い。表通りの喧騒が少し遠く響く中を歩いていくと、不意に明るくなった。

雲間から輝く月が顔を覗かせ、闇深かった裏路地を照らす。と、何時からそこにいたのか。

通りの隅、僕のすぐ脇に彼女が倒れていた。


一瞬だけ唖然とした後、我に返り彼女を抱き起こす。

温度が無い。反応が無い。いきをしていない


急激に頭が冷めていく。先程まで感じていた非現実感はどこへ行ったのか、ただ汚れ、動かない彼女だけが「現実」だと理解を強要してくる。


何故?という問いかけが思考を埋めつくしていくと同時に、視覚聴覚嗅覚触覚の全てが彼女の状態を強制的に脳へ伝える。

裂かれて衣服の体を失った布きれ、汗や血だけでない体液が混ざって放つ異臭、傷だらけの全身、光を映さない瞳。


今朝はいつも通り変わらない様子で朝食を食べ、いつも通り話して、今まで通りだった彼女が、いつの間にか失ってしまった。



ある冒険者が英雄となった日、その人の隣は誰も居なかった。

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その人の隣は 雑音中 @noiztyu

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