第2話 蟹の王様

 ―――――

「………やあ。…蟹の従者よ」



 その蟹とも人間とも形容し難い何かは俺の前に顕現し、話しかけた。



「蟹は、好きかな?」



 それは正に蟹様と呼ぶに等しい姿で、俺の中の蟹味噌が今にも噴き出しそうになる程だった。―――



 △▼△▼△▼△



「俺、いや私は蟹が大好きだ! 1日に平均50匹平らげるくらいには好きだ!」


「ほう。1日に50匹か……。



 少ないな。」


 俺は、これでも少ない方なの?と思ったが、次の瞬間には納得していた。


「すみません! もっと蟹をたくさん食べるよう善処します」


「まあいい。まずは名乗ってやろう。



 私の名は『蟹シカ王』。



 蟹を統べ、蟹の真の力を引き出す者」


 蟹シカ王…なんて蟹味噌溢れた名前なんだ…極限状態に食べた蟹の爪先くらい良い。


「それで俺はこれからどうすれば…」


「蟹シカ王!!」


 網美の声で俺の言葉はさえぎられた。そういえば、どうすればいいかなんてこいつが知ってるよな。

 俺は、蟹饅頭を食べながら、成り行きに任せることにした。温泉に浸かりながらの蟹饅頭。極上の贅沢だ。


「なんだ。蟹派とも海老派ともつかなそうな娘よ」


「私たちは、『蟹潮』の真実を暴きたいの!!」


「はて『蟹潮』とは…聞いたことがないな」


「蟹が大量に現れる現象なんだけど本当に聞いたことがないの?」


「無いな。そのような現象他の精からも聞いたことがない」


「そんな…そのはずはないわ!私はちゃんと確かな情報を入手したもの!」


「そう言われても、なあ」


 蟹シカ王は本当に知らなさそうだった。ていうか他にも〜〜の精っているのか?後で聞いてみよう。


「そんなことより、さっきからこの近くから別の精の存在を感じるのだが。他に誰かいるな?」


 その時だった。



 ヒュン!


 海老が飛んできた。昨日の海老と同じ、鋭く鮮やかな曲線を描いた海老だ。


「なるほど。昨日のか。従者よ。時間がない。直接お前の中に入るぞ。」


 蟹シカ王はそう言って俺の口の中へと入ってきた。口の中は蟹の風味が広がり、体中から蟹の力が伝わってくる。


「!? この感覚は……昨日も感じたような気がするな……」


 ”そりゃあそうだ。昨日、お前に力を与えたのは私だからな”


「これは!? 脳内に直接!?」


 まるで、体中から蟹味噌が吹き出しそうになる不思議な気分だ。


「そうよ。この秘湯に浸かり、直接力を授かることで、その感覚を手に入れることができるのよ」


「でも授かってるっぽい描写、なかったぞ?」


 ”蟹を好きだと伝わった。その瞬間に与えた”


「いや、気づかないだろ!!!!」


 軽い。軽すぎる。沢蟹のように軽い。そんなノリで大丈夫なのだろうか。

 いや、今はそんなことを言っている場合じゃない。


 彼。漁助が鬼の形相でこっちに来ている。どうやらやるしかないようだ。俺は少しだけ戦闘前の蟹振るいがし、わくわくした。



 △▼△▼△▼△



「お前を海老刺しにしてやる!! 昨日は邪魔が入って仕留め損ねたが、蟹派なんて……蟹派なんてこんどこそぶっ殺してやる!!」


「ふん! 蟹派の名にかけて海老派などという邪教徒は深海なる鋏でぶっ挟んでくれる!」


 ”よく言った! さあ! 行くぞ従者よ!”


 彼の海老手裏剣が俺の耳をかすったが、俺は懐に隠していた昨日の蟹の殻を手に取り、奴の顔面目掛けて蟹味噌をぶっかけた。


「ぐっ!」


「その蟹味噌はただの蟹味噌じゃあない。から~いものをぶち込んである!」


 俺は奴がからしで弱ってる間に蟹の鋏で奴の服をびりびりに切り離した。俺が裸なんだから奴も裸じゃないと平等じゃあないだろう。


「いやーん。汚いぞ!」


「汚くなんかーない。きれいな味噌を使っている!」


 俺は次に蟹の鋏を奴の股間目掛けて振り放った。

 勝ちを確信した。しかし、俺は忘れていたんだ。海老にも鋏があるということを。そして、奴も狙いは一緒だった。


「はうっ!」

「うわっ!」


 漁助と俺の股間には鋏が挟まっている。

 お互い激痛が走る。


 そして2人ともそこへ倒れこんでしまった……

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蟹鍋を温泉に持ち込んだ奴はしばく(旧) 六波羅探題英雄 @6haratandai-hideo

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