第1話 蟹味噌と少女

 俺の名前は刀谷かたなや 甲輝こうき。世は未だ嘗てなく、類を見ない大蟹ブーム。好きな部位は爪先だ。そんなことより俺は今、警察から事情聴取を受けている。蟹様に誓って、俺は何もやっていない。ただ白菜が欲しかっただけだ。

 俺は同じクラスのある女子にナンパをした。理由は単純で、前からかわいいと思っていて、なおかつ蟹が好きと言う趣味も同じだったからである。俺は彼女から「温泉白菜」を入れるということを条件に蟹鍋パーティに誘うことに成功した。

 俺はたまに例の温泉で覗きをしていた。その事は、絶対にバレていないと思っている。他の奴もやってるしな。


 とまあ、あらすじはこの辺にして、本編に戻ろう。


 ――――――――――――


「お前には不法侵入の罪がかかっている。さらに、窃盗未遂。どうするつもりだ?」


 警察は蟹を食べながら聞いてくる。さりげない嫌がらせだ。


「俺は何もやってません。むしろ被害者です」


「質問に答えろ。罪を犯したことは、既にわかってるんだよ。凶器も見つかったことだしな」


「わかりました。確かに不法侵入も何もかも全て認めます。でも凶器には海老が刺さってた筈です」


「その件は使用者から正当防衛だと聞いている。そして、認めたという事はお前は犯罪者だ。それに、蟹を凶器に使うことは蟹に対する不敬罪でもある。覚悟するんだな」


 俺は犯罪者になった。何もやってないという言葉はなんの意味も無く、俺の人生はここで終わるのかもしれない。蟹様……どうかお助け下さい……


 ――パリン


 突如、窓が割れそれは起きた。


「こっちよ!」


 それは一瞬の出来事、俺は何者かに腕を掴まれ、窓の外へと連れていかれた。


「ま、待ていっ!」


 警察の声が遠く聞こえる。一体こいつは誰なんだ……



 △▼△▼△▼△



 頭が痛い。ここはどこだろう。少しの間眠っていたようだ。


「目が覚めた?」


 女の声が聞こえる。目が覚めると見たことのある女の子が蟹を食べていた。


「ごめんね〜。うちの兄貴、いつもは温厚なんだけど蟹の事となると我を忘れたようになっちゃって」


 その子は例の温泉、角崎温泉つのさきおんせんの受付でよく見る女の子だった。見た目はタイプで、一目見た瞬間から目を付けている。


「私の名前は角崎つのさき 網美あみ。角崎温泉の受付をしているわ」


「それは知ってる」


「え……なんで知ってるの。……」


 彼女は名前を知っていることに対して不思議そうな反応を見せたが、俺の目力の強さで無理やり話を戻した。


「どうして、俺を助けた…」


「いや、べ、別に。兄貴は海老派だけど私は中立だからかな。それにあなた死刑なんでしょ?」


「ん?それは蟹様に免じて違うぞ」


「そうなの?じゃあ助け損じゃん」


 そうして俺はまた警察に突き出された……。



 △▼△▼△▼△



 今回の逮捕は俺の蟹様への愛を証明することにより、網美と警察にタラバガニを奢るという形で解決した。勿論、俺は食べさせてくれなかった。タラバガニは殻一つ残らず平らげられた。ちなみにタラバガニは厳密には蟹ではない。

 一連の流れが終わりシャバの空気を吸った。疲れたし早く帰って蟹鍋を食べよう。


 その帰り道、彼女、網美とまた会った。


「本当、勘弁してくれよ。お前のせいで余計に罪が重くなるとこだっただろ?」


「不法侵入の被害者は私だし、なんならもっと海老漬けにしてあげてもいいんだけど?後、タラバガニ、美味しかったわ」


 可愛いから許そう。


「それで何しに現れたんだ? 後、ついでに俺と蟹鍋パーティーしないか?」


「いきなりだけど、現在の蟹ブームにはある理由があるの」


「『蟹潮』だろ? そんなことより俺と蟹鍋パーティーしないか?」


「その『蟹潮』が、何者かの意図によって起こされたものだという可能性があるの」


「へー。確かにそういう気もするな。そこでなんだけど俺と蟹鍋パーティーしないか?」


「あなたの蟹捌き、兄貴との対決を見て確信したの。あれは最高の蟹リストだって。あなたは多分、蟹を武器として使うことができる。まるで兄貴の海老のように」


「海老鍋パーティーの方がいいか? お前がそういうなら俺も海老鍋にするが……」


「あなたには蟹リストとして協力してもらうわ。うん。詳しい話はまた後で。ね……」


「後でか〜。焦らされるのはガラじゃないんだけどな〜。でも俺はなやっぱり蟹鍋パーティーにしないか?」


 俺は常に意思を曲げない。彼女のよくわからない話に自分のよくわからない話をぶつける事で相殺することに成功した。

 それから彼女は去っていった。蟹リストとは何なのか聞くの忘れた。やれやれ、なんかめんどくさい事になりそうだな〜。歓喜。



 家に帰った俺はまず状況を整理することにした。


「温泉白菜」は無事手に入れることができた。実は咄嗟に蟹の足に詰め込んでおいたのだ。

 

 あの子との約束の条件はこれで大丈夫だろう。


 警察が来たのは近隣住民が通報したからである。俺と角崎 漁助りょうすけの戦いは、混沌を極めた。どういう方法で戦ったのかは覚えていないが、必死に戦ったことは覚えてえる。


 その後、取り調べで警察の厄介になり、今に至る。


 そして、網美。俺を心配してくれたそうだが、まさか窓を突き破ってくるとは思わなかった。彼女は例えるならスベスベマンジュウガニだ。肌はスベスベで可愛らしいが毒を持っている。俺の食欲はそそられた。感謝としてやはり今度もう一度奢ってあげよう。僕はムラムラしたのでその夜、蟹を抱き枕にして少しだけ寝た。


 長い夜が明け、俺は今日も学校に行く。


 ___



 △▼△▼△▼△



「おは蟹~」


「おは蟹~」


 最近女子の間で流行ってる挨拶らしい。

 不快だ。実に不快だ。僕を引き取りに警察まで来てくれた妹も蟹のにおいがしたし、この世は蟹に侵されてる。


「あ、角崎くんもおは蟹~」


「あ、うん、えと、おはおはおはおはおはおふぁおふぁ蟹!」


 女子は消えた。僕のオーラに圧倒されたのだろう。僕の口から蟹という言葉を出させるなんて、ひどい嫌がらせだ。


 あの子に振られて程なくして、僕は親の夢のためにここへ引っ越すことになった。そのため、僕はその過去を誰にも知られることなくこの街にやってきたと言うわけだ。この街で温泉を開いてから5年と言う歳月が経過する中、僕は毎日のように女湯に侵入した。僕はそれに対して何の罪意識もない。なぜなら絶対に他の奴も覗いてるはずだから。でも、もうそれも出来ない。

 僕が増築したあの空間はあの男によって壊されたのだから。


「おは蟹〜」


 またかよ。

 振り向くと妹だった。僕とは1歳違いだ。生意気な妹で何を考えてるかわからないので僕は苦手だ。


「そんな調子じゃ蟹小僧に襲われるよ」


「蟹小僧ってなんだよ。そんな名前の奴に襲われたら俺の海老の力が火を噴くぜ! てゆーか、学校では兄ちゃんに絡むなって言ったろ」


「いや〜放課後おもしろい事が起きそうだから報告しとこうと思って」


「何企んでるか知らんが、蟹鍋をうちに持ってくることは断じて許さんからな」


「わかってるって〜」


 あいつの言う事だ。おもしろい事なんて俺にとって面倒くさい事に違いない。面倒くさい事なら昨日の夜やったばっかりだって言うのに。


 流石にあの男も懲りて二度とうちに来ないだろ。



 △▼△▼△▼△



「『温泉白菜』手に入れたぜ。これで鍋パしてくれるよなぁ!?」


「おは蟹〜。まさか本当に手に入れるとは思ってなかったわ。わかった。蟹鍋、一緒に食べてあげる」


 YES!

 俺はこの女子、阿波あわ 白季しらきを蟹鍋パに誘う事に成功した。これで俺の中の蟹様も喜ばれる事だろう。日取りは3日後となった。


 ――キーンコーンカーンコーン

 4限の終わりのチャイムがなり、昼休みになった。

 俺はいつものように屋上で弁当を食べに行く。最近はこの屋上から弁当のグリーンピースを投げることが俺の一つの楽しみとなっている。

 しかし、今日はそんな事はできないらしい。屋上へ後一歩という所で彼女が待ち構えていた。網美だ。


「さあ、伝説の蟹リストよ。『蟹潮』の真実を暴くため、私に協力して!」


「おいおい、そんな蟹の歩く速度くらいせっかちな女は海老みたいに時代遅れだぜ。まずは俺との蟹デートの返事を聞こうか」



「……おい、ちょっと黙ろっか。流石にしつこいよ。蟹の足が剥きにくい時くらいしつこい」


「ご、ごめん蟹」


 前言撤回だ。俺は常に意思を曲げないわけではない。この方法も限界のようだ。


「所で蟹リストって何?テロリストみたいなもん?」


「どちらかというとメダリストの方が意味が近いわね。多分、あなたの中には蟹の精が宿ってるわ」


「蟹の精? 確かに俺の中に蟹様はいるけど精なんてもの聞いたことも見たこともないな」


「そ。その蟹様と呼ばれる存在は蟹の精の正体よ。それを宿している人間は蟹リストと呼ばれ、その人に力を与えてくれるわ」


 まさか、俺の蟹様が俺に力を与えてくれていたなんて。


「その『蟹リスト』の力と『蟹潮』の真実を暴く事とどう関係あるんだ?」


「そ、それはわからない」



「は、はあ?」


「ごめんね。私は『蟹リスト』と『海老リスト』が協力することでその真実がわかると聞かされただけなの」


「そりゃあ、誰に?」


「それも……今は言えない」


 情報が不確定過ぎないか?とも思ったが可愛いし協力してあげよう。何より屋上からグリーンピースを投げること以上におもしろそうだ。でもここはひとつ…


「いやあ、そんな危険そうな事出来ないな〜」


「そ、そこを何とかお願い!」


「じゃあ、一緒に蟹鍋パしてくれたらいいよぉ」


「うっ」


「それが駄目なら仕方ないなぁ。危険そうだしなぁ」

「わかった。わかったわよ〜。い、一回だけよ」


「OK。環礁成立ならぬ、交渉成立だな」


 YES!

 こうして俺は網美も誘う事に成功した。見たか俺の巧みな話術。

 俺、中々の策士だろ?


「じゃあ、放課後私の家に来てね!蟹の精について話があるの」


「わかった」



 ――キーンコーンカーンコーン


 昼休みの終わりのチャイムが鳴った。


 あれ?俺、弁当食べてなくね?



 △▼△▼△▼△



 帰り道。俺は気付いた。網美の家ってことは角崎温泉に行くってことじゃね?


 昨日の今日で性懲りもなくまた来たとなったら、今度こそ漁助に海老反りにされるんじゃないか?


 俺は家に向かう前に蟹饅頭を買って行く事にした。


「こんにちはー」


「あ、来たわね。ちょっと待ってね。今、お姉ちゃんと店番変わるから」


 角崎家って何人家族なんだ?という疑問を持ちつつも俺は鍋広場で彼女を待つ事にした。

 その時だった……


「おい」


「ん?」


「何でお前がここに居るんだよ」


 彼だ。漁助だ。


「どうやらお前は海老髭危機一髪にしないと気が済まないらしいな」


 彼は今にもあの海老で俺に襲いかかってきそうだった。


「ち、ちょっと待て。これだ。これをやる。だから落ち着いてくれ」


 俺はそう言って蟹饅頭を差し出した。


「こ、これは……」


 彼はまるで懐かしい物を見るかのように硬直した。その刹那。


 ――ゴスッ

「はい。そこまでね」


 網美が来て、彼は土鍋で殴られた。



 △▼△▼△▼△



「マジでお前は加減を知ろよ。土鍋で殴るとか頭おかしいんじゃねぇの?」


「それは、兄貴が海老を使おうとしてたからでしょ。この覗き魔」


「ぐっ! それは否定出来ないけど、今は関係ないだろ! こいつは蟹を持って温泉に来て、『温泉白菜』を盗んだんだぞ! そんな奴、普通出禁にすべきだろ!?」


「彼はそれ相応の罪は受けたし、蟹鍋に入れたら駄目とかルール作ったの兄貴でしょ? 何よりパパとママも『温泉白菜』は蟹鍋に合う物だから今回の事は水に流す。流れる温泉のごとくね。って許してくれたじゃない!」


「いいや。僕は絶対に許さないね! 蟹を食べる奴なんか海老づくしにしてしばいてやるんだ!」


 ……俺は蟹鍋に残った小さなキノコのように忘れ去られている気がする。兄妹喧嘩を見せられている中、俺は黙々と蟹饅頭を食べている。うまい。



 ある程度、時間が経過し、やっと本題に入る事が出来た。


「さて、あなたの中の蟹の精についてだけど、気づいてるだろうけど、この変態覗き魔には海老の精が宿っているの」


「その言い方をやめろ!変態を付け足すな!」


「この温泉にあるシークレットスペースに秘湯があってね。そのお湯に浸かれば、蟹リストや海老リストの中の精がその間だけ飛び出すことができるの」


「おい、それを言ったらこいつが秘湯に入る事になるじゃないか! 網美。お前も海老パフェにされたいか?」



 ――ゴスッ

「うるさい」


 漁助はまた網美に土鍋で殴られた。彼女は土鍋リストなんじゃないか?とも思ったが土鍋リストの語感が悪いのでそれは無いな。


「じゃあその秘湯に浸かればいいのか?」


「そう言う事。早速浸かるわよ」


「え? 一緒に浸かるの?」


「………土鍋で殴るわよ?」


「ごめん蟹」


 彼女の言葉は冗談に聞こえなかったので、普通に謝罪した。俺は、蟹のタンパク質によって鍛えられた筋肉を自慢しながら服を脱いだ。


「ここよ」


 温泉の男湯と女湯。その間に位置するちょうど真ん中の空間、その中に秘湯はあった。


「これか…」


 その秘湯の周りには仏像のような高そうで神聖みのある彫刻が並べられている。秘湯のお湯は黄金の如く輝き、蟹の如く美しくて見惚れてしまった。

 俺は今からここに入るんだな…


「じゃあ早速入るぞ」


 俺はその秘湯に浸かった。その瞬間!




 ―――――

「………やあ。…蟹の従者よ」



 その蟹とも人間とも形容し難い何かは俺の前に顕現し、話しかけた。



「蟹は、好きかな?」



 それは正に蟹様と呼ぶに等しい姿で、俺の中の蟹味噌が今にも噴き出しそうになる程だった。―――

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