蟹鍋を温泉に持ち込んだ奴はしばく(旧)
六波羅探題英雄
第1章 大量発生の蟹
第0話 蟹味噌と白菜
――蟹って味噌の部分が一番美味しいよね〜。
授業中に何気なくクラスの女子の会話が聞こえる。何やら好きな食べ物について話しているようだ。
どうやら、蟹で一番美味しい部分が蟹味噌だという話をしているらしい。
なるほど。
確かに蟹味噌は美味しい。でも、俺は爪先が一番だと思う。どうでもいい話だが。
――蟹って鍋にして食べると美味しいよね〜。
なるほど。
蟹鍋ときたか。蟹鍋は俺の家でもよくやるな。蟹を熱々の状態で食べるあの美味しさはこの世で一番幸福を感じる瞬間であると、俺は思う。蟹にはそれ以外に生で食べたり、寿司で食べたり様々だがやっぱり鍋である。この女子、わかってるな。今度蟹鍋パーティに誘ってみようか。
△▼△▼△▼△
いきなりだが、僕の家は温泉を経営している。それも天然の温泉が出る割と本格的な銭湯だ。この温泉の目玉はなんといっても「温泉白菜」。非売品だ。うちの「温泉白菜」といったらどの鍋にも合うと噂の白菜だ。その白さといい、味の深みといい一度食べたら忘れられない味わいとなっている。
今日も僕は店の手伝いをほったらかして女湯へと進入する。そして、僕が3日かけて作った秘密の場所へとスタンバる。おっ、女子の声が聞こえる。
――なんか蟹パーに誘われたんだけど〜ww。
蟹パー……蟹鍋パーティのことか?
最近、蟹パーが流行ってるらしい。なんでも蟹が世界中で異常発生する「蟹潮」が起こって蟹が手頃な価格で手に入るようになったからだそうだ。
僕は、蟹が嫌いだ。昔、ある女の子に愛の告白をしたことがあった。彼女は蟹が好きだと聞いた。僕は彼女の誕生日に鋏を入れた足の数、すなわち、10匹の蟹を直接手渡した。その時は蟹がまだ貴重な物だったもんだから、用意するのが大変だった。そして蟹に乗せて僕は言った。
「ずっと、好きでした!僕の愛は蟹味噌の濃厚さよりも濃い!」
人生、10年の時を迎え僕は初めての愛の告白を行った。我ながら手応えのあるお手本のような告白だった。しかし……
「ごめん。私、本物の蟹じゃなくて蟹饅頭が好きなの……」
そうして僕は振られた。振られた理由は言うまでもなく蟹だった。蟹という存在がなければ僕の告白は成功していた。蟹という存在がなければ僕は10匹も用意せず、蟹饅頭を50個くらい用意出来ていた。そして何より、僕は海老のほうが好きだった。
「温泉白菜」は蟹鍋によく合う。蟹味噌の濃厚さと白菜の深みがマッチするらしい。だが、僕は絶対にこの白菜を蟹鍋に入れたくない。蟹と一緒に入れるくらいなら蟹饅頭と一緒に入れたほうがましだ。
――ん?蟹パーには行くわよ〜。ただで蟹が食べれるしね〜。食べ得〜ww。
話を聞いていると、この女子は男子から蟹パーに誘われたのだろう。男って生き物はやっぱり不憫だな。この男には同情する。
――でも、条件としてここの「温泉白菜」を入れてね。って言ったら了承してくれて〜マジ楽しみなんですけどw〜。
………聞き捨てならないな。「温泉白菜」を使うだと!?
前言撤回だ。その男にうちの白菜を取られてたまるか!!
「ちょ!?誰この男!キャーーーーー!!!」
……あ。
△▼△▼△▼△
「いっよぉぉっしゃあぁぁぁぁぁああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁお!」
条件付きではあるが、女子からOKを貰った。これはチャンスだ。人生15年、彼女が出来たことのないオレは未だ嘗てない気持ちの昂りを感じた。
早速、俺は「温泉白菜」を獲得すべく、蟹をしゃぶりながら計画した。「温泉白菜」は角崎温泉の非売品だ。受付で温泉のポイントカードを貯めて、フロントの鍋広場で鍋を食べるときに入れてくれるという方式だ。但し、蟹鍋を持っていくと絶対に貰えない。蟹抜き鍋を持っていって、後で蟹を入れた輩が出てからはより厳重になった。
だが俺は「温泉白菜」の貯蔵庫を知っている。
これがこの計画の「核」となる。
△▼△▼△▼△
俺は、夜の誰もが眠ってる時間帯を見計らい、女湯の中へと侵入する。以前、ここの御曹司がここの場所へ入っていくのを見たことがある。別の場所にいたオレはその後、ここを確認し、「温泉白菜の貯蔵庫」と隅に書かれた扉を見つけたことがある。勿論、鍵はかかってあった。
そこで、俺は蟹を持ってきた。鋭い鋏のある奴だ。
「これだな」
扉を見つけた俺は、早速蟹の鋏でその扉を突き破った。そして、次の瞬間
ザッ…
「…お前だな?白菜を盗みに来たのは」
最悪だ。奴に見つかった。俺は全身全霊で奴から逃げた。
「ハアッ!ハアッ!」
もう随分と走ってきた。ここまで来ればさすがに振りきれただろう。気付けば学校の近くまで来ていたようだ。俺は疲れたので手に持っていた蟹を食べることにした。
その刹那……
バリッ!
蟹が割れた。
俺は何が起きたのか訳がわからなかった。見ると蟹の本体に海老が刺さっていた。
「蟹鍋を温泉に持ち込んだ奴は僕がしばく。」
俺が振り向くと、そこにはあの角崎温泉の息子が立っていた。彼の頬にはなぜか手形の腫れがあり、手には何本もの海老があるのが見えた。さっきの威力からよく使い込まれてるのが見て取れる。この「蟹潮」の時代に海老とは、時代遅れにも程がある。俺は蟹味噌が出ている蟹を手に持った。
「俺は絶対に『温泉白菜』を持って帰るぜ。蟹派代表としてな」
「ふん。僕の海老派としてのプライドにかけて『温泉白菜』は渡さない」
△▼△▼△▼△
白菜を巡る戦いは、血と汗と蟹味噌が入り乱れる戦いとなった。
その彼等の戦いを見ている少女が一人。
これから何が起きるのか。それは蟹様のみぞ知る。
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