10話.[そう決めたのだ]
直之は先に入浴を済ませることを選んだ。
出たらリビングで明日香が入るまで時間をつぶす。
万が一があってはならない、流石にこればかりは突入されたくない。
「私もそろそろお風呂に行こうかな~」
「冷めているようなら追い焚きしてね」
「夏だからちょうどいいよ! 行ってきます!」
ああ、明日香はいつだって元気いっぱいでいいな。
先程と違って回復しているようでよかった。
ま、こっちの精神的にはドキドキしすぎてやばいんだけど。
「部屋に行こう」
「うん……」
そういえば当たり前のようにいるけど家はいいんだろうか。
こっちでご飯は食べるし、入浴するし、帰るの遅いけども。
「鍵をかけておくぞ」
「そ、そうだね」
やばい、緊張で口が……。
こうなったらすぐに終わらせてさっさと水を飲もう。
「いいよ……いつでも」
「……おう」
初めては想像よりも呆気なく終わった。
……やっぱり気持ち悪いとかそんなのも感じなくて。
「ちょ……」
「まだ足りねえ、他の奴に取られたくねえからな」
ベッドに押し倒されて自由にされていく。
ああ、それなのになんだろうね、この安心している心は。
部屋の扉がノックされたときなんかは心臓が飛び出そうになったけど。
「ど、どうしたの?」
「なんか怪しく感じてさ」
「もう……」
意地が悪い妹だった。
そのために速攻でお風呂から出てくるとか物好きすぎる。
……ま、同性にキスされて安心している兄のほうがやばいけどね。
「あ、わかったよ私」
「な、なにを?」
「ちゅーしたよねっ、ふたりともそういう顔をしているもんっ」
気づいたのだとしても気づかなかったふりをしておくれよ……。
どうしようもない気持ちに押し潰されそうだった僕を見て気づいてくれたのか「もう寝るね、おやすみ!」とあくまで元気いっぱいのまま部屋に入っていった。
「……しすぎだよ」
「悪い……」
とりあえずは口を洗って飲み物を飲むことに。
喉が乾いていたからただの水が凄く美味しかった。
「……こんな流れで言うのもなんだけどさ」
「おう」
「受け入れるよ」
「い、いいのか?」
「あそこまでさせておいて受け入れないと言うと思ったの?」
そうしたらかなり最低な人間になってしまう。
おまけに、相手の気持ちを弄ぶためだけにキスなんかできない。
相手が女の子ならともかくとして、相手は同性なんだから。
それぐらいの覚悟を持って受け入れたんだ、そうか、だけでいい。
「好きだ……教室でだって想いが止まらなくてさ」
「だからってああいうのは駄目だよ」
「わかってる……それにこれができたんだから焦る必要もないしな」
まあ、なかなか同性を好きな人間がいるとは思えないし、そうだ。
ましてや相手が僕なら尚更のこと、直之ぐらいなものだろう。
そういえば直之、キスしても結局変わらなかったな。
もっとほっとしたような表情を浮かべてくれてもいいのに。
「直之、僕は側にいるからね」
「ん? おう、ありがとな」
あ、今度は柔らかい表情だ。
ん? じゃあキスは必要なかったのでは?
受け入れると言ってからすればよかったか。
「余計なお世話かもしれないけど白石さんには言っておかないと」
「なんでだ?」
「明日香とより僕と付き合うほうがいいって言ってきたんだ」
「同性には負けたくない……ってことか」
彼は全く意識すらしていなかったことになるけど。
僕も無責任に頑張れみたいなことを言ってしまったから後悔している。
よくわからない状態でする応援というのもあまりよくない行為だなと。
「ねえ、本当に断っていても友達のままでいてくれた?」
「当たり前だろ、それで傷つけているんだぞって圧をかけてたな」
「はははっ、なにそれっ」
「簡単に諦められるかよ、俺が何年我慢してきたと思ってんだ」
受け入れてよかった。
彼は頑固なところがあるからしつこく迫ってくるだろうしね。
それに大切な友達に冷たくなんてしたくなかったから。
「んー……ショックぅ……」
「残念だったね」
一目惚れした相手には彼女さんっぽい人がいたらしい。
仮に彼女じゃなくても親しげすぎてどうしようもなかったみたいだ。
「私が好きになった人はみんな取られる……」
うっ……取った人間としてはなんとも言えないぞ。
「まあまあ、出会いはいっぱいあるよ」
「三佳さん……」
「それとも、私と付き合っちゃう?」
「三佳さんはみんなと仲良くしちゃうから不安になるだろうしいい」
「ありゃ……それは残念だな」
明日香が言いたくなる気持ちはわかる。
彼女は確かに色々な人といるから。
好きになってしまったら自分だけを優先してくれと口にし、けれど相手からは普通に仲良くしているだけだと言われて届かず、みたいなことが容易に想像できてしまった。
「もういいもん、高校に合格したらいい人探すから!」
「お互いに頑張ろうね」
「うん!」
この話題に僕が口を挟むわけにはいかないので黙っておく。
なにをどう言おうが煽りと捉えられかねない。
「それより徹くん、明日香ちゃんに家事を任せ過ぎじゃないかしら」
「は、はい、なので最近は手伝わさせていただいております」
「いまのままじゃ駄目よ、もっと頑張りなさい」
「はい、頑張らせていただきます」
これは本当にその通り。
ご飯とかだって明日香が作ってくれたのを食べたいからとか言ってついつい甘えてしまう、自分も少しは手伝うからその度に明日香の丁寧さを知って凹むという繰り返しだった。
情けない話、服とかも上手く畳めない。
お風呂掃除ぐらいはできるけど、やって終わった後の感じが違う。
なんだかんだ言ってもやってあげている、という気持ちが強いからかも。
「冗談だよ、でも、手伝ってあげてね」
「うん、手伝うよ」
白石さんは帰るということだったから送って行くことにした。
もう暗いし危ないし、直之でも同じようにするだろうし。
「ここまででいいよ、直之くんに嫉妬されちゃう」
「いや、危ないから最後まで――」
「いーの、送ってくれてありがとね!」
そう言うなら無理したりはしない。
夜は段々と冷えてくるようになったからすぐに帰ろう。
「ただい――」
「こら、あんまり調子に乗るな」
「えへへ、いまは兄ちゃんもいないからいいでしょ~?」
「そこにいるんだが」
「嘘っ!? ご、ごめん兄ちゃんっ、取りたいとかそういうのじゃ!?」
慌てて謝ったりしたら誤解されてしまうかもしれないからやめよう。
妹は「お、お風呂~」とか言ってリビングから逃げていった。
「おかえり」
「ただいま」
なんか本格的に同棲しているみたいだな。
それかもしくは、そもそも兄弟だったみたいな感じ。
で、ふたりとも妹には頭が下がらない感じで、うん、なんか面白い。
「明日香が仲良くしたがるのはしょうがないよね」
「そういえば俺のことが好きなんだったよな」
「うん、元好きな人が側にいたら気になるよ」
関係が変わることは望んでいなかったなんて言っていたけど、本当のところは進展を願う心もあったんじゃないかって考えていた。
もう終わったことだから言わないけど、こういう関係の限り何度でも直之は家に来るから一緒に楽しくやってほしいと思う。
逆に嫌だと感じるかもしれない、エゴかもしれない。
けれどこれまでお世話になったからこそ、同じくお兄ちゃん的存在の直之といてほしい。
「ま、昔から明日香には言っておいたんだけどな」
「え……あ、だから」
「ああ、正直に言えばばれたというのが正しいが」
僕の側にいてくれる人はみんな鋭いようだ。
鈍感とか言われていたし、僕は察する能力が低いのかもしれない。
「でも、直之は我慢していたんでしょ?」
「完全にはできなかったから結構漏れていたがな」
「え、やっぱり僕って鈍感……?」
「いいんだよ、だからこそ他のやつの好意に気づかなかったんだからな」
「え、もしかして好意を向けられてた?」
「俺が知る限り、中学のときは4人ぐらいの女からな」
中学生のときの僕はなにをやっているんだよ!
はぁ、残念だ、どうしてこうなった。
でも、いまのこれが現実で、彼を傷つけなくて済んでよかったかな。
「ま、まあいいよ、直之といられて嬉しいし」
「そういうことをふたりきりのときに言われるとめちゃくちゃにしたくなるからやめてくれ」
「あの、え、近づいて来ているんですが! わあ!?」
……とりあえずちょっと前と同じで嫌われないように頑張ろう。
そうすればふたりで明日香を支えられる、それが僕にとっての理想だ。
だからある程度は自由にさせておこうとこっちを自由にしてくれている彼を見て僕はそう決めたのだった。
10作品目 Nora @rianora_
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