09話.[わからないけど]

 何故か今日は同性に話しかけられる日だった。

 その度に横の同性さんには睨まれるから勘弁してほしい。

 でも、そういうつもりはないとわかっていても好きな人間に人が集まったら複雑になるだろうことは容易に想像できるため、特に言い訳もせず彼のしたいようにさせていた。

 問題があるとすれば嫉妬の感情から学校でしようとすることだ。

 いくら手を握ったり抱きしめたりという程度の軽いものであっても、こうして勢いだけに任せていると恐らくよくないほうに繋がる。

 お腹が痛くて入ったトイレの個室にまで入ってきたときは驚いたね。


「ストップ!」

「……どうした?」

「学校ではしないって約束でしょ」


 ばれたら話すことすら難しくなるかもしれないんだと感情に訴える。


「だってよ……お前他の人間とも仲良くするじゃねえか」

「もしかして疑っているの?」

「……不安になるんだよ」

「大丈夫だから、それに家でならいくらでもやってくれていいから」


 明日香の手伝いをしてくれたらとも条件をつけていた。

 これのおかげで明日香は楽になるし、僕も習得が早くなるし、なにより彼は手伝ったことでモヤモヤも晴らせるしでいい関係が構築できている、はず。


「直之、これは君のためを思って言っているんだから」

「悪い……」

「謝らなくていいよ、続きは家でね」


 ちなみにみんなが今日来てくれる理由は僕が真面目だから、らしい。

 なので手伝いを頼んできたり、わからないところを聞いてきたりと、今日限定で同性が話しかけてきてくれていた。

 全て自分の席で対応していたから僕も悪いか。

 でも、午後も何故かよく頼られて、意外と悪い気はしなかった。


「鷺谷、お前もたまには一緒に遊ぼうぜ」

「誘ってくれてありがとう、でも、直之と約束があるから」

「お前らはいつも一緒にいるだろ、たまには付き合ってくれよ」


 おっと、こういうパターンでくるとは。

 本来であれば直之以外の男友達ができそうで喜ぶところだ。

 それどころかこういうお誘いすらなかったからそれはもうはしゃいでいたと思うんだけど、先に約束しているのは彼だからそれはできない。


「ごめん、約束していたから」

「そうか……ならしょうがないな」

「誘ってくれてありがとね」

「いや、こっちこそ今日はありがとな!」


 よかった、それでもってならなくて。


「直之――」


 みんなには彼が足を滑らせただけだとゆっくり説明しておいた。

 しっかり支えたふりをして体を離して、先に教室から飛び出した。


「待ってくれよ」

「禁止って言ったよねっ?」

「悪かった……でも、もうどうしようもなくてな」

「それで噂とかになったりしたら後悔するの直之だから」


 はぁ、さっさと帰ろう。

 家でならって散々言っているのに。

 しかも家では自由にやらせているのにさ。

 好きで苦しくなるのかもしれないけど我慢は大切だ。

 帰ったら今日もどうやら明日香はまだ帰宅していないようだった。


「……先に作っておくか」

「あ、そうだねっ」


 何気に直之のスキルが高いからメインは任せておくことにする。

 こちらはレタスをちぎっては置くということの繰り返し。

 やはり野菜の摂取は大切だからね、栄養が偏ってはならない。


「ただいま……」

「おかえり」

「あ、作ってくれてたんだ……ありがとう」

「え、どうしたの?」


 どうやら格好いい男の子を見つけて一目惚れしてしまったみたいだ。

 しかも同じ中学の子ではないみたい、それはまた難しい恋だろうな。


「今日は休んでいればいい」

「ありがとう」


 明日香はクッションを抱いて女の子の顔をしていた。

 やっぱり好きな子ができたらこのようになるのは抑えられないのか。

 じゃあ、直之がああいうことをしたくなったのもやっぱり無理はないということだよね。


「出来た、俺らだけだったらこんなもんだろ」

「直之は女子力があるね」

「女装が似合う徹には負けるがな」


 可愛くねえ……。

 と、とにかくせっかく作ってくれたんだから温かいときに食べよう。

 恋する乙女をしていた明日香もゆっくりではあったが食べていた。


「美味しい、直之の味付けも好きかも」

「明日香たちの好みはある程度知っているからな」


 合わせてくれようとしているところがいいな。

 単純に気に入られようとしているだけでもいい。


「ごちそうさまでした、洗い物は僕がするよ」

「いいよ、私がやるから置いておいて」

「あ、そう? それならお風呂に入らせてもらおうかな」


 が、僕はそこで帰ってから大人しかった理由を知る。


「か、鍵を閉めてどうしたの?」

「キス」

「え……ま、まだ無理だよ」

「これだけ自由にさせておきながらまだ駄目なのか? それとも、結局諦めさせるからいまは自由にさせているだけなのか?」

「そういうつもりはないよ……てか、直之は焦りすぎ」


 特に教室であんなことをしてしまうのは駄目だ。

 後の自分の自由を捨てているならともかく、そういう覚悟がないのなら大人しくしておくべきだと思う。


「したい」

「えぇ……」


 そして今日は全く言うことを聞いてくれさそうだった。

 こっちの両肩を掴んで顔を近づけてくる。

 力が自分より強いから痛いし、怖いし、不安だしで忙しい。


「……悪い」


 結局のところ、彼の意思で寸前で止められた。

 こちらの表情が強張っていたからだろうか? わからないけど。


「先に入る? お客さんだしさ」

「いやいい……先に入ってくれ」

「うん、わかった」


 焦らなくたって僕は消えたりしないぞ。

 寧ろ彼が焦れば焦るほど結果を出せなくなると思う。


「ふぅ」


 もしあのままされていたら……。

 正直に言えば興味は普通にある。

 多分、していたら関係は変わっていた。

 それを受け入れられるということはつまりそういうことだ。


「悪かった」

「やってから謝らない」

「……悪い癖なんだ、謝ればいいと考えているのも悪いところだよな」


 焦れったい気持ちにさせているのは僕で。

 いま彼がどういう風に考えているのかはわからないけど、先程のあからさまに悲しそうな顔が忘れられない。

 もししたら……笑ってくれるのだろうか?


「ねえ、直之がしたいなら……する?」

「は――あ、無理するなよ」

「いいよ、したいなら」


 流石にこちらからは勇気がなくてできないけど。

 あとは心配だから歯を磨いてからという約束でとりあえずお風呂に入ったのだった。

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