第三話「天狗の使い」
(略)
娘の目の前に、一人の童女が突然姿を現した。
「誰か!」
「人を呼んではなりません。私は山に住む天狗の使いです」
思わず助けを求めようとする娘を、童女が制した。
「どうやってここへ……」
突然のことに理解が及ばず怯える娘に、童女は
「天狗から術を学んでおりますので」
と事も無げに答えた。
「天狗……」
娘はふと男から聞いた話を思い出した。山の中には天狗が住んでおり、時折捨子などを拾って育てるのだという。
娘は周りの様子を伺った。侍女たちは寝静まったままだ。娘は恐る恐る童女に目をやった。
「私はあなたに用があって参りました。お腹の子がもうすぐ生まれるのでしょう」
娘は大きく膨れたお腹に手をやった。産屋となるこの小さな家に移されたのは数日前のことだった。もういつ生まれてもおかしくはなかった。
「この子は……」
そう言って、娘は目を伏せた。
「ええ、分かっています。わが主人は、すべてご覧になっていましたから。ですので、話をしに参りました」
「話とは、なんでしょう」
娘は不安げに童を見た。
「生まれてきた子を、わが主人が引き取りましょう。それで、その子は生き永らえるでしょう」
その言葉に、娘はほっと息をついた。生まれてくる子が尋常ではないことなど、予想できている。堕胎のために毒を飲まされ、それでも効果のなかった子をどうしても産みたいと、娘は願っていた。
例え子を引き取るのが正体の分からない天狗であっても、生まれてきた子が川に流されてしまうかもしれないよりはましだと、娘は考えた。
「それでは、お腹の子をよろしくお願いします。私はこのお産で死んでしまうかもしれませんから」
「ええ。わが主人にそう伝えましょう」
そう言うと、童女はふっと姿を消した。
娘が辺りを見回したが、どこにも気配は感じられなかった。
数日後、娘は産気づいていた。
耐えられないほどの痛みが腹を襲う。今まで感じたことのないような激痛に、娘は泣き叫んだ。
何度も意識が薄れそうになったあと、気が付けば産声が聞こえてきた。
「まあ!二人も」
娘の耳に、侍女の声が届いた。
娘は目を開けた。男の子と女の子の赤子が、そこにいた。
「ああ……よかった」
娘はまた薄れそうになる意識を必死で繋ぎとめた。
その時、一陣の風が吹いた。侍女たちは意識を失っている。
「迎えに参りました」
聞き覚えのある声とともに、童女が姿を現した。
「ありがとう……ございます……」
娘は息も絶え絶えに言いながら、汗ばんだ手を赤子たちに伸ばした。
「かわいい、こ」
毒にも耐えて生まれてきた赤子たちを、娘は愛おしそうに見つめた。
童女がそっと赤子たちを抱きかかえた。
「それでは、この子達を連れていきましょう。二人もいるとは、わが主人も必ずやお喜びになることでしょう」
「おねがい……します……どう、か、すこやかに……」
「ええ。わが主人に代わって誓いましょう」
童女が姿を消した。
それを見届けて、娘はゆっくりと目を閉じた。
(略)
秋雷の日―――「Twitter」「草」「炎上」の題より 播磨光海 @mitsumi-h
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