第55話 冒険者コバの偉業
王都の冒険者ギルドの扉が、勢い良く開けられた。
中にいた冒険者たちが、一斉に入り口を見やる。度の冒険者も各領地からの精鋭であり、その眼光、体格、どれをとっても一流の者ばかりである。
扉を開いたのは、一人の女だった。そして、彼女の周りにボディーガードの男たちがずらりと並ぶ。
女はニヤリと笑い、まっすぐに受付へと向かった。
新人であろう受付嬢が、あわあわと近づいてきた女を見る。
金髪碧眼の女は、笑みを浮かべながら言った。
「……コバという冒険者はいるか?」
王都は随分と華やかなものだ、と、ルーファリンデ・ヴァレリアは思う。
そんな華やかな街で、アイツは一人暮らしているのか。そう思うと、なんだか心配になってきた。都会に染まったりしていないだろうか。
いや、彼なら染まることはないだろう。なんだかんだでマイペースな男だ。
今ものらりくらりとしているのだろう。
そう思うことにして、彼女はギルドで教えてもらった住所を目指している。
「……なあ、あれ、ルーファリンデ・ヴァレリアじゃねえの!?」
「ほんとだ!灼熱の女!!」
自分を見て興奮している男たちを見る。ルーファリンデは魔導書をかざした。
「……火球」
呪文とともに、矢のような速度で火球が男たちの目の前に飛ぶ。その衝撃は見る者を圧倒し、生唾を飲ませるほどだ。
「これでいいかしら?」
ルーファリンデがにこりと笑うと、男たちは頭を下げて去っていった。
「すげえ、本物だ……」
「父親に火球ぶっ放して政治の実権握ったって話だぞ」
「でも、そこからヴァレリア領の財政はめきめき回復したんですって」
「姉妹はみんな結婚して、彼女が実質ヴァレリア領の子爵だってさ」
ルーファリンデが故郷に帰ったとき、家族はそりゃもう驚いた。
「る、ルーフェ。良く帰って来たな……」
困ったように歓待の声を発する父に、魔導書をかざして火球を放った。
「うわああああああああああああ!?」
「ルーフェ、あなた何を考えてるの!?」
自分を取り押さえようとした姉の腕を掴むと、そのまま関節を極める。
「痛い痛い痛い痛い!!」
「……今までの分、これでなかったことにしましょう」
その代わり、自分が領地の政治に口を出すことを、無理やり父に認めさせた。気の弱かった父は、娘に火球を放たれたのがよっぽどショックだったのか、力なく頷いた。
姉は正直邪魔だった。金食い虫だし、やることに文句を言ってくるし。なので、とっとといなくなってもらうために方々の貴族に申し立てし、お見合いをして、嫁に行ってもらった。
まあ、相手もいい人を選んだし、最後は感謝していたから、後腐れもない。思う存分、自分のやりたいように改革をして、ヴァレリア領の収支を黒字に持っていったのはつい最近のことだ。
苦労したことを思い出しながら歩いていると、目的地の宿屋に着いた。
聞いた話だと、コバはここに下宿しているらしい。しかも、ギルドの紹介で入った宿だそうだ。
「……その割には、ぼろいな」
宿はお世辞にも大きいとは言えないし、何しろ王都の商業区から少し離れた位置にある。隠れ家、という方が聞こえて気になじむかもしれない。
ともかく、彼とは2年ぶりの再会になるのだ。なんだか緊張してしまう。
ルーファリンデは髪と身なりを整え、ボディガードの一人を呼ぶ。
「アレを」
そう言って男が持ってきたのは、一つの花束だった。
「せっかくだからな、思い切り驚かせてやろう」
ルーファリンデはそう言うと、思い切り宿の扉を開けた。
「コバはいるかぁ―――――――っ…………あれ?」
「…………る、ルーフェさん?」
互いに見知った顔だった。宿の玄関にいたのは2年前に別れた、冒険者ギルドの事務員のマイちゃんである。7
しかも、明らかに私服で、しかも玄関の掃除をしていると来ている。
「……なんでいるの!?」
「こっちの台詞ですよ!?」
二人の女性は、互いに叫んだ。
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「実家!?」
「は、はい。私、今日はギルドはお休みで。それで、うちの手伝いなんですよ」
「この宿屋が?」
「そうなんです」
マイちゃんは照れて笑っていた。
「びっくりしたでしょ?ぼろい宿で」
「い、いや、そんなことは……」
ルーファリンデは言いながら、ふとあることに気が付いた。
「ちょっと待てよ。……ということは、コバと同じ家で暮らしている?」
ルーファリンデの視線に、マイちゃんの視線がそれた。
「……はい。しかも、今うちに下宿してるの、コバくんだけなんですよね」
ちょっと勝ち誇っているように見えるのは気のせいだろう。ルーファリンデはそう思うことにした。
「……それで、コバは?なんか大変なことがあったって聞いたんだけど」
「ああ、コバくんならいつも通りクエストですね。それで来たんですか?わざわざヴァレリア領から?」
「……ま、まあ、コバには世話になったしね!通りがかったし、一応顔を見ておこうと思ってね!」
ルーファリンデはそう言って、鼻の下を掻く。マイちゃんはそれを見てくすくす笑った。
「……だったら、一緒に行きませんか?サプライズしようって、話になってるんです」
「サプライズ?」
「どうせなら、コバくんを思いっきり驚かせてあげましょう?」
マイちゃんのささやきに、ルーファリンデはニヤリと笑った。
***************************
どういうわけか、今日は王都のレストランに帰ったら来てほしいと、エリンちゃんに強く言われている。
「いいですか、絶対来てくださいね!?約束ですよ!?」
なんでも、エリンちゃんは学院でも優秀らしい。紹介してくれた彼女の友達が言ってた。
「エリンは、平民クラスの中でもトップクラスの成績なんです。それで、まじめなのでクラスの代表までやってるんですよ」
学院では貴族クラスト平民クラスがあるんだそうだが、その中の平民クラスでも高いポジションにいるようだ。
それに、王都でできた友達と一緒に冒険者登録をして、一緒に冒険に行ったりしている。俺も付き添いで行ったりすることがある。
そんなエリンちゃんに、今日は絶対にレストランに来てくれと言われたのだ。
クエストの巨大サソリを担ぎながら、俺はようやく王都の入口へとたどり着いた。
ギルドに行き、クエストの報告に行くと、受付嬢が俺を見て言う。
「あの、コバさんに用があるって方がいらっしゃいましたよ?家はどこだって」
「俺の家?」
ということは、マイちゃんの家でもある。マイちゃんも俺が自分の家に下宿するとは知らなかったようで、ギルバートさんに向かって怒りを叫んでいた。
それにしても、誰だ?わざわざ俺なんかの家って。
「……ルーファリンデだ」
「え?」
振り向くと、ロウナンドが座りながら呟いていた。
コーラル伯爵領の高名な冒険者だった彼も、今は王都の冒険者だ。顔なじみということで、ちょくちょく一緒に飲んだりする仲である。
「あのお嬢様が、お前に会いに来たんだろう」
「ルーフェが?」
親父を黙らせて、姉貴を追い出して、領地の経営に力を入れているのは知っていたけど。
なんでわざわざ会いに来るんだろう?
「……それで、その後は?」
「知らん。お前の下宿に行ったんだろ?」
ロウナンドはそこまで言って、にやりと笑った。
「羨ましい奴だよ、お前は」
どういう意味かはいまいちわからなかったが、とにかくルーフェが俺に用があったということは分かった。となると、うちにいったん戻った方がいいかな?
そう思った俺は、下宿に帰った。マイちゃんのお父さんが経営している小さい宿で、下宿してるのも俺一人と、もはや居候に近い状態だ。
「おお、コバくん」
「親父さん、どうもです」
宿に入ると、受付にいるおじさんが俺に話しかけてきた。この人がこの宿のオーナーであり、マイちゃんのお父さんだ。
「なんか、俺に客が来なかった?」
「客?そういやマイがなんか誰かと話しとったな。そんで、一緒に出掛けたぞ?」
「出かけた?」
何だろう。マイちゃんと一緒に買い物でも行ったんだろうか?
ともかく、エリンちゃんに言われていたレストランにもいかないといけないから、そっちは後回しだ。マイちゃんなら夜には帰るだろうから、その時にでも話を聞こう。
「……わかった。まあいいや」
俺は親父さんにそう言うと、宿を飛び出した。
向かったレストランはかなりの高級店で、普段は入るのに腰が引けてしまうほどだ。
だが、来いと言われた以上仕方がないだろう。
「あの、コバっていうんですけど」
受付に恐る恐る話しかけると、これまたにこやかに応対してくれた。
「コバ様ですね。予約承っております。2階の奥の個室でございます」
「ああ、どうも」
人の名前で勝手に予約取ってんのかい。
そう思いながら、俺は歩を進めた。
そして、レストランの奥の扉を開ける。
「おめでとーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!」
ドアを開けた瞬間に、何かがはじける音がした。
俺は呆気に取られて、部屋の中を見る。
部屋には、俺の両親、ルーフェ、エリンちゃん、マイちゃん、ハートさん。さらにはラウル一家やギルバートさんに、領主さまのガンマディス・ドールまでいるではないか。
「……え、何が?」
「何言ってるんだ、コバ!」
そう言って近づいてきたのはルーフェだ。
「何か凄いことになっているから、こうしてみんな集まってるんでしょ?」
そして、俺にこれまた大きな花束を手渡す。
「これは、そのお祝いだ!」
俺は周りを見渡した。みんなにやにやしながらこちらを見ている。
「……みんな……」
俺はみんなを見ながら、言った。
「マジで何のこと?俺、全く身に覚えないんだけど」
「……え?」
俺の反応に、ルーフェが固まる。
「じ、冗談言うなよぉ」
「いや、ほんとにさ。俺だっていきなり呼び出されたんだって」
俺たちの反応を見て、頃合いかと領主さまが立ち上がった。
「……さて!役者も揃ったし、そろそろ乾杯をしようじゃないか!」
その言葉に、全員がグラスを持って立ちあがった。
「え、待って!マジで何なの!?」
「私も知りたいんだけど!?」
困惑する俺たちをよそに、領主さまが叫ぶ。
「―――――――――――このたび王国芸術賞を受賞した!バルグ氏と!バルグ氏の書いた冒険小説『ソロ冒険者の英雄譚』に!!乾杯っっ!!」
言葉と同時に、全員がグラスを持ち上げる。
「「……ええええええええええええええええええええええ!?」」
俺とルーフェは2人して、グラスを持ちながら恥ずかしそうにしている父ちゃんの顔を見た。
「王国芸術賞……?」
「いやあ、お前の冒険話をな、聞きながら書いた小説が手ごたえがあってなあ。王国芸術賞に応募したら、物語部門で受賞してしまったんだ」
「それで、明後日授賞式があるのよ。だからみんなでお祝いしようってなってね」
それで来たのかこの連中は。俺がぽかんとしているところに、エリンちゃんがやって来た。
「……実は、コバさんを驚かせようと言ったのは私なんです。王国芸術賞は学院で審査してたので、結果わかったときは驚いちゃいましたよ」
「そ、そうなんだ……」
「コバ!」
掛け声とともに、俺の足元に何かがぶつかった。下を見ると、おめかしした女の子が俺の足に突っ張りをしている。
「こら、やめなさいフラン!……ごめんなさいコバさん。うちの子が……」
「ああ、アンネちゃん。フランちゃんも大きくなったねえ」
あの時洞窟で産まれた赤ん坊も、今や元気いっぱいの3歳児だ。ちょくちょく顔を見せに行くと、大体こうやって俺に攻撃を仕掛けてくる。
「ほら、ちゃんと挨拶しろ?」
そう言って、ラウルがフランちゃんを持ち上げた。フランちゃんは「よっ!」と手を上げる。ラウルとアンネちゃんは苦笑いしていた。
「元気な娘だと大変だなあ、お父さん?」
「おうよ」
そう言って笑うラウルの顔は、すっかり父親の顔だ。まだ冒険者をしている俺よりも、心なしか落ち着いているように見える。それはきっと、ラウルが腎虚になりかけというのは関係ないだろう。
「……私は、一体……」
茫然としているルーフェの元へ、マイちゃんが近づいてきた。
「その……ごめんなさいね?」
「知ってたのか!?」
「そりゃ、コバくんが特に何もないのは、そばで見てますし」
それはそれでひどくないか?俺はそう思ったが、黙っておく。
「この人は、いつも通りですよ。本当に」
「なんだよぉ……」
ルーフェの様子に、俺はふと持っている花束を見た。
「……返そうか?これ」
「いい。持っておいて。出世渡しにするから」
ルーフェはそう言うと、机の食事を黙々と食べ始めた。
その様子を見て、マイちゃんが笑っている。
向こうでは、領主さまとギルバートさんと父ちゃんが飲んでおり、母ちゃんはハートさんと話している。
俺は一息つき、席に座った。
とりあえず、飯にしよう。クエスト帰りで腹がペコペコなのだ。
「ここのお金は、領主さまが出してくれるみたいだぞ?」
俺の隣に座ったラウルがにやにやしながら言った。それはいいことを聞いた。
「……じゃあ、元取るか?」
「俺も手伝うぞ?」
俺はラウルと互いに笑って、目の前の飯をかきこみ始めた。
俺の冒険者として一旗揚げるという夢は、まだまだこれからである。
スキル「単独行動」は最強でした。 ~今回でもう5回目のパーティ解散なので、いい加減諦めて俺はソロで冒険することにします。ボッチが発動条件なので、もうパーティは組めません(泣)~ ヤマタケ @yamadakeitaro
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