エピローグ「星に願いを」
星に願いを
「龍征の奴に、また会いたいよぅ……」
夜空に向けて少女が願う。閑散とした自然公園の離れ、ここは星がよく見える。ツーリングのお気に入りコースに登録されている秘密の場所。想いを寄せるアイツを誘えたらどんなにロマンチックか。しかし、その願いは叶わない。
ナックル吉田は星に願う。
「あ」
流れ星、流星。三回願えばなんとやら。
「龍征と会えますように。龍征と手を繋げますように。龍征と恋人になれますように。龍征とちゅー出来ますように。龍征と子どもが出来ますように。龍征と結婚出来ますようにッ!」
念を押しての二倍。根本から意味を履き違えている少女に、もしかしたら天罰でも下ったのかもしれない。もはや実現不可能となってしまったであろう妄想を、現実が押し潰す。具体的に述べると、すぐ近くで星獣の雄叫びが響いていた。
「チッ、お
もう星獣にも慣れたものである。
全世界を震撼させたあの大事件。あれから一カ月が経過していた。スタードライバーズが全ての星獣を撃滅してくれたという都合の良い幻想は打ち砕かれた。あの戦場からはぐれた星獣は相当数いる。しかも、あれから星獣の動きがどこか活発化していた。
「復興作業もスターズが仕切ってやってんだ。うまくいってるはずだ。だがよぉ……やっぱりあの怪物どもはどうしようもねーぜ」
人類はその脅威に今も抵抗し続けている。復興作業に尽力している吉田たちも、その一部だ。大彗星と激突した戦士たちの信念は、確かに彼女にも受け継がれている。
☆
帰り道。原付を走らせる吉田は、助けを求める声を聞いた。
(見捨てられるか……ッ!)
急な方向転換に相棒の車輪が悲鳴を上げる。それでも頼れる相棒は応えてくれた。走らせることたった二分。三メートル級の星獣の姿があった。ずんぐりとした短い手足でその巨体を支えている。
若い男女だった。カップルだろうか。線の細い男が震える足を叱咤して女を庇う。女はそんな男にしがみついて、それでも安心したかのような表情だ。互いに互いを大事に想っていて、お互いに信用し合っている。助けに入ることに迷いはなかった。
(あああー、羨ましいぜー!)
そんな邪念はあったが。
ナックル吉田は原付のアクセルを勢い良く踏んだ。同時に自分は地面に転がり落ちる。鋭い痛みに歯を喰い縛るが、泣き言はなしだ。星獣に突っ込んで爆発する相棒に無様は見せられない。
「おうおうおう! こっち見やがれデカブツがあッ!」
額から流れる血を拭いもせず、女番長が両腕組みで仁王立つ。
「このシマはアタシらスターズが仕切ってんだ。その喧嘩、このナックル吉田が引き受けたッ!」
圧倒的な脅威が聳え立つ。こわい。足が震える。
それでも注意はこちらに引き付けられた。目でカップルに逃げるよう訴える。男の持つ木の枝が小刻みに震えている。あんなもので星獣に立ち向かおうとしていたのか。吉田が後ろを向いてダッシュしようとする。逃げ切れたならそれが勝ち。それが自分が張った喧嘩だ。だが、その寸前に信じられないものを見る。
(うわッ、マジでやりやがったッ!)
男が星獣の無防備な後ろ足に木の枝を突き刺したのだ。ちょうど関節だったのだろう。何がどうなったのか星獣が派手にすっ転んだ。男が女の手を引いてその脇を走り抜ける。
「君、逃げるぞッ!」
「ああんッ!?」
両手に花、というか。手を引かれるナックル吉田が足を動かす。走力には自信があったが、それでもついていくのがやっとの速度だ。向かい側では女が鋭い目付きで全力疾走している。こっちもこっちでかなり速い。
「君が隙を作ってくれて助かった。僕は陸上部でインターハイに出てるからね。きっと皆で助かるよ」
(なんでアタシが要救助者入りしてるんだよ)
「私は、水泳部、次期、エースッ! 体力には、自信が、あるッ!」
(聞いてねえーよ。てか一般通行人にしてはキャラ濃いなッ!)
口に出して突っ込む余力はない。背後から轟音が迫っている。ちらりと見ると四足歩行でチーターみたいな速度で走る星獣の姿。あのフォルムで、である。
「ダメだあんちゃん、追い付かれるッ!?」
曲がり角。男は両手の花を曲がり角に投げつけた。ふわりと浮遊感。女が妙な敏捷さで猫のように着地する。不格好に飛んだ吉田をキャッチ。男はガードレールに衝突しながら強引に曲がる。その先は崖だ。このまま星獣を突き落とすつもりなのだ。
(誰も彼もが諦めてねえってかッ!? アタシもやられてばっかで終わるかよッ!)
しかし、星獣はひしゃげたガードレールに掴まって強引に復帰する。女が悲鳴を上げた。男のリカバリーは間に合わない。
「下がりな、あんちゃん!」
その豪腕を吉田の蹴りが逸らした。死の予感を孕んだ風圧を浴びて身震いする。それでも生き延びた。もう一発。大振りの攻撃を吉田は回避する。ここ最近、彼女は龍征の祖父に稽古をつけてもらっていた。肝心な時に、大事なものを今度こそ守れるように。その時は、まさに今。生傷を増やしながらも紙一重で粘り続ける。たった一分にも満たない攻防だった。僅かな時間を稼いだだけで圧倒される。
三人とも、もう満足に動けない。逃げ切れない。それでも、生きることを決して諦めなかった。自分を張り続ける。ただのモブキャラなんていなかった。誰もが必死に手を伸ばして戦っている。そうして稼いだほんの少しの時間が、光明を呼んだのだ。
「そこまで貫ければ本物だ――――認めてやるよ」
吉田の顔がぱあっと明るくなった。あの真っ赤に燃えるボディは見覚えあるものだった。星獣に対抗する戦士スタードライバーズ、そのドライブ3。少女が想いを寄せる相手、天道龍征。彼と、その仲間たちがあっという間に星獣を撃破する。
「遅っっせええんだよバーーカ!!」
極限まで張り詰めていた糸が切れる。涙でぼろぼろの顔を隠しながら、吉田は龍征の名前を呼んだ。カップル二人も抱きついて無事を喜んでいる。ここのところ頻発する星獣事件で、スタードライバーズは引っ張りダコだった。あの大彗星との激突の後、彼らは奇跡的に助かり紆余曲折の末に電撃復帰を果たしたのだが、それは別の物語である。
そうして多忙極まる龍征を、星見に誘うことは出来ないのだ。
「む。天道、新たな星獣反応だ。ここはドライブ2に任せて急行するぞ」
「了解ッ! でも、大丈夫ッスかね?」
そして、龍征は相変わらず例の女丈夫にお熱なのであった。
要するに、吉田の妄想するアレコレは実現不可能なアレコレなのだ……今のところは。
「救援部隊はすぐに来る。僕ならすぐに追い付ける。だから行けよ、バカ」
「そうだな。任せたぜ、相棒!」
照れ臭そうにそっぽを向く美少女(に見えた)に新たな困難を感じつつ。ナックル吉田は龍征に小さく手を振った。グッとサムズアップが返ってくる。吉田が照れ臭そうにそっぽを向いた。そのせいで男が飛び立つ姿を見逃してしまう。
星獣に対抗する戦士、スタードライバーズ。
彼らは今もどこかで戦い続けている。大切なものを守るため。使命を全うするため。責任を果たすため。そしてなにより、『自分』を張るため。彼ら戦士たちは今日も信念のまま戦い続ける。願いの果てが、そこにあると信じて。
願いは届く、星に願いを。
手を伸ばし続ける限り、きっと届くと信じて。
了。
スター・ドライブ・ドリーマーズッ! ビト @bito
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