流星散華

「呼んだか?」

「ハアァッ!?」

「声が、聞こえたんだ。たくさん。で、夢の中でじいちゃんにどやされちまった」


 そんなことを言いながら男は立ち上がった。立ち上がるはずのない男が立ち上がった。シーカーのずり落ちた眼鏡が地まで到達する。頭部のプロテクトはほとんど崩壊していた。


「俺はバカだから、これしかないんだ。お前をぶっ飛ばす。大彗星でもなんでもぶっ飛ばす。以上だ」


 壊れたはずのドライブ3が仄かに光る。まるで高見台と呼応するかのように。光の柱が立ち上がった。

 三つ、だ。


「ドライブゲンマの収束と放射……確かに星詠みの高見台の基本機能だ…………けど、大元のドライブゲンマは……どこ、から」


 結合を欲している。そんな星獣とドライブゲンマに関する仮説を思い出した。周囲に散っていた星獣が勢いよくこちらに向かっている。引き寄せられる。その衝動は果たしてどこから来るのか。何かを求めること。一人ではなく、一緒にいたいという想い。人を惹き合わせるその根本は何か。そんな中身のない想像が縦横無尽に駆け巡る。


「そんなの……理屈が、ない、じゃないか…………」

「けど、浪漫はあるぜ」


 即ち、願い。星に願いを。強い想いはきっと天に届く。人に届く。


「――ほら、ご指名だぞ」

「――決めてやれ、バカ」


 煌めく白刃が。

 乱れ撃つ双銃が。

 星獣を次々と制圧していく。その間にも、龍征は一歩、また一歩と足を進める。怯えて腰を抜かし、そんな龍征をただただ見上げるだけでは抵抗は不可能。龍征は満身創痍も甚だしいボロボロの様相を呈していた。それでも、その溢れんばかりの笑顔は。願いの詰まった胸が堪らなく熱い。高く高く拳を振り上げる。



「俺たちの勝ちだ――流ッ、星ッ、弾ッッ!!!!」



 拳が土手っ腹ど真ん中に突き刺さった。甲高い悲鳴とともにジョン=シーカーの身体が大地に埋まる。粉微塵に弾け飛ぶスタードライブ・ゼロ。その強度は正しく本物だった。ぴくぴくと痙攣するシーカーにはまだ息があった。いずれ機動部が回収して拘束するだろう。聞くべきことが山ほどあるのだ。

 深い深い息を、長く長く吐き出す。満面の笑みで龍征が仲間を振り返った。両手の拳が伸びる。大道司光に天乃リヴァ。二人の拳がそれに合わさった。清々しいまでの笑顔。三人の心は今、通じ合っている。示し合わせたかのように天を仰いだ。仁王立つ三人目掛けて、破滅の大彗星が一直線に降ってくる。


 最後の戦い――――いや、最大の喧嘩だった。


 ふっかけられた喧嘩は受けて立つ。

 天道龍征とはそういう男だった。拳を握り、逆境を打ち破る。龍を征すると名を賜った男は、己の道を貫き通すために邁進した。


「思えば、どこまでも遠くに来たもんだ」


 冗談めかして笑う。しかし、その胸の内には諦めなど一欠片すら無かった。

 マジの大マジ、ガチのガチンコ。彼は本気でこの喧嘩に挑んでいた。未熟な男が意地を張る。その相手は遥か巨大な大彗星。

 大彗星、ミズハノタキ。

 天に瞬く星を相手に喧嘩をふっかけた男。彼は不敵に笑い、拳を握り締める。


「隕石と力比べたぁ……熱いじゃねえか」


 相手にとって不足は無い。

 そんな強がりは、しかし男の胸を熱くさせたのも事実だった。


「あまり熱く成り過ぎるな」

「っったく、相変わらずバカなんだよなぁ!」


 その背中に二つの手が添えられる。一人じゃない。そんな心強さがさらに胸を焦がせる。


「悪い悪い――さぁて、征くかッ!」


 彗星相手に喧嘩を売るのだ。無事では済まない。命の保障は無く、地球を守りきれる保障も無い。三人の夢見人が絶望に踏み込んだ。

 だが――――その顔に浮かぶのは希望だった。

 三人で手を繋いで、当たり前のように空を飛ぶ。今ならなんだって出来そうだった。

 天に。昇る。星に願いを込めて。






 大彗星ミズハノタキ。

 命を賭けたアタック。





 やるべきことは、やる。

 有言実行は当たり前。無言実行すら生温い。ただただ実行。そこに飾り言葉なんてつかない。そんな風に教えられてきた。この家に産まれてきたからには避けられない運命だった。凡そ人として当たり前の生活を享受出来ずに、防人としての生き様を求められる。そんな自分がスタードライブシステムの初の適合者だったのは、きっと天啓なのだ。今ならそんな風に思える。

 修練、鍛練、勉学、修行。その身を剣と鍛えぬく。そんなライフサイクルは、いつしか苦でもなくなっていた。自分に秘められた才能に自覚したのは、十と少しの頃だったか。特別な家系だから、というわけではない。そんな狭い枠に収まらない。天才とは、現象なのだ。それを教わったのは当時家庭教師もしていた桜花道だったか。

 何でも出来る。興味は無限に分岐した。やって、出来たら飽きて、次のものを。天才は飽きっぽい。そんな言葉は実感を伴ってその胸に響いていた。それでも、きっとそれだけではなかったのだと思う。譲れないものもきっとあったのだ。

 こうして何かを守れることを誇りに思う。

 戦う力を持てることを光栄に思う。

 この道に胸を張れる。これが自分なのだと言い張れる。

 それに、もう一人ではないのだ。どんなに飽きっぽくても、捨てられないものが出来た。だから、きっとどこに行ってもそこに帰っていくのだ。そんな場所が出来たのだ。一番胸を張れること。



☆ 



「隣に立ってくれてありがとな」





 メアに相応しい男になる。

 そんな虚像は、信じ込んでしまえば真実にもなった。自分がどうして産まれてきたのか。母親は祝福してくれたのか。父親は、桜花道は幼子を望んでいたのか。そんな恐怖は今も心の片隅に残っている。それでも、あの幸せだったという温もりは手離さない。きっと愛を知っていた。だからメアのことだって愛せたのだ。

 やってしまったことの代償は大きすぎる。全部自分がしでかした罪だ。けれど、どこでだって引き返せたはずなのだ。真にメアに相応しいと言えるためには、引き返さなければならなかったのだ。遅すぎた結末は、あまりにも重すぎて。それでも潰れないとすれば、きっともう一人じゃないから。

 煌々と輝く光に憧れた。

 熱々と燃え盛る流星の温もりに安堵した。

 この二人に並び立てる自分であろうと。

 そのためだったらどこまででも戦える。これは自分に胸を張るための戦いだ。自分に相応しい自分になるのだ。そのために戦えるこの巡り合わせに最上の感謝を。そして全力の戦いを。一番胸を張れること。



☆ ☆



「どこまでもついていくよ」



☆ ☆



 自分の道を貫くんだ。

 半端な覚悟と焦げ付くような劣等感。そんな少年だった。いざというときに小さな女の子一人すら救えない。やれば出来ると思っていた。来るべき時がいずれ来ると。そんなものはひどい悪夢だった。時は、いつだって残酷に牙を剥く。それに抗うため、どんな時もやるべき今だった。

 桜花道というオカマは、強靭な自我を持っていた。祖父に匹敵するような強さを初めて目にした。あの生き様は、それだけ強烈なインパクトだった。大道司光、崎守さん、大道司司令、天乃リヴァ、ナックル吉田だって。みんな譲れない自分を持っていた。そんな彼らに果たして少しでも追い付けたのか。目指すべき目標はどこも眩しくて、目が眩んでしまう。

 自分は天道龍征を貫けただろうか。

 誇り高き戦士たちに認められるだろうか。

 共に戦える真の仲間でいられただろうか。

 今ならその信念を、自信を持って、自身を以て掲げられる。猛る魂は、出会いの全てに焚き付けられたものだ。俺が天道龍征だ。そうやってバカみたいな自慢が出来るのだ。一番胸を張れること。



☆ ☆ ☆



「どこまでも一緒にいこうぜ」



☆ ☆ ☆




 天高く瞬く大彗星。地球に直撃する軌道に入っていたソレは、突如として爆散した。その破片は決して少なくない数の隕石として降り注いだが、一欠片すら地表に激突することはなかった。

 特異災害対策機動部と自衛隊。

 そして各国からの支援砲撃。

 願いを叶えるための奇跡に、人は自ら手をかける。絶対に犠牲は出さない、という強い決意。それらが束なった想いの結晶。煌めく流星群が天に広がる。その光景はとても幻想的で、誰もが目を奪われた。三人の戦士が示した信念が広がっていた。


「なんとかするのが、大人の務めだからな」


 崎守三尉が天に向かって敬礼する。

 誰もが自分に胸を張って、そんな信念を尊重出来る。ぶつかり合っても、きっと分かり合える。だって、人は人と惹かれ合うのだから。

 これは、そんな物語だ。

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