天願祈祷

 天に星が瞬いている。夜空を照らすその光は、しかし破滅的な輝きを帯びていた。


「あれを、落とすっていうのか……?」


 絶句する崎守が無線を握り締める。大量の車両による住民の避難は八割方完了といったところか。想定と練度の高さを見せつけた第一師団と、謎のチームワークでそれに匹敵して見せたスターズの面々。彼ら彼女らの八面六臂の大活躍あってか、今のところ死者が出たという報告は無かった。車両に乗り切らなかった人たちも部隊の護衛のもとに徒歩で戦場を離脱している。

 カガリ司令の下で全力で星獣を引き付ける特災機動部も存分に役目を果たしている。首都東京の郊外、国防の総力が勝ち取った結果でもあった。避難民の受け入れ先はまだ定まっていないが、生きてさえいれば希望は繋がっていく。

 それでも。この一撃は、その全てを粉微塵にするほどの破壊力を秘めていた。


「核直径十キロあるハレー彗星級だぞ……どこに逃げても関係ない、この国が……終わる」


 実際に地球に到達するまでにはある程度砕けて小粒の隕石にはなるだろう。しかしながら、それでもこの首都圏丸々消滅する試算にはなるという。倒れたスタードライバーズから応答はない。日本政府の迎撃ミサイルだけで被害を防ぎきれるかどうか。各国の動きも芳しくない結果だけが伝わってくる。


「おい、どうなってんだオッサン」


 チャリンコのベルが間抜けに響いた。既にスターズのメンバーも避難させたと言っていたが、彼女はここを動く気が全くないみたいだった。崎守ももはやそこは諦めている。動きが読めない不良少女は自分の近くに居させておいた方が守りやすい。


「……おい、その子はなんだ」


 だが、自転車の荷台にちょこんと座るおさげの女の子は。


「スターズ期待の新人、ハナちゃんだ!」

「河合華です! あの時はありがとうございました!」


 初めて会う子ではなかった。西蔵町の星獣被害、崎守が部下を失ったあの事件で龍征が救った命。こんな巡り合わせも因果か、と崎守は目を細めた。


「……龍征は」

「はっきり言う。彼らは敵の手に倒れた。今機動部がなんとかして回収しようとしているが、星獣の動きが激しくてな……」

「嘘だよな。アイツが負けるはずねえんだ……」

「俺だって信じられない。だが、その上でどうするかを見据えなければ。人命は、絶対に守る」


 固い意志に流石の吉田も怯んだ。本物の威圧感。彼女であれば、死地に赴いてでも助け出すと言い張るだろう。しかし、それは絶対に避けなければならない二次災害だった。その決断を下せる覚悟が彼にはあった。


「ほんとうに、そうなの……? お兄ちゃんは、絶対に諦めない。今も戦っているはずなんだ」


 幼い言葉が波紋を落とす。どんなに絶望的でも自分の姿を貫こうとした男の背中を、この子は知っていた。星獣の咆哮が戦場を揺らした。機動部の防衛線も一進一退の攻防。遠からずこの防衛線は突破されるだろう。それでも、誰一人として諦めない。戦い続けることを崎守は確信している。

 誰もが『自分』を貫いている。

 使命も、信念も、覚悟も。誰もが胸に燃やしている。

 天道龍征という男を崎守は知っている。そして何より、大道司光という女を崎守は知っていた。その二人が選んだのだ、天乃リヴァという戦士のこともきっと。

 知っている、信じられる。そんな誇り高き顔ぶれだった。無線から絶望的な戦況が伝わってくる。それでも、何とかしようと、這いずってでも前に進んでいる。


「どうか、信じてやって下さいませんか」


 そして、龍征のことを誰よりも知っている人がいた。手術衣の、痩せ細った老人が枯れた笑みを浮かべていた。意識を取り戻してすぐ、ボロボロの肉体でも、その眼は衰えない。


「儂の孫を――――たった一人の家族のことを」


 崎守は無線に口を当てた。何かを確認し、何度も首を振り、必死の形相で何かを訴えていた。その数分間は、きっと崎守の中で大きな戦いだった。戦って、勝ち取ったものは。かけがえのない、託すための道。


「今、三人の戦士たちが戦っている」


 その言葉が戦場に響いた。無線の接続先を、避難を呼び掛けるスピーカー音声に切り替えたのだ。音が響く。声が響く。想いはきっと届く。そんな願いがスピーカーの振動を通じて拡散していく。


「我々の命を、希望を一身に背負っている戦士たちがいる。彼らは強大な敵を前に倒れてしまった。それでも、私には彼らがそれで終わるとは思えない。だから、伝えて欲しい。我々の誰もが戦っている。決して孤独ではないということを! 伝えて欲しい! 込められた願いがあるということを! 無線を手に! この一帯の無線をスピーカーに繋がるようにした! だからッ! 彼らにもう一度戦う力をッ! エールを送って欲しいッ!」


 無線は、無機質なバトンは、想いを含んで、エールは伝わっていく。


「お兄ちゃんは、絶対に諦めないんだ。そんな姿に元気をもらった。頑張れる力をもらった! あたしにも何かが出来るんだって! だから、立って!」

「しばらく見んうちに、立派になった。貴様はしっかり道を貫けている。そのまま突き進んでみい。貴様だけの風景がそこにはある。貫いた先の世界をその胸に抱けるのなら……ちゃんと! 立ち上がって! しっかり! 帰ってこいッ!」

「龍征、まだ決着つけてねーぞ。アンタは絶対に負けない。アタシが保証する。このアタシが――認めた男なんだ。立ち上がれよ……頼むから。生きて、勝って、帰る。龍征……アタシはアンタにまた会いたいんだよぅ……だから、だから……絶ッッ対に、負けんじゃねーぞッ!!」


 声が。祈りが。願いが。

 戦場を震わせる。希望が伝播する。色んな声が、たくさんの想いが戦場に溢れ始めた。どれもたった一つの特別。そんな想いの奔流が、世界に満ちていく。







 願いが集う。そんな幻想的な光景に、いつもならば浪漫を感じていたかもしれない。仄かに光り出す高見台の残骸に、何かを見い出したかもしれない。

 そうではなかった理由は、単純にそれらの願いに敵視されていたからだろう。


「なんだぁ……このバカげた光景は…………?」


 ボロボロのスタードライブ・ゼロで星獣を蹴落としながら、ジョン=シーカーは天を仰いだ。


(一切合切が関係ない! もう全部が終わったことなんだ! みんなこわれてジ・エンド、ダッ!)


 さあ、と。


「流星よ――――墜ちろ」









「――――呼んだか?」

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