星光天墜
詰んだ。
光は冷静にそう分析していた。世界がスローモーションに流れる。まるで時間の流れに自分だけ取り残されてしまったかのようだった。だが、彼女にはこういった経験が何度かあった。追い詰められた状況に、研ぎ澄まされた集中力。ゾーン体験と呼ばれる感覚の極致。
砲撃は防げない。ジョン=シーカーの装甲を突破するのにも時間がかかる。それに、呻き暴れる星獣の群れ。怪物どもが徐々に支配の軛から解き放たれようとしている。直感だ。だが、その直感に確信を抱いた。散り散りに暴れだす星獣たちは、この戦場を離れて無差別に人を襲い始めるだろう。避難は間に合うか。いや、間に合ったとしても星獣そのものが消えるわけではない。未曾有の大災害となるだろう。その前にシーカーを倒すか、星詠みの高見台を破壊するか。しかし、そのどれもが不可能だった。冷静に判断する。その間僅か一秒。
そして、結論が飛躍するのにもう一秒。
「――先輩ッ!」
「副主任を叩けッ!」
「無駄だ無駄無駄ッ! 僕こそがこの世界の王になるのさ」
迷うことなく飛び出した龍征の拳が呆気なく払い落とされる。その額に小刀が飛来するが、軽い音をたてて落ちるだけ。高見台の砲身に真っ白いプラズマが集結する。一瞬そちらに視線を移したシーカーは、ドライブ1の膝を見た。意味不明な加速度の膝蹴りがドライブ・ゼロを薙ぎ倒す。その背面、剣がその切っ先をねじ込ませる。が、浅い。刃はそこから進まない。
(……あれ今、先輩が二人いたような…………?)
「畳み掛けろッ!」
背中に突き立てた剣を手放し、光が駆ける。その両手に持つのは、火打ち石。カン、と小気味良い音で着火した石が、まるで不死鳥の翼のような火力を上げていた。徒手空拳で組み合う龍征とシーカーがその目を見開いた。
「まさかッ! 大道司家は忍びの血筋とは聞いていたが、こんなことが……ッ!」
フザケタことを言い始めたシーカーの顔面を、龍征の右ストレートがぶっ飛ばした。火打ち石が砕ける。その中心から生えてくるのは――一対の剣。まるで、翼のように。二本の剣が増殖して盾のように。これは、ドライブ1の武器生成機構を限界以上に引き出したもの。
桜花道が目指したもの。彼はどうしてスタードライブシステムから汎用性を排していたのか。求めるのは、究極の一。単なるドライブゲンマの兵器利用ではない。最大限のその先、それは新たなる進化の兆しだった。その極致の一端を、光の覚悟がモノにする。
(出来ないとか、不可能とか……そんなことを言える立場じゃないんだ。私には役目がある。己が全てを投げ打ってでも。詰ませたくらいで終わると思うな。これが私が貫くべき『自分』だ――ッ!)
高見台の一斉掃射。その暴力的な光の雨を、光の盾が全て受け止めた。轟音と閃光。戦場そのものを洗い流すかのような奔流。シーカーが、龍征が、星獣が、そして光が破壊の渦に引き込まれた。飛び出しそうな意識を、誰もが固く食い縛る。我武者羅に立ち上がった龍征は、その目に力強い背中を見た。
「良いものだな、背中を託せる仲間がいるというのは」
その顔は見えない。ドバドバと流れ落ちる鮮血に、決定的ななにかが含まれているような気がして。それでも、龍征は目を離さない。空中に仁王立つ、この背中を追いかけてきた。憧れがそこにはあった。それはどんなものよりも美しく、ただただ見惚れるような気高さが――
「後は託した。抜かるなよ」
絶対に死ねない女が、それでも託す先を見つけて飛び出していく。一瞬だけ振り返ったその顔は、憑き物が全て落ちたような、そんなとびっきりの笑顔で。
「私を好いてくれたこと――――嬉しかったぞ」
巻き上げられた粉塵が晴れた。聳え立つ巨大な高見台。星詠み、それは天に瞬く星空への憧れを詠った願い。意志と希望が願いとなって、渦巻く力が高見台に直進する。重力を無視したかのように一直線に飛んでいく彼女の姿は、きっとどんな星よりも光輝いていた。
その目に焼きつけろ。
――――奥義、超新星爆発。
ああ、綺麗だ。
二度目の破壊の渦に曝されながら、龍征はそんなことを考えていた。生きて、勝って、帰る。誰も彼もがその最初で挫けてしまっている。気高い意志と覚悟を胸に、天道龍征は静かに立ち上がった。まだ、終わりじゃない。へし折られて、焦げ落ちた星詠みの高見台。それを呆然と眺めるアイツをぶちのめさなければ。
「バカな……星詠みの高見台が…………そんな、こんなバカなことが…………」
「バカはお互い様だ」
拳を握った龍征が横倒しになる。身体に力が入らない。倒れたことに気付くまで数秒必要だった。それでも、立ち上がることだけは止めない。血は吐いても弱音は吐かない。
「てめえがふっかけた喧嘩だ――とことんやってやる」
それが、男が貫く『自分』だった。ドライブ3がうまく起動しない。それがどうした。拳が握れれば喧嘩は出来る。ドライブ・ゼロの装甲も衝撃で砕け散っていた。内部プロテクターは十全に発揮しながらも、シーカーの狼狽は極まっていた。切り札を失った今、ここで勝とうがいずれ世界に潰されるしかない。
龍征の雄叫び。シーカーの悲鳴。それらを塗り潰したのは、星獣どもの咆哮群。
「ああ、高見台も笛も無くなったから……どうしてくれるんだあ!?」
散らばる岩石の欠片。あの二度の破壊を生還した星獣の数は少ない。それでも、それら全てが手近で手負いの二人を襲い始める。ひとたまりもなかった。
「ちっくしょお! 邪魔すんじゃねえ! あの、野郎をぶっ飛ばす、んだよお……ッ!」
「ひぃぃい!? いや、意外といける! さっすが僕の研究成果ぁ!」
脳内のアドレナリンが正常な判断を狂わせる。二人とも手傷を負いながらも星獣複数体相手に渡り合っていた。だが、満身創痍の龍征よりも、まだ装備に余力があるシーカーが一枚上手だった。朽ちる高見台も、完全に消滅したわけではない。
「やりぃ! 交信機能は生きているッ! こうなりゃみぃんな死んじまえ!!」
高見台から天に光が伸びた。空中に浮かぶキーボードを叩くシーカーに、龍征は手出し出来なかった。のし掛かるような星獣の攻撃に倒される。最後にして最大の悪あがき。ジョン=シーカーは最悪の宣言を下す。
「星を、堕とす」
それがどれだけ恐ろしい響きか。龍征は慌てて天を見上げた。一等明るいあの星は。違う、そうじゃない。徐々に大きさを増していく気がするあの星光は。近付いてくる。どこからどこへ。決まっている。
「大彗星ミズハノタキ。それが地球に接近しているのは知っているだろう? さぞかし綺麗に見えるでしょうってテレビで言ってたもんな!」
宇宙から、地球に。
「彗星っていうのはほとんど水分で出来ているんだ。あとは二酸化炭素とかのガス系かな。そして、それだけじゃない。微量の塵――つまりは岩石の破片で構成されている。これが不思議なもんでよ、月ほどとはいかないが、ドライブゲンマを結構な量放出しているんだよなあ! もはや彗星という現象が一種の星獣とも定義出来ると言っていいね! さて、今回のミズハノタキ。そのドライブゲンマに高見台の交信機能で干渉したら……どぉなるかなぁー?」
シーカーの仮説。星獣は結合を欲している。求めて、引き寄せて。そんな焦がれるような想いを増幅して、支配して、そんな結果がこれなのか。龍征は、ぶちりと頭の血管が切れるのを感じた。それは、嫌だと思ったのだ。
「どうしてだ……浪漫が、信念があったんじゃないのかよ」
「だってさあ……もうこうするしかないじゃん。お前らのせいだよ。大人しく皆でお陀仏しよーぜ?」
「シィィィィイイカアアアアアアァァァアア――――――ッッ!!!!」
星獣が押し寄せる。ドライブ・ゼロにはまだ抵抗する余力が残されていたが、龍征はその大質量に圧し潰されるばかりだった。もがきながら、手を前に、這ってでも前に。視界が暗い。岩石の塊に圧し潰されて、何も見えない。湿った息が口から漏れるのを感じて、龍征の意識は落ちていった。
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