第2話 小悪魔と姫君
がちゃっ。玄関を開けると夏希の目の前には真希が立っていた。
がちゃっ。ドアを閉めて夏希は家の中に戻っていった。
がちゃっ。再び玄関ドアを開けると、真希が手を振って待っていた。
夏希は諦めた。
そして二人は並んで家を出ていった。
夏希は昨日の真希の告白に良いよ、と答えた。
夏希の良いよは、「女同士の関係で」を「女同士マブダチになろうぜ」と捉えている。
そこに言葉の祖語があるのだが、噛み合わずとも二人の関係はスタートした。
まずは高校は卒業したいという夏希のために一緒に登校して、きっちり授業を受ける。
わからないところは休み時間や放課後を用いて真希が教える。
確かに一緒に登校するのが効果的だが、まさか教えてもいない家まで迎えにくるとは言っていないし聞いていない。
「
汗が気持ち悪くなるというにも関わらず、真希は夏希の腕にぴっちりと自分の腕をくっつけている。
「なぁ、私の汗とかくっついて気持ち悪くないのか?」
流石の夏希も気になって仕方がない。女の子同士でも汚いモノは汚いし臭う者は臭う。
昭和のアイドルのように、トイレに行かないなんて噂なんてものはないのである。
「え?むしろご褒美ですけど?」
後程離れた時に真希が自分の腕についた汗をこっそり舐めていた事を夏希は知らない。
学校に着くなり夏希は教師に呼ばれて連れて行かれた。
昨日の事で話があるという事だったので多分あのエース?が何か言ったのだろう。
誤解を説くためにもこっそり着いて行き、生徒指導室の扉に耳を当てると中の声が聞こえてくる。
頭ごなしに夏希を責める教師に腹が立ってきたので、仲裁に入るととりあえず保留となった。
しかし後に罰を受けたのはエースもどきだった。
あの時隠れていた漫研部長がぶつかる前から連続シャッターを切っていたらしく、一部始終が撮影されていたらしい。
揺るがぬ証拠により、夏希は無罪放免、エースっぽい人はイエローカードを貰った。
サッカー部だしイエローカードは洒落が効いている。
久しぶりに登校してきた夏希の姿を見てクラスメイトはどよめきに包まれた。
一緒に横を歩いている真希の姿を見てさらにどよめきに包まれていった。
昼には真希が夏希の席とくっつけ一緒にご飯を食べ、休み時間には一緒に復習をして、終始真希と夏希は付きっ切りとなっていた。
その様子を見た男子達は真希に近付く事は格段に減っていった。
女子がたまに寄っては関係を聞いてきたり、一緒に勉強をしたり、たまには女子高生らしいどこのスイーツが美味いとかいった話に花を咲かせていた。
そんな生活が数日続き、夏希も真希に対しての警戒心は薄れていっていた。
体操着に着替える時にイベントは起こった。
「ぉ、夏希ってばちっぱいですなぁ。」
後ろから近付いてきた真希が腋の間から腕を差し入れ、双丘……という程のものはないけど、僅かなふくらみを掌で包んでいた。
「ちょっ、真希。女同士だからってそれはダメだろ。ちょっ、ひぅっ。」
真希が舌なめずりをしたタイミングで更衣室の扉が開いた。他の生徒が入ってきたのである。
(もう少しで……)
夏希は少し放心している。女子とはいえ他人に触られた事なのなかったのだろう。
顔は少し赤みをさしていた。
女子の体育はグランドでマラソンだった。
真希はそれほど体育が得意ではない。
グランドを1周した時点でふらふら、炎天下の日差しもあってふらふら。
3週目が終わる頃には歩いているのと変わらなかった。
迸る汗、揺れるパイ〇ツなんて昭和のオヤジが抱くであろう女子体育の授業風景において、夏希の赤と真希の銀色は目立つ。
周回遅れの真希の横を通り過ぎる度に夏希は真希に「無理するな」とか「もうちょっとだ」とか励ましていた。
しかし真希は4週目を少し行ったところで崩れ落ちた。
「大丈夫か、真希っ」
夏希が駆けつけてきた。
熱射病の恐れもあるという事で保健室へ急行する。
「私なら力もあるし、運ぶくらい問題ない。」
そうは言っても既に夏希は8週も走っている。
夏希は真希を……お姫様抱っこし早歩きで保健室へ向かった。
女子生徒の何人かは「王子様だわ。」「男子よりもかっこいい」「おねえさまー」という声で盛り上がっていた。
微かに残っている意識で真希は思っていた。
(夏希は……そっち側じゃない)
保健室に付くと保健の先生の的確な処置でベッドで安静となった。
水分も辛うじて嚥下出来、しばらく安静に休ませれば大丈夫だろうと。
保健の先生は報告があるからと職員室へと行ってしまう。
目を瞑り少し開いた口から口呼吸をしている真希は苦しそうだ。
膨らみのほとんどない胸が上下している事から呼吸に問題はなさそうだと判断できる。
汗の張り付いた体操服と髪の毛にエロスを感じる。
上下するない胸を見た夏希がごくりと唾を飲み込む。
さっき自分は触られたんだ、むしろ揉まれたんだ。仕返ししても問題ないんじゃないかと。
すすすと左手が右胸へと延びていく。
ぴと……と体操服越しにその感触が掌に伝わってくる。
(な、何をしているんだ私は。女同士で……)
夏希が葛藤していると、真希の胸に手を当てている夏希の手の上からさらに手が重ねられる。
「な……」
夏希が驚いて真希へと視線を戻すと、真希の目はしっかりと相手夏希を捉えていた。
「どきどきしてるの……わかる?」
手を退けると、真希はベッドから立ち上がろうと身体を動かす。
「おい、まだ横になってないと……」
「ん、大丈夫。この後また休むから。」
真希は立ち上がり、然程ふらつかない事を確かめると夏希へと近付いていく。
「夏希……」
夏希は何かを察し、後ずさりして行く。
「さっきは運んでくれてありがとう。」
ドンッと今はもう流行っていない壁ドンをする真希。
真希の汗の匂いが夏希の鼻を擽るが、夏希には一種の媚薬のような麻薬のような、虜にするような感覚が襲ってきていた。
「これはお礼。それと、先日出会った時から夏希の事が好き。嫌なら避けて?」
真希はゆっくり背伸びをして夏希の唇へと自らの唇を近付けていく。
目を瞑って近付いてくる真希の顔と唇が……
可愛いと思ってしまっていた。
ゆっくり近付くので呼吸する音まで聞こえる。
それどころか、少しずれていた唇の軌道を修正するかのように、夏希は身体の、顔の角度を無意識のうちに変えていた。
少しずつ触れる唇の感触。
顔にかかる呼吸。
触れる面積が徐々に増え。
やがてしっかりと互いの唇が重なった。
真希の唇が少し開き、夏希の唇へと何かが侵入していく。
「んふぅっ?」
声にならない声をあげる夏希だったが、まったく抵抗出来ていない。
「んちゅっ」
侵入してきたのは真希の舌、夏希の口内を蹂躙しようと何かを探す。
探すまでもなくじきにソレ、夏希の舌を感じ取ると蹂躙が始まった。
暫く真希が絡ませると、真希は満足したのか夏希の唇から離した。
互いの舌と舌で涎の架け橋が繋がっている。
ある一定の距離まで離れるとそれは崩れ、床へと堕ちる。
それと同時にいつの間にか触れていた夏希の右胸から真希の左手が離されていく。
「改めて言うね。私は夏希が好き。女の子同士だけれど、恋人として付き合って?」
真剣な眼差しの真希に夏希は目を離すことが出来ない。
「あ……うん。」
真希は夏希に向かって満面の笑みでこう言葉を紡いだ。
「夏希って性に関してはドMだよね。」
それは衝撃の告白だった。
後日談。
あの日、保健室にはもう一人患者がいた。
漫研部長である。
しかも今回は動画で撮影しており、この日あった事をほぼそのままに薄い本を制作した。
この薄い本は大手サークルでもないのに200部完売した。
増刷と次刊を要望されたとか。
「銀色の小悪魔、赤光の姫君」
後に百合エロ漫画家として成功する漫研部長の、同人作家として最高の売れ行きと人気を誇ったシリーズものである。
隠れていた事がバレるが、ネタの提供と二人の安息の場所提供から真希と夏希は漫研に入る事になる。
部長の巧みな話術で二人はコスプレイヤーとなり、人気百合レイヤーとなるのはまた別の話。
銀色の小悪魔と赤光の姫君 琉水 魅希 @mikirun14
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