ありがちな罠

@HasumiChouji

ありがちな罠

「たかが、二十数年の人生で、これほどの力を身に付けるとは……流石は、我が宿敵が選んだ『聖女』だな」

 この世界の大半を手中に納めつつある帝国の皇帝……いや、「圧政」を司る悪神の依代よりしろであるその男は、力尽きようとしていた私にそう言った。

「敵とは言え、見事な奴。余と賭けをせぬか?」


 初めて、その夢を見たのは小学校に入る前だったと思う。

 後から思うと、ありがちな和製ファンタジーRPGそのままの光景だった。

 中世と近代……と言っても産業革命より前の絶対王政期あたり……のヨーロッパが入り混じったような世界。

 ただし、その夢の中で、私は、国を救う勇者ではなかった。

 強大なる侵略国家に立向う抵抗勢力レジスタンスの若き指導者だったのだ。


「うわああああっ⁈ 何で男なのっ⁈」

 思春期になる頃、その夢が自分の前世だと知った。

 理由は? と言われると答え様が無いが……それまでの人格が徐々に消え、「前世」の人格の方が蘇えっていったのだ。

 そして、ある朝目覚めて、「現世」の人格の方が、ほぼ消滅していた事に気付いたと同時に、その一言を叫んでしまった。

 何故なら……私は前世では女だったのに、現世では男だったからだ。


 もちろん、私が狂気に陥っていた可能性も有る。

 あの夢が、本当に私の前世か……それとも、私が狂気に陥っているのか……。

 あの「悪神」が、私にわざと与えた「チート能力」が本当に存在しているかを確かめる事が出来たなら、私は正気で、私の前世は本当に存在したのだろう。

 しかし、私は、そんな「チート能力」を使う気など無かった。

 たとえ、今の私が「将来の総理候補」と言われる政治家の息子でも……。

 もし、あの夢が本当の事なら、親の跡を継いで政治家になど成らず、平凡にサラリーマンでもやって一生を終えよう……。

 そうすれば……あの「悪神」との賭けは……最悪でも引き分けだろう。

 私は、中学に入る頃には、そう達観していた……つもりだった。


「お父さん、何か言って下さい」

「困ったね……この成績では……う〜ん……」

 中学3年の頃に転落が始まった。

 「前世」の人格のままでは、ありとあらゆる面で勝手が違うこの世界の「学校」に適応出来なかったのだ。

 特に勉強。

 前世では、平均よりは頭が良かった筈だ。控えめに言っても。

 しかし、どんなに努力しても、一から十まで違う、この世界の「学問」を巧く理解出来なかったのだ。どうしても、「前世」の知識・常識が邪魔をしてしまう。

 私は、親のコネで、高校に「裏口」から入るしか無かった。

 3年後、またしても大学に、親のコネで「裏口」から入る羽目になった。


「お前、マトモなサラリーマンなんて無理だよ。形だけでも俺の秘書になれ」

「は……いや……でも……」

 客観的に見れば、私は甘やかされて育った「ボンボン」だろう。

 自分でも、甘やかされている状況に過剰適応しつつ有るような気はしている。

 早い話が、堕落しつつある、と云う事だ。

 それでも、私なりの矜持は有った。

 「可」ばかりの成績で大学を出た私は、何とか、民間企業に就職する事が出来た。

 いや、今回も、親のコネで「裏口」から入ったのかも知れないが……。


 職場では失敗を続けた結果、たった1年半で鬱とパニック障害になり……退職し、親の政治秘書になった。

 それから1年足らずで、親は死に、私は親の地盤を引き継ぎで、政治家になった。

 この頃には……「前世の記憶」は、おぼろげにしか思い出せなくなっていた。


 気付いた時には、私は七十近くなり……首相の任期3期目で気力・体力の限界を感じて政治家を引退した。

 報道でもSNSでも「惜しまれつつの引退」そう言われた。

 次の首相は、私の側近だった有能な男で、政策の内容も私の頃と大きく変らない筈なのに……何故か、あっと云う間に政権の支持率は低下した。

 私が引退して1〜2年で、この国の政治も社会も混乱の極みになり……SNSでは、私の復帰を望む声が高まっていったが……何故か、私は、その声に応じる事が出来なかった。

 支持率は一番低い時でも五〇%を上回っていた筈なのに……自分では巧くやってきたつもりだったのに……何故か……心の奥底に、何か自分でも説明出来ない棘が刺さったような感じがしていたのだ。

 その棘を、あえて言葉にするなら……「後悔」。それなのに、その「後悔」の原因が、自分でも判らなかった……。


「我が宿敵に選ばれし『聖女』よ。そなたを、我が支配下にある異世界に転生させてやろう。そこは、善と悪が戦えば……善が勝利したとしても一時ひとときに過ぎず、長い目で見れば悪が勝つ世界だ」

「な……何を言っている?」

 この世界を、ほぼ征服した「悪神」は、瀕死の私に、奇妙な「賭け」を持ち掛けてきた。

「簡単な事だ。その世界に転生したそなたが、己の『正義』を貫き通す事が出来れば、そなたの勝ち。そうでなければ余の勝ち」

「も……もし、私が勝ったなら……?」

「余は、この世界から手を引こう。だが、もし、そなたが、その世界で、堕落し、己の『正義』を貫き通せなかったなら……」

「待ちなさい……『悪神』とは言え『神』である貴方にとって、人間一人の魂に、どれほどの価値が有ると言うの? それも、堕落してしまった魂になど……」

「欲しいのは、そなたの魂では無い。もし、我が宿敵が『聖女』に選びし、そなたが堕落し、余が司る『圧政』を己の意志で選んだなら、我が宿敵は絶望し、この世界を見捨てるであろう。そうなれば、この世界は永遠に余のモノとなる」

 何かがおかしい……この「悪神」が……私が勝つ可能性が有る「賭け」を、何故、もちかけたのだ?

「そうだ……。念の為、言っておこう。そなたは転生先の世界で、一国の支配者となるだろう。そして、そなたが如何なる失政・悪政を行なっても、国は滅ぶ事は無く、民はそなたを支持し続けるであろう。心するが良い。余と、この『賭け』を行なった者の数は、今まで千を超えるが……堕落する事なく、己の『正義』を貫き通し続け、『賭け』に勝てた者は……1人としてらぬ」

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