第2話 弟子視点

 私は師匠が好きだ。

 死にかけていた私を拾ってきて、大事に育ててくれた。少しで師匠の役に立ちたくて魔法学を習った。弟子入りもした。

 魔女としての才能があったおかげで、私は師匠と並んで歩くことが出来た。

 それだけで幸せで、ただただ夢のような日々だった。


 師匠ことイザヤ・グリフィンは三大魔法使いサード・ソシエールの一人に数えられるほどの人物だ。

 ゴエティアの悪魔を六十八柱まで使役している稀代の天才で、寿命は三百年以上を超えているとか。その魔力量はもちろん、人外の力を持っていながら、良心的な人格を持つ変わり者。


 なんだかんだお人好しで、曲がったことが大嫌い。

 高慢で、弱い者を虐げる人間を見ると、正当な理由を見つけて秘密裏にボコボコしていた。

「法で裁けないのなら、ね」と目が笑っていなかった。絶対に敵に回してはいけない人だと、私は齢十歳で悟った。


 そんな師匠は人望もある。手厳しいがそれは相手思っての優しさからくるものだ。

 人を育てるのがうまいのに、なぜか弟子はとっていなかった。私の場合はごり押しと言うか勝手に名乗って、外堀から埋めていこう作戦で勝ち取ったものだ。


 けれどそれも一悶着あって、私が誘拐あるいは人質になりそうになって「ならいっそ弟子として鍛え上げる」とあの人は、苦笑いしながら私を弟子にした。

 どんな理由であっても「師匠」と言えるのが、繋がりが出来て嬉しかった。嬉しくて、幸せで、私は師匠に抱き着いて泣いた。師匠の温もりはとても温かくて、様々なハーブの香りが鼻腔をくすぐった。


「ずっとこのまま……」


 そんな淡い願いは簡単に打ち砕かれる。

 普段は猫背で、前髪をぼさぼさに伸ばしているけれど、公の場での彼は人の目を魅了するほどの容姿をしていた。前髪をオールバックにする事で、紫色アメジストの双眸や目鼻立ちの整った顔立ちが目立つ。すらっとした背丈、正装として黒のモーニングコート姿を見た時は卒倒しそうになった。


(普段の師匠も優しくて、頼りになるけど──あんなに化けるなって聞いてないっ!!!)


 そんな師匠の傍には蠱惑的な笑みを浮かべる魔女や、魅力的な魔法使いが多い。

 ……というか多すぎる。私もそれなりに頑張ってはいるが、彼女たちから見たら私は「おチビちゃん」か「お嬢ちゃん」といったところだろう。


 師匠に女性として見られたい。そう思ったのは、私が十六歳の頃だ。

 それから必死で努力をして、告白しても真に受け取られなかった。師匠にとって私は『実の子ども』に近いのかもしれない。いや、『妹』だろうか。

 勉強をたくさんした。

 師匠に褒められたくて、『師匠の弟子』だと自慢してほしくて。

 師匠を独占したくて、面倒ごとにわざと首を突っ込んで。

 毎回デコピンと説教だったけれど、その後で淹れてくれたハチミツ入りのハーブティーがとても美味しくて、優しさに泣きそうになる。


 師匠が好きだと何度言っても、私の想いは届かなかった。異性としての好きを伝えたいのに。彼の中では弟子としてしか見てないことが悲しかった。

 キッカケがあれば師匠の──イザヤの見る目が変わるかもしれない。

 僅かな望みをかけて、私は今日も師匠のお茶に惚れ薬を混ぜる。

 

 惚れ薬の効果が無い理由。

 それを私が知るのはもう少し先で、師匠からイザヤと呼ぶようになってからの話。

」と、耳元で囁くのは卑怯だと思う。

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効き目のない惚れ薬 あさぎかな@電子書籍/コミカライズ決定 @honran05

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