第11話  救済執行

騒がしい

布団から体を起こす。随分と酷使した体は起き上がるのにも痛みを感じる

ビリビリと痺れるような痛み。全身の筋肉が悲鳴をあげている

俺はまだまだ弱い。本当は休んでいたくはないし可能であるなら体力作りをしながら剣技に打ち込むことくらいはしたい。

伊吹との手合わせもまだ一度きり。金髪のやつとも戦ってみたい気持ちがある


焦りが胸を掠める


横に置いてあった刀を持ち起き上がり廊下に出る。

刀を腰にさしてゆっくりと歩いていく

奥は蜜姫の部屋だ。仕事中であれば俺も邪魔をしないが

蜜姫が客を取るのは珍しいことだ。そんなに頻繁にあることじゃない

一番の女だ。

たけぇ。金額を聞いたときは心臓がまろび出るかとおもった


「───…普通に宴っぽい感じだな」


廊下をゆっくりと歩く。それでもやっぱり廊下がギシリと音を鳴らす

嬌声は聞こえず、少しアルコールの匂いが漂う

随分と度数の高い酒の匂いだ。

男の声も聞こえるがやはり楽しげな会話のようだ

耳をすませば、単語の喋り口調

穏やかな男の口調

───…あぁ、随分不機嫌そうな狗の声も聞こえる

蜜姫の涼しげな声は随分愉快なものだった

耳の奥を掠める声に若干背筋が強張る


襖を開ける


奥に黒い服にでかい荷物の男が一人

体格がいいようで、金髪の男…シイナと名乗っていた男と同じくらいのデカさだ。

片眼鏡が灯りに反射して一瞬光った。

黒い服の男の横に蜜姫が座って、酒を注いでいる。

甘ったるい匂いが鼻をかすめる。

左右にシイナ、伊吹、狗が同じように酒を飲んでいる


見た感じは随分と楽しげで華やかな宴だ…が…


「…やぁ、来たんだ神無月くん」

「遅い」


シイナと伊吹が声かけてきた

立ったまま受け答えるのはアレなので狗の横に座り

向かう合う形で話を続けた


「あぁ、随分よくなったんでな…それで…」


視線を黒い服の男に向ける

随分な色男なようで顔立ちは整っている

赤みがかった茶色の髪が目立つ。

片眼鏡に隠れた黒い瞳と目が合う。

ニコリと愛想の良い笑顔を浮かべる男だ

首にかかった十字架が鈍く光っている。


「あぁ、彼は…」

「胡散臭い」

「こら、伊吹…」

「……」


胡散臭いと随分素直な感想を投げた息吹をシイナが嗜める

伊吹はぷいっとそっぽを向いて酒をちびっと飲んでいる。


「おっ皆集まったのか?じゃぁ自己紹介をするか!」


黒い服の男が部屋をぐるりと見渡して声をあげた

随分と通りの良い声だ


「俺の名前は、ロン。こちらでいうところの僧侶に近い感じの者だ!神父ってやつだな!都の安倍晴明の遣いだ!」


───…?

はい?今なんと


安倍晴明、その単語を耳にした

一瞬体が強張る。

敵だ…!

刀に触れて柄を握り、抜き放とうと…


「はい、ドン。遅いなお前」


小さく風が舞った

トンと、額にロンと名乗った男の指が触れていた


嫌な汗が背中を伝った

今、俺死んでたな。

殺意も敵意も感じない

それでも、気がつかないうちに間合いを詰められた

多分瞬きした瞬間に移動してきただけのことだろう。

こいつが人、で、あるならばそうだ。

妖なら転移かもしれないが


心臓が鐘のように鳴り響く

呼吸が浅くなった。


「おい、俺の相棒いじめんなよ。殺すぞ」

「ありゃまぁ…そんなに怒んなよ~せっかくの美人が台無しだぜ?」


隣にいた狗が言葉を吐いた

随分と呪いの篭った言葉だ。

軽い男の軽薄な声と真逆に重たく黒い感情が嫌でもわかる

俺から離れた男は狗の前に座った


「な~、何度も言うけど、都なんてこないで森に帰れよ。お前らじゃぁ安倍晴明なんて奇跡が起こっても怪我を負わせられる程度だろ?それにこのガキまだまだ弱いし。復讐なんていいことなーんにもないじゃんなぁ?」


男が俺に視線を向ける

握り締めたままの刀を抜こうにも体が反応しない

俺は今、この男に”恐怖”している


男の立ち振る舞いは言ってしまえば狗によく似ている

殺意も悪意も感じない振る舞いから一転、突然刃を突きつける

生かすも殺すも気分次第。

興味がなければこの通り。


「俺は約束に従っている。お前には関係ねェよ。帰れもしくは俺に喰われるか?」

「悪くないな。美人の腹に収まるのも」

「……」


狗の機嫌が露骨に悪い

しかし、狗がこの場所に通しているなら正式な客なのだろう

その証拠に、蜜姫が酒を注いでいた。

高い女だ。会って酒を注いでもらうには大人しく大金を惜しみなく出してこの一晩買ったということなのだろう。


だから、狗には何もできない


花街を統べるのは蜜姫

その蜜姫の客であるのであれば、俺よりも本来丁寧に扱わなければいけない人物だからだ。


「ッ…言わせておけばおい黒服…」

「ロンだよ。カンナヅキくん」


片眼鏡の奥で黒が揺れる

しかし、わかる。

こいつ、俺に興味が一切ない。

シイナや伊吹もノーマーク

”お前ら程度じゃ敵でもない”と言われている


シイナと伊吹に目を向ける

伊吹はわかりやすく怒りの表情が見える

何に怒っているかはわからないがまぁ、気分をよくするタイプの男じゃないもんなこいつ。シイナはその息吹をたしなめているようだ。そのままで頼む。


「───…あ、もしかして狗神ちゃんってカンナヅキくんの恋人?」

「ありえんなァ」

「俺にも選ぶ権利はある!」

「相棒ちょっと後でお話な」

「そんな場合か?!」

「息ピッタリ、相棒っていうのは間違いないみたいだな」


男が立ち上がって俺の前に立つ

でかい

俺も立ち上がる。それでも、頭一つ分は相手の方が大きい

目の前で銀の十字架が揺れる


「お前は何のために復讐をする?救われたいからか?報われたいからか?スッキリしたいからか?気を紛らわせたいからか?怒っているからか?悔しいからか?憎いからか?恨めしいからか?生きる意味がそれしかないからか?約束だからか?お前は人間で本来妖と一緒に過ごしている方がよっぽど不自然だ。お前は捨て子だったから人間に共感が持てないのか?そんなことはないよな。目配せしてそこの男とガキ見てる程度には周りが見えるしここに来るまでも街は経由しなければいけないならばどこか宿に泊まるはず。知識もあれば言葉も扱える、捨て子にしてはそこそこ良い服を着ているし下げている刀は名刀と言われても良いものだ。───お前は愛されて育っていたのだろうな。」


一気に男がまくし立てる

なんだ?なんだ…?!


男が一呼吸置く

俺の返事を待っているようだ

俺の返事。

俺は何故復讐をするのか


「俺がそうしたいからだ」

「───救われないな」


男が低く呟く

見下ろす瞳に感情はなかった。


「哀れ、可哀想だ。愛情を受けて育っておいてその言葉が出てくるなんてお前を育てた親はさぞ辛く悲しい思いをしているかもしれないな」


平坦な声。抑揚が一切ない

揺らぎのない言葉


気圧される。


「───いっそ、同じ場所まで落ちたほうが幸せか?」


男は黒い服を広げる

服の内側には大量の銀の杭

男は黒い手袋を嵌めた。


「これより、救済を執行する」







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