第10.5話 幕間 人間をやめた日


過去の記憶を遡れば、見えたのは小さな地獄だ

大人2人分と子供一人分の小さな箱のような部屋

光は入らない、外側から木を打ち付けられている

時間の感覚はわからないが、日に三回丁寧に餌が運ばれてくる


気絶するように、意識を遮断していると

冷水をかけられる

当たり前のように、何度か痛めつけられたあとに家畜の餌にも劣るような生ゴミが皿の上に乗って出てくる。

───食えるわけもないような味だが食わなければ死んでしまう

本能が、肉体が栄養を求める

犬のように頭を垂れ、舌をだして掬うように舌でゴミを舐めとって胃袋へと運んでいく。何度か胃が収縮を繰り返す。胃袋が掴まれて持ち上がるような感覚をぐっと耐えて飲み干す。


「…ありがとう、ございます…」


餌を与えられたらお礼を言わないといけない

例えどんなものでも今、私を生かしている栄養素だることは間違いがない。

それから、交代で何人かの男性だったり女性だったりがこの汚い部屋に入ったりする

その日の気分で、痛めつける内容は変わってくる。

今日はぬるい。ただ殴る蹴るの暴行を繰り返すだけ

痛くて泣いたり、謝ったりすると余計痛くされる

耐えるというよりは慣れたという方が正しい。


死なないように丁寧に毎日痛みを与えられる。


女性の場合ごくまれに体を洗われる

暖かい湯に布をつけて固く絞り、私の体を丁寧に拭いていく

血で汚れた硬い髪を洗われてスッキリする

優しいように見えてもそうじゃない


女の柔らかく細い白い指が撫でる

愛撫というやつなのだろうか

そういう”趣味”の女が月に一度表れては私の体を暴き入ってくる

嫌だと泣くと余計に興奮される

我慢しようと声を抑えると酷くなる

恥ずかしい。

それでも、耐えて生きていかなければならない


「ありが、と、ぅご、ざいます…」


お礼を、言わなければいけない。



そんな日々が当たり前のように過ぎていく

その日は、始めてきた。


バサリと大きな翼が空を舞う音が聞こえる

男女、関係のない悲鳴

まるでまつりのように華やかな赤い血液が舞い散るのを見ていた

何も感じない。心は動かなかった。


私のこの小さな地獄

それを抜け出すための儀式が始まった。

目の前には烏天狗と言われる妖が一匹


私の家は古くから続く呪術師だったようだ

呪い、病、災害、命あるものすべてを呪う

蠱毒としての材料に私を使っていたようだ

そんなことはどうでもいい。


烏天狗の男は私を一度見たあとに飛び去っていった

なんだったのだろうか。

儀式が始まる


目の前が赤く染まった


──────────────────────────────────────


気が付けば───

屋敷の者は全て死んでいた赤い景色小さな地獄

いつもと変わらない日常だった

儀式は成功したのだろうか。

ふと、鏡に映った自分を見る


髪の色が変わっている

黒から藤へ

瞳も黒かったが琥珀に鈍く輝いている


肉体の中に這いずる回るようなナニかを感じる

胸を常に引っかきまわり内蔵を引きずる

心臓を強く叩き頭を沸騰させる

憎い、憎らしい、恨めしいことこの上ない

人間とは、なんと醜いのだろうか───…


……あぁ、この胸に蔓延る怨嗟の焔が燃えている


汚い

早くここから出ていこう


掴んでいた父親らしき人物の首を適当に放り投げた


歩いていく

どこへ行くとも分からずに

どこか遠くに行きたかった。

人に会いたくない


嫌な匂いがする。私から

汚い。私はなんて汚いのだろうか


駆けていく

どこかへいきたい。


森へ来た

森には妖がたくさん居る

運がよければ私が死ぬかも知れない

早く死んでしまいたい

死にたくない

矛盾が胸を何度もぐるぐると同じように巡る


体を洗いたい

裸足で駆けていたせいか足の裏をくすぐる草が少しだけ擽ったくて

笑みがこぼれ落ちた。

あぁ、笑える、よかった、まだ死んでいない

思い出せないが、思考はまとも…?に働いているし

空腹や痛みの意識が弱い


森の中を歩いていく

美しい湖が見える

水浴びをしよう


───一切を脱ぎ捨てる


水が冷たく心地よい

身についていた汚れを全て落としてくれる

汚い傷は消えてはいない


ガサリ、と小さな音が後ろで聞こえる

風はなかった誰かが居るのか動物か

獣臭い


「…獣ですか?」

「おや、バレちまったか…」

「…なにか用事ですか?」

「いやぁ?いい見世物があるなぁと思ってなぁ」

「…変態?」

「男なんてのはそんなもんさ…あんた珍しいな。混じり者か」


銀の髪を結い上げた美丈夫が煙管片手にこちらを覗いていた

嫌悪感はない。

悪意も敵意も感じない

本当にただ、見ているだけ


始まりはここからだった。


それが”俺”と銀の出会いだった

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