第10話 其れは救済する者


女の生きる街 地下城花街

上品な紅で彩られ全てが染まるその街に一人の男が足を踏み入れた


高級そうな革の靴。黒い服は神父服と言われるものだ

首に下げた十字架がひどく目立つ

明らかに東の国出身ではないとわかる赤いこげ茶の髪

モノクルと呼ばれる片眼鏡を駆けている

その眼鏡の奥で黒い瞳が揺れる


大きな荷物を手元に置いた

黒い手袋をはめて一人の女性に話しかける


「そこの別嬪さん。ちょっといいか?」

「あらやだ別嬪だなんてお上手ね!何かしら?」


男は女性を引き寄せる

そのまま柔らかい頬に指を這わせて撫でる

女は男を見上げる。男前だなとほぅとその頬に紅が宿った


「人を探してるんだが…見かけなかったか?」

「あら…どんな?」

「藤色の髪の女と赤い髪の男を探してんだが…」

「……?あぁ、あの二人かしら…」

「おっどこかで見たのかい?」

「えぇ…今は確か───……」


────────────────────────────────────


時刻は昼


相棒は寝たままだ。

腕の傷は未だ治らず軽く縫い付けて包帯を巻いても応急処置に程度だ。

相棒の成長は、早いようだ。

強みは居合の抜刀速度と状況判断能力。

咄嗟の危機回避能力が素晴らしい。反射速度がいいようだ。

元々山育ちで妖と育ってきたせいもあってか第六感が優れている

人間相手ならイイ線行くと思っていたが、やはり俺たちもまだまだだ。

シイナと伊吹そして俺で一度試合をした。

最終的には、二対一の戦いとなっていた。

素早い一撃離脱を繰り返す伊吹の相手をしている間に間合いを取られてシイナに何度か重たい一撃を食らった。結果としていうのであれば…引き分け

術を出し渋っていたわけではないがやはり俺の神域ならば俺は術を使わない


自らの体を見る。


俺は軽い。

伊吹のような小柄で素早さ重視の攻撃は余裕で捌けても

相棒やシイナのような重たい一撃には反応できなかったらそのまま吹き飛ぶ程度には軽い。足腰が弱いのか───…


人間と違って妖は基本的に成長と言える成長はしない

わかりやすく、背丈は伸びないし見目も変わらない

意図して変えようとすれば変わるがそれは成長ではなく変化に近いものだ


「にしても…暇をつぶすか」


人間は、休息をとり毎日飯を食わないと死んでしまう

シイナと伊吹も俺と戦って消耗しないわけじゃない

俺から溢れでる恐怖に耐えながら戦わなければいけない

逃げ出したくなる恐怖に立ち向かうのには相当な気力を使うはずだ


鮮やかな街を歩いていく

横切る女達は全て美しく愛らしい

愛されるために生まれてきたかのように笑って男を誘う


「よぉ、そこの別嬪さん。あんた今晩いくらだ?」


ふと、後ろから声をかけられる

立ち止まり後ろを見る。


「そうそう。あんただよ」

「……俺に言ってんのか?」


相棒には口酸っぱく”人前であまり喋るな”と言われている

しかし、話しかけられて無視する方が何かと面倒くさい


「…おっと、驚いた。男だったか?」

「いや、女だ。だが、俺は悪いな商品じゃねェ。他あたんな」


片眼鏡をかけた胡散臭い笑みを浮かべる男

服装は黒一色。首から下げた十字架が唯一銀色に光る

…しかし、珍しい髪色だ。少し赤い土色。

手元には大きな荷物が一つ


「じゃぁ、普通に口説く分にはいいのか?」

「は?」

「いい女には、目がなくてな。」

「………」


ど、どうしよう…

普通なら一人称を聞いた時点でどっか行くやつの方が多い

そもそも、一度きつく断りを入れたら大概のやつらは手を引いていく

初めてこんだけグイグイきたな…


「な?別にいいだろう?」

「……」


こういう時は無視だ。

後ろを振り返りそのまま歩を進める

後ろから足音が聞こえる

話しかけては来なくなったが一定の距離を保ったまま

ついてくる。

畜生面倒くせぇ…食っちまうか…?


しかし下手に問題も起こせない

ここは、蜜姫が統べる場所

よそ者の俺たちが滞在を許されているのはその蜜姫の許可あってのこと

問題を起こすのは別だ。


「…ッおい」

「やっとこっち向いたか」


わざとらしい笑

肩をすくめる仕草までもが芝居のようで胡散臭い

随分と奥まで歩いてきてしまった

ただただ、広い土が広がる空間。


「なんのようだ」

「口説きに」

「……ハッ、いいぜ。口説かれてやっても熱烈なのを頼むぜ。旦那ァ」

「じゃぁ俺もちょっと本気を出して口説くしかないな!」


ハハと軽く笑いながら男は荷物から何かを取り出して

小瓶のようだ。中身は透明。ぱっとみは水に見える

───…匂う。


影を足で叩こうと片足を軽く上げた瞬間


「案外遅いな」

「な…!」


間合いに男

揺れる黒い瞳と目が合う

黒い服の内側から取り出された鈍く光るナニカ

勢いよく向かってくるそれを躱すべく後ろに下がる

土煙が待っている


男が移動した速度

俺が躱す速度で風が舞った

土煙が視界を覆い隠す


その、視界のわるい土煙の中鈍いナニカが飛んでくる


「ッ……杭…か?」

咄嗟に飛んできた杭を掴む

バチリと弾けるような痛みが襲う

持っていられずに手を離す。杭になにか文字が刻んであるようだが

知らない文字

異国の言葉だろうか 


「なんだちゃんと効いて安心したぜ」

「…おいおい、熱烈な口説き文句を頼んだつもりだったんだが…」

「あぁ、強烈だろ?」

「はぁ…俺ばっかり損な役割だぜ」


兎といいこいつといい俺襲撃によく合うな…

いや、しかし、蜜姫の城を攻めてこなかったということは俺たちがどこにいるかまでは知らないのか…?

───…いや、知っていてもいけないから出てくるまで待ってた感じだろうか。

どちらにせよ。だな


「安倍晴明のところのやつか?」

「あぁ、雇われだけどな」

「名前は?」

「何?興味あるの?惚れたか?」

「かも…な!」


影を伸ばす

縄のように伸びる影が男を掴む

男の瞳が一瞬揺れる

その衝撃で片眼鏡が落ちる。


「…ん?お前その目」


彼のその瞳、黒い瞳の奥には首から下げた十字架と同じ模様が入っている

自然となるには少し不可思議なその瞳


「っと…油断した。俺のわるい癖だ」


俺の影にポイっと持っていた小瓶を投げる

毒のたぐいであれば効かない

が、小瓶が割れて中の液体があふれて影にあたると

ジュっと溶けるような音がすると同時に激しい痛みが内蔵に響く


「ッ…!?」

「お、聖水も効くのか…いやぁあんまりかわんねぇんだな」

「…異国の祓い屋は、まだ食ったことなかったんだわ」

「ヒュゥ~♪俺も、ここに来てからまだ女抱いてねぇんだわ。今晩空いてる?」

「勝てたら好きに抱き潰せよ色男───!!」


地を踏みしめ駆け抜ける

接近的な肉弾戦は得意じゃない。

俺の術は影を使う広範囲的なものが多い

それは、聖水と呼ばれる水相手だと相性悪い

なら、多少無茶を通しても接近戦をやり通すしかない


「おっと、俺の腕の中に入りにくる?いいねぇ積極的な子は嫌いじゃない」

「ほぉ、じゃぁしっかり受け止めてくれよ!」


影から槍を取り出す

しっかりと握り締めてそのままの勢いで突き穿つ

大きな音が響く

鋼のような硬い物とぶつかるような感覚


十字架に当たったようだ

防護壁の役割でもあるのか淡い青色の障壁がひび割れている

男の顔が少しの苦痛に歪む


「おい、前ばっかり守ってると」

「あ?」


───鈴の音が鳴る

───どこで鳴ろうともいつも通りの音だ


─────────────────────────────────────

チリンと鈴の音

この血なまぐさい戦場に似合わない音が後ろで響く

そして、聞こえる声も軽やかで愛らしい


「殺すぞ」

「ッ───!!!」


瞬間仰け反る

凄まじい勢いの槍

空を断ち切るその余波で頬が斬れて吹き飛ばされる

十字架の防護壁

普段であれば、なんともないはずなのにヒビが入った

強いな。思ってるよりも


吹き飛ばされた勢いを使い距離をとり神父服の中に仕込んでいる杭を数本取り出す


強い女だ。

揺れる琥珀の瞳の輝きは強く

地を踏みしめ駆け抜ける速さ

狗神


「───もういい、俺は疲れてんだ」


目の前の女が面倒くさそうに呟く

手をパンと叩いた。


「 狗神式───…追憶夢幻 」


───瞬間、視界が暗くなる

パァンと手を叩いた音の響きが強くなる

目の前の女の姿以外見えない。


「お前───何を…?」

「まぁ、お前の意識を俺の中に持ってきただけ。これ使うと俺しばらく動けねぇから普段使わねぇんだけど…まぁお前だけだしな。」

「…それで俺に何を?」

「俺の記憶の追体験だよ。夢はいつか覚める。それまで楽しんで来いよ───」


目の前の女が霞のように消えていく


バシン───激しい音と頬の痛みでハっと意識が持っていかれる

目の前には知らない男が居る

誰だ───と言おうとしたのに声が出ない

鈍いずっと続く痛みが喉に走る。

釘が喉に四本刺さっている。腕は壁に縫い付けられていて鎖が食い込んで痛い

目の前には、餌───と呼ぶほうが似合うような飯

着せられている衣服はボロ雑巾と比べるとまぁマシじゃないかと思う程度の物


臭い部屋だ

血肉が溢れかえっている

それも腐った。清潔なんて言葉の反対にあるような部屋


男は随分と錆びた刀を持っている


「ほら、餌の時間だ」


そう言って生ゴミのようなドロドロの餌を頭にかけられる

生臭い。気まぐれのように殴られ慰められるように体を触られる

丁寧な痛みを与えられる

錆びた刀が腹を貫く。

内蔵を丁寧にかき回してゆっくりと撫でていく、錆びたザラリとした鉄が痛みを助長させる。痛みを紛らわすために声を出そうとしても釘が痛くて声が出せない

舌を噛みちぎろうとしてもくわえさせられた木が邪魔だ

耐えるしかない。


不思議と怪我の治りが早い

───あぁ、俺の体じゃないからか。

常人なら気が狂う

夜も朝もわからないくらい部屋

自分の腐った血肉が部屋を汚す。


食わずと生きていけるからだ

死なないからだ

いっそ死んだほうがマシかもしれない生活


涙も出ない。習慣のような痛み


──────────────────────────────────────


「よぉ、目が覚めたか?」


目の前に女が座っている

笑みを浮かべて。

起き上がり体を確認する。

喉に触れる、腹を撫でる腕も

全てが無事だ。全てそのままだ。


「気分はどうだ?色男」

「───…そうだな。初体験だ」

「ハッ、元気だな。常人なら泣いてるぜ」

「聖職者なんて気が狂ってないとできないんでな。それで」

「あん?」

「俺は殺されるのか?」

「冗談寄せ。殺してるならもう食ってる」

「だよなぁ」

「ここは、蜜姫の城だ。俺が好き勝手殺して食い漁っていい場所じゃない。約束だからな。守らないと俺が夜慰められるからな、絶対に嫌だな」

「あぁ…んで、俺をどうするんだ?」

「あ?好き勝手してろよ。殺しに来るなら相手してやるよ」

「寛大だな。お前」

「冗談よせ。人を呪って祟り病を降り注ぐ祟神だよ俺は…まぁ、そんなことはどうでもいい。俺は帰る。動けるようになったら好きにしろよ」


そう言って、立ち上がり女は歩いて去っていく

風に揺れる髪をぼーっとみていた

胸が痛い。

激しく血が滾るような感覚


なんて、なんて、あぁ


──────可哀想な生き物なんだ。

俺が救ってやらないと。



男は胸に秘める。歪んだ愛

救済執行対象決定。

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