マンホール

@youscream

第1話

 薄暗くて、陰気臭い下水道をゆっくりと進む船がありました。船といっても浮きそうなプラスチックやら木の板なんかを縛っているだけなんです。ゆっくりと進んでいくうちに壁面の様子が変わりました。立派な赤煉瓦の壁です。国の様子は下水道一つでよくわかるものです。これは期待できますね。私は地上にどんな景色が待っているのかワクワクしながら天井を眺めます。そうすると…ほら!ありました、ありました、光の差し込むマンホールが。近頃は座ってばかりで退屈でしたので嬉しい限りです。ぴょんと脇の通路に飛び移り、備え付けてある梯子に手をかけます。一段一段、期待を込めながら登ります。そして、重々しい格子状のマンホールをずらすと周りがぱっと明るくなりました。



 道路のど真ん中からひょっこり顔を出しました。周りを見渡すと私の予想通り立派な街でした。石畳の道の両脇には豪奢な建物が立ち並んでいます。どの建物も細かいところまで細工が行き渡り職人さんの努力を感じさせます。小汚い服を着ている私は目立って見えるでしょうから恥ずかしいです。ですが、私を笑ってくるような人はいませんでした。というか人がいませんでした。閑散として人っ子一人見当たりません。これでは食事はできそうもありません。諦めて別のマンホールを探しに戻ろうとした時、建物の小脇から男の人が出てきました。壮年の方で、足取りがふらふらとしています。身なりも元は質の良い洋服か何かだったのでしょうが、それは見るも無残に破けていました。少し躊躇いましたが声をかけることにしました。

 「こんにちは。突然ですがこの国の方ですか。」

しかし、男の人は聞こえているのかいないのか、相変わらずふらふら歩いています。それもこちらに向かって。

 「あのー、体調が優れないのですか。出来ることならお助けしますけど。」

 やはり反応がありません。困ったなと私が唸っていると徐に俯いた顔をこちらにあげてくれました。やっと気づいた。と思ったのも束の間、

 「あぅ、あぁぁ!」

奇声を上げてこちらに差し迫ってくるではありませんか。血眼で奇怪な走り方です。すぐさま私はマンホールに飛び込み蓋をします。視界から私を失った彼はそのままマンホールの上を走り去りました。脳みそは詰まっているのでしょうか。心配です。仕方なしに、下水道を再び進むことにします。


 

 今度は家の中に通じるものがないかと探しますとありました、ありました良さげなものが。しかし、今度は人の話し声が聞こえます。正確には独り言と言ったほうがいいでしょう。何か思い詰めているようです。迷っていても仕方ありませんからとりあいず話しかけてみます。

 「こんにちは、お兄さん」

 「あ、え!?」

突然声をかけたものですからひどく驚いています。私が出たのは物置?のような場所でした。薄暗く、光源は小窓から差し込む太陽だけのようです。見たところ若い男の方で顔中に汗が浮かび、落ち着いた様子ではありません。

 「わたくし、マンホール生まれマンホール育ちのスワンと申します。急にお声かけしてすみません。」

 「そういうことか。すまないけど、それどころじゃないんだ。」

 ここの国の方はマンホール人に寛容なようです。私たちに対する待遇は国によってまちまちなのでよかったです。言ってみれば座敷童みたいなものですから。それにしても酷く焦っているようです。

 「どうしたのですか、何かお困りごとが有れば出来ることならお助けしますよ。」

 「た、助けてくれるのか。何か魔法とか超能力とかで救ってくれるのか!?」

 「すみませんが、そのようなものは持ち合わせていません」

 「ちっ、使えねえな。」

 男の人は小声で焦燥感を含みながらそう漏らしました。申し訳ないです。勘違いされる方が多いのですが私たちはマンホールの下で暮らしているだけで「人」ですから特別なことができるわけではありません。人によってはそのようなものがあると風の噂で聞いたこともありますが、あるとすれば少し不衛生な環境に慣れているくらいでしょう。

 ドン   ドン   ドン

卒然扉から衝突音が響き始めました。私は思わず首を竦めます。

 「ほら、もうそこまで来てる。なんとかしてくれよ、お願いだから。」

 「なんとかと言われましても」

 男の人はすがり寄ってきます。

 「お願いします。なんでもしますから。金でもなんでも差し上げますから。」

 彼は泣きつくように言います。哀れで可哀想ですが何が何やら。そうこうしているうちに一際な物音と共に大きな扉の砕け散らました。扉には女の人が仁王立ちしています。正確には右肩に木片が突き刺さり流血しているので右肩だけ下がったアンバランスな立ち方です。ぼさぼさの髪の毛の下から爛々と光る目をこちらに向け来ました。

 「ひぃっ。」

男の人から不甲斐ない声が漏れます。女の人はよく見ると手にピックのようなものを持っています。ちょうど私が持っているのに似ています。それを振りかぶり男の人に肉薄します。

 「あ゛あぁぁ!!」

 「いやだぁぁ!!」

私はすぐ様マンホールに引っ込みます。男の人はそんな私に掴みかかろうとしますがマンホールは私のような小柄な少女にしか入れませんので必死に穴に手を伸ばし、空を掴もうと必死にグーパーしています。それを私は下から眺めます。しばらくの間肉を刺突する音と人のうめき声や叫び声とが錯綜します。とくとくと鮮血が頭上から垂れてきます。私は血をかぶるのは嫌なので少し傍にずれました。最後は男の人とは思えない断末魔が響き静かになりました。どうしたものかと顔を上げてみると、先程の女の人がこっちを凝視しています。獣のように目を光らせて。私は身震いをして再び船と共に下水道を進み始めました。見なかったことにします。



 それにしても恐ろしい街です。皆さん常軌を逸しています。話の通じる人がいることを祈って次のマンホールから顔を出します。今度は路地に出たようです。前方は建物に囲まれて行き止まりです。それよりも何か異様な匂いがします。はて、これはなんだろうかと振り向いた時には遅かったみたいです。振り向きざまに首に衝撃が走り、マンホールから引き出されてしまいました。首をすさまじい力で掴まれ、気道が塞がります。顔の真前には頑強そうな男の人が例のごとく目は血走り口元には半笑いを浮かべています。今日は散々な目に遭っています。私は意識の飛ばないうちに袈裟がけしたポーチから無造作にピックを取り出します。護身用のものです。その切先を相手の腕に突き立てます。うめいている間にするりと地面に降り立ち、なんとか身を引きました。流石に不意打ちは堪えました。距離を取ろうとよろめきながら前進しますが、困ったことにここは行き止まりでした。再びマンホールに戻るのは難しいでしょうからピンチです。そんな間にも態勢を立て直した男の人が迫ってきます。怪我のことは気にも留めずジリジリと近づいてきます。壁際に追い詰められた私はピックを構え、覚悟を決めました。男の人は私との距離を少しずつ食っていきます。その距離が一メートルに迫りました。男の人が力んだその次の瞬間、私は襟を掴まれ後ろに引っ張られ、あれよあれよと薄く開いたドアに吸い込まれてしまいました。何が何やらです。私を引き込んだであろう熟年の方(ここではおばさんの呼ばせていただきます)がすかさず鍵をかけます。一拍遅れてドアを騒がしく叩く音が響き始めました。胸を撫で下ろします。おばさんの顔にも安堵の色が浮かんでいました。

 「大丈夫?お嬢ちゃん」

 改めて見ますとふくよかな方です。でっぷりとしたお腹を私に突き出しています。

 「救っていただきありがとうございます。わたくしマンホール出身スワンと申します。」

 「たまたまよ。私はキャトル。さっ、ついてきて。」

 私はキャトルさんの言われるままついていきます。内装も外装に負けないくらい煌びやかですがどこも埃を被っています。廊下の突き当たりの施錠された鉄扉を開けると地下に向かって階段が伸びていました。仄暗いので足元に気をつけながら下るとまたまた鉄扉があります。同様に解錠して入りますとまるで研究室のような部屋がありました。二人が暮らすには不自由しないくらいの部屋です。奥ではキャトルさんと似た立派な体つきの男性が懸命に何か取り組んでいます。私たちが部屋にお邪魔するとややあってこちらに手をあげてきました。私は軽くお辞儀をしました。

 「ファット、マンホールの方だったよ。」

 「そうか、それは助けて正解だったな。」

ファットさんが私に椅子を勧めてきましたのでありがたく座らせてもらいます。

 「この度は助かりました。」

 兼ねてお礼申し上げます。

 「礼には及ばんよ。それにしてもなんでこんな町に。」

 少し呆れ気味です。

 「たまたま通りかかったものですから。」

 「それなら早いとこで立ったほうがいいですよ。見ての通りですから。」

 ファットさんとキャトルさんは顔を見合わせて苦々しそうな笑みを浮かべます。

 「これまたどうしてこんなことに?」

 「疫病ですよ。」

 「疫病?」

 確かにあれだけの状況を説明できるとしたらそれくらいしかありません。

 「詳しくお聞かせ願えますか?」

 「ああ、いいとも。ここ1ヶ月前から急速に流行り始めてね。かかったものは髪が抜け落ちたり、筋肉が落ちて骨張っていく。悪化すれば精神にも影響をきたし、最後は訳もわからず人を食い始めるものもいる。早ければ子供で一週間、大人も二週間くらいで死に絶えてしまう。恐ろしい病だよ。」

 「それはそれは。原因はわかっているのですか?」

 「それが確信的なものはないんだが、おそらく最近国外追放になった下民どもの仕業だと俺は睨んでる。」

 キャトルさんもうんうんと相槌を打っています。

 「俺たちはこう見えて立派な貴族だったんだが、ながらく雑用なんかを下民を雇って任せてたんだ。すると

病が流行りだす少し前に、国王に雇われてた下民どもが無礼を働いて国外追放になったんだよ。まあ、そいつらはそもそも国の外で暮らしてたんだが。」

 「それとなんの関係が?」

 そこでキャトルさんがバトンを引き継ぎます。

 「そしたら、そのあと王様がなくなってしまったの。元々体調はよくなかったんだけど、急変してね。おそらく、恨みを持った下民たちがなんらかの病を持ち込んだのよ。だから、国の取り決めで下民たちは統一して国外追放。けれど、時すでに遅しってわけね。」

 「考えるだけで腹が立つ。本当にけしからんゴミどもだっ。」

 ファットさんはそう吐き捨てます。

 「お気の毒に。そういえばお薬の開発は間に合わなかったのですか。」

 「それなんたが、なかなかうまくいかなくてな。」

 ファットさんが示す先にはごちゃごちゃと試験管やら薬包紙やらが並んでいます。

 先程躍起になっていたのはそういうことだったのですね。

 「話は変わるのですが、何か食べ物を恵んではもらえないでしょうか?」

 「食べ物?」

 「はい。」

 ファットさんは顎に手を当て少しの間思案しましたが

 「すまないが、期待には答えられそうにない。」

 「そうですか…。」

 残念です。

 「何か食べる暇があるなら一刻も早く開発を進めなくては。正直なところ私たちも初期症状をが表れ始めているのでね。」

 「と言いますと?」

 「腹部に違和感を覚えるんだよ。どちらかと言うと胃といった方が正確かもしれない。あなたも気をつけた方がいい。えっと…。」

 「スワンです。」

 「ああ、スワンさんも」

 微笑みを浮かべていますが、どこか影が差しているようです。やはり、心配なのでしょう。

 「用がないなら、私たちがうつさないうちに立ち去った方がいいわよ。裏口にマンホールがあっただろうからそこまで案内するわ。」

 「そうですね。お願いします。」

 私は二人に礼を言って、またマンホールに戻ることができました。それにしてもすでに病をうつされているとなっていたら困りものです。けれど、私はそこまで焦らなくてもいいのではないかと思っています。なぜなら、この病に心当たりがあるからです。



 と言うことでやってきました町外れ。念のため先程のようなことがないよう神経を尖らせていましたが、ひとまず安全なようです。先程までとは打って変わって庶民的な家々が連なっています。意思疎通が図れる方はいないものかとキョロキョロしていますと鋤を抱えた方何遠くからやってくるのが見えました。農夫の方は私に気づき足を運んでくれました。

 「こんにちは。見ない顔だね。」

 「こんにちは。はい、わたくしマンホールから参上しましたスワンと申します。」

 私の素性を知ると、目を見張り畏まりました。

 「これは、これは。私はフレッドと言います。歓迎いたします。お疲れでしょうから一食いかがですか?」

 「お言葉に甘えて、お願いします。」

 招かれたのは他と変わらない民家でした。別に愚痴を言っているわけではありません。ホームが下水道の私からすればどこだって大歓迎です。お家には奥さんと二人の子供さんがいらっしゃいました。お幸せそうで何よりです。私はダイニングに通され、農夫さんとおしゃべりをしながら奥さんの手料理を待つことになりました。

 「こんなしがない村までお越しいただきありがとうございます。」

 この村では私たちはなかなか高評価なようです。つまるところ、豊作とかなんとかで敬われているのでしょう。

 「いえいえ。そこまでお堅くしなくていいですよ。こちらも息苦しいですし。」

 「ならそうさせていただきます。時に何故このような村にいらしたのです?近くに立派な都市があったでしょうに。」

 「それが…」

 かくかくしかじかこれまでのことをお話しました。

 農夫さんは多少驚かれましたが、すぐに納得のいくような表情になりました。

 「それで、都市の方曰くあなた方のせいだそうですが実際のところどうなのですか?」

 「誤解です、と言いたいところですが原因が私どもにないわけでもないですからね〜。」

 どこか人ごとのようです。

 「というか私が発端だったんですよ。」

 となりますと

 「あなた方王様に無礼を働いたという。」

 「はい、そうです。ですが病など決してまいてはありませんよ。そもそもそんな技術など持っておりませんし。」

 「となると原因はなんでしょうか?」

 「順を追って説明いたしましょう。」

 フレッドさんには言うことには下民たちが仕えたのは貴族の方らしく、代々家事や雑用など行い、その見返りとしてお金をもらっていたそうです。貴族の方達は動く必要もなく、時間になればご飯を食べ、服を着替えさせてもらい何から何までやってもらっていたそうです。そんな中全ての下民が国から放り出され、貴族の方達は身の回りのことをしてくれる人がいなくなりました。すると、今まで当たり前にご飯を食べさせてもらい、服を着せてもらっていた貴族の方々はというかその当たり前すら自覚のない貴族たちはご飯を食べなくなったそうです。ここまでくればわかります。病の原因は飢餓でした。彼らは当たり前すぎてそれすら気づかなくなっていたのです。

 「そういうことだったのですね。」

 「そうなんですよ。と言っても実際中には入っていませんから憶測に過ぎませんが。」

 そういえば気になったことがありました。

 「あなたは王様にどんな無礼を働いたのですか?」

 「ああ、それですか。大したことではありません。王様が運動不足で体調を崩していましたから言ったんですよ。」

 「なんと?」

 「痩せたらどうですかって。」

 「…。」

 それは怒りたくもなりますね。

 

 

 

 





 

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