第32話 開門
(これは……凄いな)
遺跡の最奥に到達したクロードが目にしたのは、エルヴィスが持ち出したキューブを何十倍にも大きくしたような物体だった。
既に解析作業を進めていた魔物達はリサルカへと頭を垂れる。
「うぇへへ……じゃあクロードくん、鞄に道具が入ってると思うから取り出してくれないかなぁ」
「分かりました」
小さな革製の鞄を開けると、中にはごちゃごちゃと用途の分からない機械のようなものが雑多に詰め込まれていた。
その中で最もクロードの目を引いたのは鈍く輝く銅製の球体だった。
幾何学的な紋様の溝が刻み込まれたそれの用途は皆目見当がつかない。
「それそれ、それをボクの背中に突っ込んでくれるかなぁ」
「この球ですか?」
「うんうん……あー……あふぅ……んく……」
ずぶずぶとゲルの中に銅珠が飲み込まれていく。
完全にリサルカの体内に球が入ったのを認識した瞬間、彼女の内部のゲルが銅球の溝へと滑り込む。
ぶくぶくと泡を立てながら球の内部へと完全にゲルが浸透したと同時にカチリと金属音が鳴る。
「危ないから離れてた方が良いよぉ」
リサルカがそう言い終わるかの瀬戸際、彼女の背中から無数の触手のようなものが飛び出した。
粘液に塗れてぬめるその触手はどうやら先ほどの銅球から伸びてきているようだ。
あの小さな球の中に納まっていたのが不思議なほど多く、長い触手の先にはそれぞれ何かを掴む用途と思われる爪が付いていた。
「うぇへへ、どう?
無数に伸びた鋼鉄の腕が鞄の中から作業道具を取り出し、各々に装備していく。
専門的知識を有さないクロードにはそれらが何に用いられるものなのかは見当もつかなかいが、黙ってリサルカの様子を見ていた。
巨大なキューブに触れ、計器で何かを測り、弄り回す。縦横無尽に動き回る
「大きな損傷はなさそう……だけど門を開き続ける動力……魔力とは別の何かが……」
「リサルカ様、我々にも何かお手伝いできることがあれば――」
「馬鹿! 作業中のリサルカ様に近づくな!!」
呟き続けるリサルカに一人の魔物が近づいた時だった。
何かが潰れるような音と共に肉塊が宙を舞い、胴体が力なく倒れ伏す。
「馬鹿め……」
「ん? おやおやおやおや?」
自分のすぐ傍で起こったショッキングな出来事など視界に入っていないかのようにリサルカが目を輝かせる。
彼女が捉えたのはエネルギー反応を測る計器の数値であった。
何処を触ってもウンともスンとも動かなった数値が急激に上昇し始めたのだ。
「何だろコレ、急に門が活発化してる」
「リサルカ様、
先ほどの犠牲者の二の舞にならないようにクロードが少し離れた位置から声を掛ける。
「え? あ、ホントだ。うぇへへ、ゴメンゴメン。勝手に迎撃しちゃったぁ」
「その兵士が死亡したと同時に活性化が始まったように見えました。何か関係があるのではないでしょうか」
「ん……あ、そっかぁ!」
頭部の失われた遺体の両手両足を四本の腕が拘束し、他の腕が胴体部分を巻き付くように包んでいく。
「うぇへへ……クロードくん、魔力以外の手段でこんなバカげた仕掛けを動かすには何が必要だと思う?」
心底楽しそうな顔でリサルカがクロードに問いかける。
その様子はまるで新品の玩具を与えられた小さな子供、今から起こる結果に対して既に興奮が抑えきれないようだ。
「生贄、でしょうか」
「うぇへへ、正解。多分ねぇ」
ゆっくりと
次の瞬間、胴体を締め付けていた鋼鉄の触手たちが一斉に収縮した。
果実を握り潰すように肉体を締め上げれば、小さく破裂するような音と何かが折れるような音と同時に深紅の果汁がとめどなく隙間から溢れ出していく。
零れた液体が降り掛かり、古びた石造りの建造物が赤黒く染まるのに呼応するかの如くゆっくりとキューブが回転を始める。
眩い光と共に変形を始めたキューブの姿はエルヴィスが用いていた小型の物と酷似していた。
「うぇへ、うぇへへへ! そっかぁ、一回動かすたびに死人が出るから封じられてたんだねぇ」
「命と引き換えに広大な空間を捻じ曲げる秘術――これが【空間転移】……」
閃光と共に動き続けていたキューブは輪の形にその姿を変え、その輪の中にはクロードにとって見慣れた真っ黒な空間が広がっていた。
「さて、じゃあこれをどうやって魔王城まで繋げるかだねぇ」
「恐らくですが転移先の場所を明確にイメージ出来れば可能かと」
「うぇへへ、自信ありそうだねぇ」
「これよりは小型ですが、似たようなアイテムを使用する相手と交戦しました。戦場では実際に視認する必要があったようですが」
「そっかそっか。じゃあ試してみよっかぁ、何事も実験だよぉ」
ずるずると身を捩らせながらリサルカがゲートへと近づく。
「変なところに開いて誰かを巻き込んじゃったら大変だからねぇ。ボクのラボでいっか」
何度か
いよいよ本人が突入しようとする姿を眺めていたクロードの足を何かが強く掴んだ。
「ん……?」
冷たく硬い感触、見れば一本の触手がクロードの足首をしっかりと掴んでいる。
そのまま
…………
………
……
…
「うおぉっ!」
「ぐえっ」
引きずり回された勢いのままクロードがリサルカの上に落下する。
スライムのクッション性に助けられて怪我をすることは無かったが、崩れた機材や道具がクロードの頭部に命中する。
「痛って……」
「うぇへへ、ゴメンねぇ。ボクが掴んでいれば場所を知らないクロードくんでも転送できるのか実験したくなっちゃった」
雑然、混沌。そんな言葉がピッタリの部屋だった。
ヴァークの整然とした部屋とは打って変わって部屋中のありとあらゆる場所に無数の器具が雑多に積まれており、奇跡的なバランスで山を構成している。
薄暗く薬品の匂いが充満するこの部屋が恐らくリサルカの執務室――ラボなのだろう。
「うん、うん。確かにボクのラボだぁ。成功だよ成功!」
「そうですか……」
頭にできたコブを擦りながら振り向くと、ゲートが小さくなっているのが分かる。
身長を優に超える大きさだった入り口は徐々に狭まり、やがて消滅した。
「一人分だとやっぱり短いかぁ。でも動かし方が分かっただけでも大収穫だねぇ」
「それは朗報ですが、クオリア遺跡側にどうやって成功を伝えるんですか?」
「……あ」
しまった、とばかりにリサルカが頬を掻く。
「うぇへへ、まぁ細かいことは良いんだよぉ。とにかく【空間転移】はボクたち魔王軍が手に入れたのさぁ」
偽りの英雄譚に終焉を 〜外道勇者一行に故郷を焼かれた俺は復讐のために魔王軍で成り上がる〜 プラリネ @purarine
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。偽りの英雄譚に終焉を 〜外道勇者一行に故郷を焼かれた俺は復讐のために魔王軍で成り上がる〜の最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます