第31話 再編者

 クオリア遺跡の完全制圧から数日。

 実働部隊であった破軍隊と蠱惑隊の兵士たちは人族軍の再襲来に備えるための防衛拠点建設のために遺跡に滞在していた。

 一時的に奪取したとはいえ、【空間転移】を完全に解析するまでに奪い返されては元も子もない。

 伝令役を逃がすことなく全滅させた為ある程度の時間の猶予があるとはいえあまり悠長にもしていられない。魔王軍は一刻も早く解析を完了させるために“専門家”の招集を行う運びとなったのだ。


 太陽が頂点から少し下った辺りの時刻、通常よりも煌びやかな装飾が施された馬車が遺跡へと辿り着いた。

 作業を行っていた兵士たちは一斉に手を止めて馬車の方向へと向き直る。

 全員が地に膝をつき拝謁姿勢を取ると同時に馬車の扉が開かれた。


「うぇ……眩し……気持ち悪……」


 ずるりと這い出すように中から見えたのは、薄桃色のゲルのような物体だった。

 のそのそと這い出していたゲルだったが、段差に躓いたのか急に速度を上げて車外へと倒れ込む。


「ぐぇ」


 低い呻き声を上げてしばらく動かなくなる。

 落下するように馬車から降りたその物体はどうやら白衣のようなものを羽織っているようだった。

 どう反応すべきか困惑する兵士達の視線を受け、気まずそうに体勢を立て直す。


 よく見ればそのゲルは二足歩行の形を取っていた。

 一体化していたように見えた塊から腕と足が分かれ、ぽたぽたと粘液を垂らしながら起き上がる。

 汚れた白衣に大きな眼鏡、形取っている造形を見る限り女性だろうか。


「うぇへへ……ども……リサルカでぇす……」


 ズレた眼鏡を直しながら引き攣った笑みを浮かべる彼女。

 一見するだけで陰気でインドアな性格が分かるような言動であるが、彼女こそが魔王軍の兵装や大型兵器、魔獣の研究管理を担当する焦土隊の長――『再編者』リサルカである。


「クロード、案内して差し上げろ」

「俺がですか?」

「リサルカ様のご指名だ」

「……分かりました」


 ごそごそと馬車の中から荷物を引っ張り出しているリサルカに歩み寄る。


「破軍隊のクロードと申します。宜しければお荷物をお持ちしましょうか」

「あ、うぇへへ……じゃあよろしく……ボクには重すぎるかなぁ」


 座席に積まれた小さなカバンに手を伸ばす。手提げサイズの小さなものであったが、手を掛けた瞬間にその異様な重さが伝わってきた。


(重……)


 ぎっしりと鉄球でも詰め込まれているような重量、持ち上げられない程ではないが少々骨が折れそうではある。

 何が入っているのか気にはなったが、自分には関係ないと判断したクロードは押し黙った。


「では内部まで案内させて頂きます。こちらへ」


 苔むした石造りの入り口を潜ると昼間だというのに一寸先も見えないほどの闇が出迎えてくれる。

 ランプに火を灯して視界を確保しつつ最奥までの道のりを先導する。

 湿っぽく冷たい空気が肌を撫で、地下へと続く階段を降りる二人の足音だけが内部に響いていた。


「うぇへへ……君のその腕……失ったものを再生したって本当なのかなぁ?」


 薄暗い室内に調子を取り戻したのか、リサルカが唐突に口を開く。

 分厚い眼鏡越しに眺めているのはクロードの右腕であった。

 【喰らう者ディヴァ】による模造品とはいえ見た目は完全に人間の腕に戻っている為、何処かで耳に挟んだのだろう。


「再生とは少し異なります。捕食した腕を再現しただけの別物です」

「捕食……うぇへへ、ヴァークから聞いてるよぉ。変わった技を持つ人間が居るって」


 興味深そうにリサルカがクロードの右手を包み込む。

 冷たくねっとりとしたゲルの感触にクロードは過去に遭遇したある魔物を思い出した。


「一度記憶したものは同時に何個でも再現できるのかな? 無機物を取り込んだ話は聞いたけど、有機物の再現も可能なら失った臓器や骨も自己補給できるのかな? 強度はオリジナルと比べてどうなっているのかな? そもそもその腕は今何で構成されているのかな? かな?」

「…………」


 粘着質な話し方から一転、リサルカが機関銃のように捲し立てる。

 べらべらと話し続ける間も右手を包み込んだゲルはうねうねと蠢き、興味の対象であるクロードの肉体を文字通り嘗め回すように擦り続けていた。


「ん……? あ……うぇへへ……ごめんごめん。ちょっと興奮しちゃった」

「いえ……リサルカ様、貴方の身体は――」

「うぇへへ、気になる? これはねぇ、スライムだよぉ」


 蠢くゲル状の生命体、クロードが魔王軍への入団試験で利用したあのスライムと同様の特徴だった。

 しかしスライムと言えば本能的な行動しか出来ない低級の魔物として有名である。明確な知能を持ち大部隊の統括を任されるようなスライムなど聞いたことが無い。

 そんなクロードの困惑を感じ取ったのか、妙に嬉しそうな顔でリサルカが語り始める。


「スライムは凄いよぉ。どんな物質を取り込んでもダメージを負うことはないし、何と融合させても拒絶反応も起こらない! 知能とコアの耐久性さえクリアすれば無限の可能性を秘めた究極の生物と言って差し支えないんだよぉ。ボクはずぅぅぅぅっと昔からスライムになりたくてねぇ――」

「リサルカ様」

「うぇへへ……ボクとスライムの細胞は思った以上に適合率が高くてねぇ、まだ不完全ではあるけどこうしてスライムの身体を手に入れられたって訳だよぉ。うぇへ、うぇへへへ……」

(聞いてないな……)


 クロードの様子などお構いなしに目を輝かせて語り続ける。

 一方的に自分の話を続けるリサルカは正直クロードの苦手なタイプだった。

 しかし魔王軍の幹部である以上邪険にするわけにもいかない……そんな事を考えながら歩を進めていると、背中にべちゃりと何かがのしかかった様な重みが加わる。

 背後を確認する間もなく後ろから薄桃色の腕が回され、リサルカから抱きつかれるような形になった。


「だけどボクにはまだまだ先の段階がある気がして仕方ないんだよぉ。君の話を聞いた時、好奇心と興奮が抑えきれなくなってねぇ……人間の肉体と知能を持ち合わせた上で万物を取り込める君は……正にボクが求める完成体なんだぁ」


 完全にスイッチが入っているようで、荒い吐息が首筋に掛かる。

 クロードの体温で温度が上がったのか、熱に浮かされたようなリサルカは蕩けた目でクロードを見つめていた。


「君の身体を隅々まで調べたいなぁ、うぇへ、うぇへへ……」

「リサルカ様」

「んー?」

「リサルカ様の力があれば、種族の壁を越えられますか?」


 大真面目な顔でそう言ったクロードに一瞬リサルカの表情が素面に戻る。


 クロードは考えた。

 自分の肉体をスライム化する程にイカれた、そして優秀な知識と技術があれば自分の“人間”という種族の壁を打ち破れるのではないか。

 先の加護持ちギフテッドとの戦いで感じた限界。メルトの助力と【喰らう者ディヴァ】の活用によって何とか勝利をもぎ取ったものの、あの勇者外道の力はあんな生易しい物では無い。

 己の牙を届かせるためであるならば、神に唾するような禁忌であっても用いない理由はクロードには無かった。


「……うぇへへ、意外と君もアブないタイプ?」

「お嫌いですか?」

「だぁい好き……うぇへへ……うん、出来る、出来るよ。あらゆる種族を超えた究極の生物を……君で作ってもいいのぉ?」

「どうせ外法に浸った身体です。お望みのままに」

「うぇへ……うぇへへへへ……」


 絡みついたリサルカの身体が更に熱を帯びる。

 興奮しているのか、人肌以上に熱くなったゲルをクロードは静かに引き剥がす。


「ですがその前に【空間転移】の解析をお願いします。間もなく最奥ですので」

「うぇへへ……じゃあ爆速で終わらせて帰ろう」

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