魔神、非常勤講師になる
──1週間後
吾輩は午前中にアリスに買ってもらったゴルフォンの設定をようやく終えて、魔導科学研修所へ出勤していた。
吾輩の研究所での仕事はいまのところは一つだけだ。
それは、魔術師の指導である。
しかも、ポストの空いていた魔術史も授業だ。
「初めまして、諸君」
吾輩は研究所の地上部である学び舎で、週に2回の非常勤講師として授業を持つことになった。
この一週間インフェルノにいてわかった事だが、どうにも人間界での魔術は”完全”に失われているらしく、街を行く多くの人間が「魔術師? ないそれオカルト?」と存在すら認知していないことも多い。
「先任の講師から引き継ぎで授業をすることになった、アディだ、よろしく頼む」
「まだ、子供じゃん…」
「俺より若くね…」
「あんなのに教えられるのかよ」
自己紹介して授業に入る。
「よーし、それじゃ古代……1000年前の魔界大戦のところから進めていくぞ」
吾輩は全体的にじめっとした空気感のある教室で、不満げな見た目がかなり年上の生徒たちに、魔術史の一番古いところから順々に教えていく。
どうにも、人間界では魔界と人間界の最後の戦争以降が、有史として記録に残されているらしい。
ともすれば人間界が魔術をほぼ完全に忘れてしまったのもうなづける。
5,000年生きる魔人。
長生きしてもせいぜい100年の人間。
吾輩が魔界にいる間に、人間たちは何十もの歴史と世代を重ね、滅び、再び立ち上がったのだろう。
時間の価値が違う。
進化の速さが違う。
知れば知るほど、はかなくも美しい種族じゃないか。
「──というように、これが魔界大戦の全容だ」
吾輩はノスタルジーい浸りながら、夢中になって語った。
──3週間後
「アディ、あなたの授業なかなか好評よ」
「それはよかった」
「週3の勤務枠に増やしてもいいって局長が言ってたわよ。自習室の監督だけど」
「ほう、気前がいいことだ」
「おっほん、わたしが口添えしてあげたってことも忘れないでね♪」
「感謝する」
アリスはご機嫌に鼻を鳴らして腕を組んだ。可愛らしい。
「それと」
「それと?」
「アディ、あなたに魔術実践の授業の話も出てるんだけど。そっちも興味ある?」
実践か。
歴史を語るのも楽しいが、実際に生徒あっちの魔術はまだ見たことがない。
「興味あるぞ」
吾輩は二つ返事でアリスの話を受諾した。
──1か月後
今日は初めての実演魔術に関する授業だ。
その名も『火属性魔術論 Ⅳ』。
いきなり、Ⅳて。中途半端なところからの授業になりそうだ。
吾輩は魔術杖だけを手に持ち、不安だらけでのままシティバイクで通勤する。
「マドクックが出たぞオォおおお?!」
「またか」
吾輩はゴルフォンのネット記事から視線をあげて、非常事態宣言が出される警報が鳴り響く都市のなかを、見渡して問題の鳥を探す。
実はここ最近、よく来るらしい。
皇族直々の治安維持部隊『黒焔騎士団』や『冒険者ギルド』で対応が急がれているが、なかなかに手強くて手こずってるようだ。
「エイメンダース」
吾輩の一言で、こっちへ飛んできたマドクックはしっかりとクックされて、丁寧に折りたたまれた死体が道路のうえに安置された。
──しばらく後
朝のひと騒動を経て、吾輩は何事もなく『インフェルノ魔導科学研究所』へ出勤し、授業のために体育館へと向かった。
体育館では男女十数名が集まっていた。
現代において魔術師を目指そうなんて言う変わり者は、世間ではオカルト好きとか、自室で自分で考えた最強魔法ノートとか作っているような人間ばかりだ──って、ネット記事で書いてあった。
吾輩はどうにも魔導科学研究所に所属している青少年たちには、″偏り″があると思って気になっていた。
ここにいるのは、前髪で顔を隠してる男子や、眼鏡が凄まじく似合う野郎ばかりだ。
「吾輩はこの状況が気に食わない」
「ど、どうしたんですか先生……」
「ワガハー、いきなりキレてんじゃん…」
「吾輩先生、この授業もやるんだ…」
「吾輩は魔術師への偏見をなくしたい。神秘がオカルトなど、何も知らぬ現代人類に教えてやりたい」
科学に宇津々を抜かした人類よ。
吾輩はネットで勉強したぞ。
インフェルノがなぜ火の国と呼ばれているのかすら、現代人の8割が知らないと。
魔神の存在とか、『世界山脈』の向こう側とか、ほとんど興味ないこととかな!
「とにかく、吾輩はお前たちをちゃんと神秘の担い手にしてやる」
吾輩は魔術杖をとりだし、火炎の玉を作り出して、手のうえでポンポン跳ねさせて弄ぶ。魔術杖+そこそこの練習により、吾輩は使える魔術のレパートリーをいくらか確保した。
「だいたい、なんで魔術が嘘だとか、魔導科学が妄想にすぎないだとか、そんな意味不明な記事ばかり検索上位にあがっているのだ! 魔術が存在していることなど、明らかではないか!」
魔術の否定は、吾輩の否定だ。
この学び舎にも魔術師の講師がいるのだから、魔術が存在しないなんて意見、簡単に黙らせることできるはずなのに、なぜやらないのだ。
「あ、あの……それ、本物、ですか……?」
「ん?」
とぼとぼと歩いてひとりの女生徒が近づいてくる。
瞳は真っ赤に揺れる炎を見つめて、爛々と輝いている。
「す、すげえ…!」
「本物だ、本当に魔術ってあったんだ!」
「アディ先生、マジで魔術師だったんだ!」
生徒たちの反応がおかしい。
なんだそれは、まるでお前たちも魔術を信じてなかったかのような──。
「お、俺、魔術師になれますか?! 選ばれしものですか!?」
「先生、私、先生についていきますぅぅううう!」
「吾輩先生、結婚してくださいッ!」
「しゅきしゅきちゅきー!!」
「わわ、私の考えた、漆黒の魔術みてください……!」
この日、吾輩は生徒たちから万感の信頼を得た。
──その晩
吾輩はアリスに呼び出されたので、彼女に火炎の玉を見せてあげた。
「ええええええ?! 本当の魔術っぽい!?」
「アリスまでそんな驚き方するのか」
「だだ、だって、そんな露骨に魔術っぽい魔術初めて見たんだもん……っ! も、もっと見せて…!」
アリスに話を聞くと、どうやら『インフェルノ魔導科学研究所』に在籍する魔術師の多くは、そよ風を起こして紙コップを倒したり、手についた水滴を凄まじい速さで気化させたり、といった”お察しレベル”の魔術を使えるだけの者ばかりだと言う。
それでも、インフェルノでは──おそらくほかの五大国でも──これでも魔術師をとして認識されているようだ。
もっとも、ネット掲示板には「本物の魔術師は俗世じゃなくて山にこもって修行してるっしょwwwwww」というので、より高位の実力者が人間界にいる可能性はまだある。
「あ、アディ、わたしにも、魔術教えてほしい…とか思ったり…」
「アリスも魔術が使えるんじゃないのか?」
「紙コップ……」
「あっ(察し)」
恥ずかしそうに頬を染める皇女さまへ、吾輩は快諾の返事を返した。
吾輩は魔神である。 ~魔界で『時代遅れ』と蔑まれた魔王、人間界では『最先端』だった。魔界から帰ってきてほしいと言われるがもう遅い~ ファンタスティック小説家 @ytki0920
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