次元の違う小技
アリス・ウォールケンに連れられた吾輩は、『インフェルノ魔導科学研究所』なる巨大な施設にやってきた。
ここは一昔前の魔界の魔法学校のように落ち着く建物作りとなっていた。
木製の壁、像、扉。近づけば勝手に開くところや、至る所にカードキーが採用されてたり、人型の自動人形が屋内掃除している点は違和感しかなかった。
が、おおむね古き良き魔法学校としての体裁は保っていると言えるだろう。
「ご機嫌よう」
「コンニチハ、ダンナさま」
「はは、旦那様など。吾輩は偉い身分のものではなく、ましてや魔神とかじゃあない。そんな呼び方はよしたまへ」
「ナニヲイッテルカ、ワカリマセン」
「魔神をからかうか。このボンクラめい」
吾輩はおちょくってくる自動人形の頭をペチンと叩く。
顔を真っ赤にしたアリスに「恥ずかしいからやめなさい……っ!」と不審者を見る眼差しで見つめられ、手首を掴まれる。
母が落ち着きのない子を連行するかのような扱いに、5,000歳児の吾輩はいたく不満を覚えた。だが、ここは甘んじて従う事にした。
吾輩は人について何も知らない。
なれば、赤子とさして違いないのだから。
「ここではフクロウではないのだな」
「皇女であるわたしは、同時に魔導科学を専攻する学生だもの。むしろ、フクロウがここにいる方が余計なトラブルを生むわ」
エレベーターで地下10階まで降りてくる。
もはや慣れた自動ドアが独りで開く。
扉は木製なのにやけにハイテク。
チグハグ感はまだ慣れない。
「おお。すごい物を見つけてしまったぞ」
開かれた扉の向こうには、高さ3メートルほどのヒト型の金属巨人がいた。
下半身の筋肉がやけに発達した人間のようなフォルムをしている。カッコいい。
「あれは無人機、ロボットって言った方がわかりやすいかしら」
「ほう、人が乗ってないのか」
「当たり前よ、人を乗せるメリットがないもの」
鎧のように見えなくもない。
しかし、人は乗せる? 着る? 必要がない。
不思議だ。
「アディ、こっちに来なさい」
「なんだこれは」
「魔術実験用のセンサールームよ」
アリスに入るよう指示されたのはガラス張りの四角い部屋だ。
ガラスの向こうには、さきほどの金属の巨人をいじくり回している、俗に言うエンジニアたちが見える。
「この部屋にはセンサーが沢山ついていてね、魔術を使用すると、その魔力の揺めきや、術式の起動の瞬間を捉えて、データとして記録できるの、ふふん」
難しい言葉がたくさんだ。
吾輩はもう歳なのであまり虐めないでほしい。
「とりあえず、ここで魔術を使えば、なんらかの形で情報を記録すると」
言葉で整理してみるが、本当にそんな事できるのか、と吾輩は疑念をいだく。
「ふふ、大丈夫。魔術は三次元より多くの次元に同時干渉して『現象』を引き起こすとされているけど、このセンサールームなら絶対にそのすべてを記録できるから」
「そうか。うむ、しかし、困ったな」
吾輩、今、魔術使えないんだよな。
せめて人間が魔術を使う時に使用する、魔術杖があれば話が違うんだが……。
仕方ない。
「それじゃ、そうだな、指一本ふれずに、物を動かす魔術で、アリス、君を床に転がして見せよう」
「面白そう! それって弾丸を止めたやつといっしょ?」
「まあ、似たようなものだ」
エイメンダースは外に置いてきたので、地下までは入ってこれていない。
ゆえに、吾輩は別の手段を使う。
肉体から魂を完全に乖離させる第七式魔術【夜明け:霊魂乖離】ではなく、魂を肉体に紐づけた状態で魂のボール状にして″打ち出す″技術。
名付けて【魂ヨーヨー】。
厳密に言えば魔術でもなんでもない、魔力で魂を撃ち出すだけの雑な術だ。
「行ってこい、吾輩の魂!」
吾輩は胸の内側から魂を勢いよく撃った。
とはいえ、威力は控えめだ。
その気になれば摩擦熱だけで湖を蒸発させるだけの威力で撃てるが、別にアリスに恨みがあるわけじゃないのでやらない。
「がふっ」
アリスはあんまり美少女っぼくない声をあげて、センサールームの白い床に転がる。
瞬間、一気に視界が真っ暗になった。
おや?
何が起こった?
「大丈夫か、アリス」
「だ、大丈夫よ…本当に何か当たった感触があった……柔らかい、ボール…?」
「それより、これはなんだ? 真っ暗だぞ」
「停電…データが取れていれば良いけど……」
その後、しばらくして予備電源と呼ばれるモノにエネルギーの供給が切り替わったらしく、センサールーム含めた地下室は明るさを取り戻した。
吾輩とアリスはセンサールームを出て、パソコンなる薄い画面をそなえた機械のもとへ。
話に聞くと人間はこのコンピュータがあれば、何でもできるらしい。流石に何でもは盛り過ぎだと思う。が、真偽の程はいずれ明らかになるだろう。
「え、ん? ん?」
「どうしたのだ、アリス」
「いや…………なんか、いろいろ、数字がバグっちゃてて」
パソコンの画面を見やると、計測するための数字が、上限の9,999,999を大きく上回って、意味不明な大きさの数字になっている。
「あ、センサーも全部故障しちゃってる……」
吾輩は冷や汗をかき始めていた。
やった。
完全にやらかした。
まさか【魂ヨーヨー】ごときの魔術でも何でもない、魂をA地点からB地点に移動させるワザがここまでの被害をもたらすなんて。
これは弁償か?
弁償なのか?
あれほど威勢よく魔界を飛び出しておいて、弁償のためにいったん帰宅するのか?
「吾輩、ちょっと用事を思い出したゆえ、そろそろ失礼する」
背を向けて足早にエレベーターへ向かう。
ここにはいられない。
「待ちなさい」
「待たぬ」
「待ちなさいってば!」
アリスが後ろから飛びついて身動きを封じてくる。やけに力が強い。
というか、柔らかな双丘が吾輩の背中でフニャッと形を崩していて楽しい。
なんと狡猾な拘束ワザだ。けしからん。
「こんな数値異常以外のなんでもないわ!」
「吾輩は関係ない。どくんだ」
「いいえ、絶対に行かせない! これは人類史に残る事件よ!」
「そんな大げさな」
「テレビを見なさい!」
アリスが指さすのモニターへ視線を映すと、そこにはインフェルノ全体が真っ暗になった光景が映っていた。立ち並ぶ摩天楼都市から完全に光が失われた光景は、都市に来訪して一日目の吾輩の瞳にも異様に映った。
「魔導科学研究所のスーパーコンピュータに負荷がかかりすぎて、発電所の電力供給網がショートしたのよ」
「要約すると…?」
吾輩はもっと優しい言葉の説明を求める。
「魔術を観測するための演算処理がインフェルノ最大のスーパーコンピューターの性能を上回ったってことよ」
「なるほど。わからん」
「とにかく! あなたの魔術は人類の宝だわ! 旅なんかしてないで魔術の研究に努めるのよ! 魔界が侵略を開始するまえに!」
うーん。
それでお金がもらえるならいいか。
当分は人間界での生活基盤が欲しかったし、最終的に湖のほとりに一軒家が買えたら吾輩は特段と仕事を選ぶ気はない。
「給金は?」
「とりあえず、ゴルフォンと住居はなんとかしてあげるから」
「よし乗った」
吾輩はこの日より、火の国最先端の科学の発展地にして、人間界魔術の最先端、皇族のけん引する魔術研究機関『インフェルノ魔導科学研究所』で働くことになった。
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