インフェルノとお忍び梟


 火の国の皇女、アリス様に″エッチなご褒美″をもらった代償として、容赦なく荒野に置いていかれた吾輩は、その後、道なりに徒歩で延々と歩かされるハメになった。


 もうちょっと強引に言ってでも、あのかっちょいい空飛ぶ機械に乗せて貰えばよかった。


 そう何度も思いながら、吾輩はひた歩く。

 

 とはいえだ。

 科学の力で開拓された国道や、そこを走り抜けていくさまざまな車両を見たり、たまに道路に飛び出して轢かれそうな猫やらタヌキやらを助けながらゆく旅は、十分に楽しめた。


 『魔神の形骸』のままでは、大体のことが魔術を唱えれば何とでもなってしまうため、魔神はあらゆる苦労をする必要がない。

 ゆえにこの旅だって本来なら必要ではなく、長距離テレポートしたり、大気圧を操作して空を飛んだりすれば全ては一瞬で解決しただろう。


 だが、違うのだ。

 そうじゃないだろ。

 瞬間移動とか、空を飛んでビューンと移動するとか、まったく味気ないだろうが。


 やれやれ、まったく。


 ──3日後


 すまない。

 吾輩は嘘をついた。


「空飛びた、ぃ」


 道端でひろった木の枝をささえに、吾輩はカラカラに乾いた喉から声をしぼりだす。


 もういい、飽きた。

 いつになったら火の国インフェルノにたどり着くんだ。


「エイメンダース、吾輩を投げるんだ…」

「<39〜145/p(…」

「いいから、もういい。人間の体がこんなに貧弱だなんて思わなかったんだ」

「#9$「^423☆#……」

「ああ! 悪かった! 吾輩が間違っていた! 『足で歩いてこその旅』とか、偉そうに説教して悪かった! だから頼む、インフェルノの近くまで良い感じに投げて物理的に瞬間移動させてくれ!」


 吾輩は荒野の真ん中で大声で叫んだ。


 昼間は50℃、夜はマイナス40℃の魔界基準で言ったらそこまで辛くも無い環境が、こうも体にこたえるなんて知らなかった。


 魂による肉体の侵食が進んでいるおかげで、物理的な耐久力はあがりつつある。

 だが、それをもってしても尚、つらひ。


 エイメンダースはちょくちょく吾輩の事を心配してくれた。その言葉を要らぬものとして断ったのは吾輩だ。それは間違いない。


「はっ、だから、なんだ。そんなに吾輩が悪いか? そうだ、悪いだろうさ。知ってるさ、全部、悪いのは吾輩だけだ。ふんだ、いい、もういい、わかった、エイメンダースなど、二度と頼ってはやらない」

「1=°+€70--…」


 吾輩の身体が大きな手に掴まれて持ち上げられる。


 ふはは、所詮は多次元生命体。

 吾輩の見事な誘導に逆らうことなど──。


 そんな事を考えて勝ち誇っている最中に、エイメンダースは大きく腕を振りかぶり、吾輩の事を空の彼方へとぶん投げた。


 ──5分後


 空の旅を楽しんだ吾輩は、とてつもない勢いで湖に激突していた。


 物理的に耐久力が上がっているとはいえ、これはなかなかに、


「痛え」


 吾輩は湖から這いあがる。


 肩の骨が湖面との衝突で砕け散った。

 痛みには強いので別段慌てる事はない。

 が、自分で治癒魔術を使えないので、誰かに治してもらわないといけない。


「とはいえ、目的地には着いたか」


 吾輩はビショビショの服を片手で絞りながら、天を衝くほど高い塔の数々を見上げる。


 先程までの殺風景で過酷なだけの荒野とは打って変わり、ここには絢爛豪華、繁栄をそのまま世界に映し出したかのような光景が広がっていた。

 

 高さは推定数百メートル、四方の壁面は空と雲と太陽の色を反射する鏡で覆われた塔。

 銀色に輝く摩天楼の間には、整備の行き届いた道が縦横無尽に張り巡らされ、その上にはさらに増築された陸橋が延々と伸びている。

 道路のうえは様々なデザインの自動車が、陸橋のうえには、金属の細長い箱を連結した謎の機械が滑っていく。


「素晴らしい。ここが人間の都市か。素晴らしいじゃないかっ、ははははっ」


 吾輩は最大の賞賛を人類文明へおくる。


「そこの人間殿、あれはなんと言う」


 捕まえた通行人の男性は困惑しながら「び、ビル……?」と答える。


「ビル! ビル、ビル、ビルぅう!」

「うわぁ、変な子だ……っ!」


 男性は関わってはいけない者を見る目で、足早に向こうへ行ってしまった。


 何と言うことだ、素晴らしい。

 通行人が親切じゃないか。

 魔界だったら「うるせんだよ、ボンクラ!」と突き飛ばされてるところだぞ。


 吾輩は肩の痛みを忘れて、この繁栄と摩天楼の都市インフェルノを練り歩いた。


「ぬ? 風が強くなってきたな」


 昼過ぎ、路上でギターなる楽器を弾き、吟遊詩人のごとく歌をつむぐ若者の声に耳を傾けているところへ突風が吹いた。


「おや、アレは?」


「うわあああ!?」

「マドクックがでたぞおおお!」

「食い殺される、逃げろオォ!」


 大道芸人の若者の歌は中断され、7人しかいなかった観客たちはアリの子を散らすように逃げ始めた。もちろん、語り手も。愛用のギターを手放さないのは流石だ。


「ところで、お前はマドクックというモンスターなのか」

「グエぇえぇえぇぇエエエエエ!」


 ビルの間をいっぱいに翼を広げる怪鳥は、なんの前触れもなく鏡のような両サイドの高層建築物をついばみ攻撃しはじめた。

 黒いスーツを着た人間たちはすぐに駆け付け、大きな銃や、古き良き刃の武器でもって、頑張ってマドクックを退治しようとしている。が、なかなか手こずっている。

 ホットな光景だ。街中で戦闘がおこるなんて。人間界は穏やかなところばかりだと思っていたが、こういうことも起こるのか。


「ここはかつてん吾輩の領土でもある。旧支配者として民を守るのも一興か」


 すぐのち、怪鳥マドクックはエイメンダースに両翼をちぎられて成敗された。

 現場は突然死した怪鳥によって混乱を極めた。


 ──夜


 都市探検を終えた吾輩は、冒険者ギルドを探すことにした。

 平穏な隠居生活、ひては日々の食い扶持のためには魔神といえど貨幣を稼がなければならない。


 ちなみに冒険者ギルドは語るまでもなく、冒険に挑む者達のサポートをし、腕っ節さえあれば、どんな人間でも大金を稼げるようになる素晴らしき組織だ。


 もうしばらく魔界へ冒険者はやって来てないが、あの組織は健在だろうか。


「そこの通行人殿、冒険者ギルドはどこにある」


 例にならって変な顔されながら、通行人は冒険者ギルドの場所を教えてくれた。


「まさか、ギルドまで摩天楼化してるとは……」


 ほんの数千年前まで恐竜の骨のしたに本部を構えていたのにな。


 吾輩は時代の流れを感じながら『冒険者ギルド・インフェルノ支部ビル』に足を踏み入れた。


 受付嬢に話しかけに行く。

 昔の木机のカウンターとは違い、白を基調とした小奇麗なカウンターで、ちょっとライトアップさせていたりと、いろいろナウい印象だ。


 フロントと呼ばれているらしい。

 

「吾輩、待ち合わせがないもので、クエストをこなして日々の飯代を稼ぎたく思っている」

「クエストを受けに来られたのですね。では、まず、アプリストアで『ワンタッチ・クエスト』をダウンロードしていただいて──」

「わんたっち、くえすと?」

「? はい、冒険者ギルド公式アプリの……」


 吾輩と受付嬢は視線を交差させ、お互いに固まってしまう。


 この娘は一体なんの話をしている。


「あの、ですから、まずは携帯端末にアプリをダウンロードしていただいてですね──」


 その後、散々説明された結果、クエスト受けるためにも、人間界で生きて行くためにも、まずは携帯が必要不可欠なツールになっているのだとわかった。


「携帯をもっていないとなると……そうですねぇ…」


 受付嬢は困ったような顔をして、うなりながら頭を抱えてしまう。


 と、そこへ、フロントに誰かがやってくる。


 吾輩は何と無しに首をむけると、そこには可愛らしいフクロウ──の仮面をした小柄な人間が立っていた。


「昼間のモンスター災害の処理は終わった」


 聞き覚えのある声がそう言って、疲れたようにハンドサイズの機器をフロントへ渡す。

 受付嬢は手元でピピッとすると、彼女へ返した。


「報酬の受け渡しを完了しました、いつもありがとうございます、フクロウさん!」

「む」


 フクロウの機器を返してもらい足早に帰ろうとし──ふと、お面をした顔を、チラッとこちらへ向けてきた。


「あ」

「?」


 変な声をだしたフクロウに吾輩は首をかしげる。

 

「どうした、名も知らぬフクロウくん」

「あ、ぇぇと……」


 フクロウはそーっとお面を外して、その下の顔を見せようとしてくる。着ぐるみの中の人と目を合わせるかのような背徳感だ。


 フクロウの顔には見覚えがあった。


「ん。フクロウくん……君は皇女アリス・ウォールケンでは──」

「しぃい!」


 フクロウこと3日前吾輩を荒野に置き去りウォールケン殿は、吾輩の顔面をがしっと掴む。


 気がついた時には、吾輩は雰囲気の良いおしゃれなカフェに連れて来られていた。

 雑居ビルの下にある穴場的カフェだ。


「うむ、この紅茶は安っぽい」

「冗談でもよしなさい、わたしの行きつけなのよ」


 正直な感想を述べただけなのだが。

 仕方ない。ここは皇女の顔をたててやろう。


「ところで、アリス・ウォール──」

「しっ! 今はフクロウと呼びなさい!」

「何故?」

「わかるでしょう? わたしは皇族、ダイヤモンド級冒険者『黄金の梟』としての活動はお忍びなのよ」

「なるほど」


 権力者は時にスリルに飢える。

 吾輩もよく知っている。

 数年に一度は毒沼を飲み干すチャレンジに焦がれるもので、そのたびにカンユに泣きながら止められていた。


「では、フクロウ。吾輩に恩義を感じているならば、ひとつ頼み事がある」

「藪から棒になに。というか、あれからいろいろ聞きたいことがあるんだけど」

「まずは吾輩からだ。携帯端末はどこで手に入る」

「……持ってないの?」

「ああ。流浪の身ゆえ」


 魔界から来ましたなんて言えない。


「はぁ…それでよく魔界に一番近いインフェルノまでこれたわね」

「まあスタート地点の問題だな」

「?」

「んっん。で、携帯端末はいずこに?」


 吾輩はアリスにいくつかの機種を教えてもらい、とりあえず一番人気のゴルゴル社のゴルフォンが14万アディアンという情報を得た。


 ちなみにアディアンは通貨単位だ。

 歴史的に何度か大陸制覇していた時期があり、その時に通貨を統一した。

 ゆえに、貨幣は魔界と共通だ。


 とはいえ、現在の吾輩は無一文。

 ゴルフォンまでの道のりは遠い。


「フクロウくん、ここは命の恩人に当面の生活資金とゴルフォン代を貸してはくれまいか」

「うーん、どうしよっかなー」


 フクロウはお面の下の顔をきっと楽しげに歪めているに違いない。

 にしても、皇女のわりにずいぶんフランクに話すのだな。


 彼女はお面をちょこっとめくって、器用に紅茶をひと口含むと「よし」と言って立ちあがる。


「お金は貸しません」

「えぇ…今のは貸してくれる流れなのでは」

「その代わり、仕事を斡旋してあげます。アディ……ん、なんだか、魔神の名前と似てるわね」

「ギクリ」

「まあいいわ、アディ、あなたに何らかの魔術的能力があることはわかっているわ。黒焔騎士団から報告はあがっているの」

「騎士団?」

「ほら、わたしの護衛よ」


 ああ、あの黒スーツのやつらか。

 そういえば、あの黒スーツの少年にはエイメンダースの存在をわずかにほのめかしてしまっていたな。


「わたしが紹介してあげるから、あなたの特異な能力を人間界のために役立ててみない?」

「ん? 魔術をか? うーん、別に構わないが、ここまで科学の発展した人類にいまさら魔術など必要ない気が……」


 フクロウは両手を机に叩きつける。

 吾輩はびっくりしてカップを落としかける。


「な、なんだ……」

「科学? そんな物は時代遅れよ! 今こそ魔術の発展を急がなくては、わたしたちは魔界に再び侵略されてしまうわ!」

「ぇ?」


 吾輩は謎の理屈に首を傾げることしか出来なかった。



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