第100話 思い描く明日へと

「クラエス、ちょっといいかな?」

 ラルフに声をかけられ、クラエスフィーナは振り返った。

「なあに?」

「ちょっと、二人で話したいんだけど……」

 横で飲んでいたダニエラが用件を察知して硬直し、そのついでに飲んでいた物を噴き出しかけた。同じく察知したホッブが場の雰囲気を壊さないよう、すかさずドワーフの鼻と口を摘まんであさっての方向へ首を捻じ曲げる。

 外に出せないアルコールが鼻腔に回って激しくむせて痙攣しているダニエラを無視して、ホッブが朗らかに促した。

「ああ、そう言えばそんなこと言ってたよな。クラエス、大した用じゃないがちょっとラルフに時間を取ってやってくれよ」

「そう? ここじゃダメなの?」

 かしこまった場でもないし、小さな用件ならここで聞いても……と辺りを見回すクラエスフィーナ。察しの悪さは一級品だ。

「ここはちょっと賑やかすぎる。酔っ払いばっかりだしな。招待客の前で話せる内容でもねえし」

 用件が漏れれば、この場にいるほとんどが酒の勢いで囃し立てに来るのは間違いない。そして残りはラルフの代わりに名乗りを上げようと突進して来るだろう。

「うーん、わかったけど……」

 ウジウジしているクラエスフィーナの逡巡の理由を見て取り、ラルフは厨房を指さした。

「オヤジさんに取り置き頼んだから」

「それじゃホッブ、ダニエラ、ちょっと行ってくるね」

 軽い調子で出ていく、何もわかっていないクラエスフィーナ。彼女を誘導するラルフに、ホッブは小さくこぶしを握って健闘を祈って見せた。

(ここが男の見せ所だぞ? 気張れよ!)

ラルフも軽く頷く。

(任せろ! 一人前の男として、決めてみせるよ!)

(でも、しょせんラルフだしなあ)

(おうホッブ、表に出やがれ)

(今そんな暇があるのか、おまえは)

(暇が無いところで余計な負担を増やすんじゃない!)

「どうしたの、ラルフ? 行かないの?」

「ごめんごめん、すぐ行くよ」

(決着は後だ、ホッブ!)

(そのまえにつけなくちゃならない決着をつけて来い、バカ野郎) 

外へと出ていく二人を見送り、ホッブはやっとダニエラから手を離した。

「がんばれよ、ラルフ……」

 激しくえずく涙目のダニエラが、不信感たっぷりに横目で見上げた。

「おまえ、ちゃんと本気でそう思ってんのか?」

 ホッブは無言でドワーフに一発入れると、近くのテーブルから取ったジョッキを掲げて健闘を祈った。




「確かに“離れ”だけどさ……裏庭って聞いた時に気がつくべきだった」

 あのオヤジ、一度シメないとダメかもしれん。ラルフは屠殺小屋いつものしょくばの前でそう思った。

「どうしたの、ラルフ?」

「ううん、なんでもないよ」


 ラルフは中に入らず、外でクラエスフィーナと向かい合った。

「……やっと終わったね」

 なんと始めて良いものかわからず、ラルフはまずはそう言った。クラエスフィーナもキョトンとしてから、はにかむように笑った。

「うん、まだ実感がないけど……なんとかなってホッとしてる。ラルフも、ここまで一緒にやってくれて、本当にありがとう!」

「クラエスが頑張ったおかげだよ」

「そうかな? 結局私、自分で解決できない事ばっかりで……ほとんどみんなにやってもらった気がするよ」

 ちょっとバツが悪そうなエルフに、ラルフは優しく首を横に振って見せた。

「そうでもないよ。どこのチームだって、自分ひとりじゃできないから助手をかき集めたんだし。だからクラエスが課題をクリアしたって言っていいんだよ」

「そう? ありがとう」


 肩の荷が下りたように、ほにゃっと笑うクラエスフィーナ。

 その顔は相変わらず美しい造形だけど、三か月前の近寄りがたい硬質の表情ではなくて自然に柔らかく笑えている。それがラルフにはなんだか嬉しかった。

「やっぱりクラエスは笑っている方が可愛いね」

「えっ!? ちょっ、いきなり何を言うのラルフ!?」

 赤くなって戸惑うクラエスフィーナに、ラルフはちょっと笑ってしまう。


 急に褒められて戸惑い恥じらう姿もかわいい。美人なエルフ族だから惚れたんじゃなくて、ラルフはやっぱりクラエスフィーナだから好きになったんだ。




 クラエスフィーナもこの三か月で成長したと思うけど、ラルフ自身も変わった気がする。

 

 最初に声をかけられた時、“学院一の美女”に頼まれたのに面倒だとしか思わなかった。

 自分は静学系だから手伝ってもメリットなんかないって考えていたし、同期の高嶺の花に頼られても“モブな自分たちには縁が無い世界に首を突っ込んでも……”とも思っていた。

 それが危なっかしいクラエスフィーナを補助しているうちに、自主的につらい日々をこなし、自分からアイデアを出し、足りない部分を補う手段を探して足で駆けずり回るようになった。だらだら燃料節約ショーエネ系学院生活を送る成人猶予期間モラトリアム学生の自分たちが。

 

 クラエスフィーナがラルフたちに必死に声をかけたことが、クラエスフィーナを変えて、彼女の人生を変えて、周囲のラルフたちまで変えて、そして“どうあがいても無理”と思われた課題を達成して未来まで変えた。

 だから、ラルフがクラエスフィーナと一緒の未来を望むなら……まずは一言、自分の気持ちを伝える勇気を持たなくちゃならない。

 ラルフは居住まいを正すと、キョトンとしているエルフに向かって口を開いた。

「あのね、クラエス。ちょっと真面目な話を聞いて欲しいんだけど……」



   ◆



 主賓がいないことにも気づかないくらい乱痴気騒ぎになった宴会の様子を眺めながら、ホッブは何杯目かわからない酒を空にした。

「おいホッブ、飲み過ぎじゃねえ?」

「そういうダニエラこそ。帰りに行き倒れても知らねえぞ」

「手持無沙汰でいたたまれねえんだよ」

 酒豪のドワーフも、今ばかりは酒に飲まれている。

「ていうか、俺たちが気にしても仕方ねえんだけどな」

「でも、気になるんだろ?」

「当り前だ」

 そこらにおいてある酒を飲み尽くしたが、今日はジョッキを振ってもお替りが来ない。無礼講で給仕のハンスもへべれけに酔っぱらって向こうの床に倒れている……あいつまだ十二だったはずだが。

 仕方ないのでホッブがセルフで樽まで汲みに行こうとしたら、ジュレミーがジョッキを取って汲んでくれた。

「おっと、すまねえな」

「どうせお酒がまわって足にキテるでしょ? ザルのはずのうちのお父さんも潰れているし……ホントこのお酒、何が混じってるのよ……自分が飲める年齢だったとしても飲みたくないわ」

「あのオヤジだぜ、話に聞いてんだろ? どうせろくなもん混ぜてねえよ」

 もらった酒を傾けながら、ホッブはちらりと親友の妹を見やる。

「どういう風の吹き回しだ? おまえさん、進んで酌なんかするような性格でもないだろうに」

 さすがに“下僕に酌をさせる方だよな”とまでは口に出さなかったホッブ。この女ジュレミーは、下手にからかったら命がヤバい気がして仕方ない。

 ラルフの妹は一瞬ホッブを見返すと、すぐにバカ騒ぎへ視線を戻した。

「手持無沙汰でいたたまれないのよ。私もね」

 裏庭からはまだ帰ってくる様子はない。

「あれだけクラエスに執着していたのに、ラルフの自主性に任せるとは思わなかった」

「あんなのでも兄だからね。やる気があるなら汲み取るわよ」

 愚兄に対して上から目線でのたまうと、切れ者の幼年学校生はさらに付け加えた。

「まあ……お兄が失敗しても、私は次の手に移るだけだけど」

「……ホント怖い女だな」

 そわそわ裏庭の方を見るダニエラが、ホッブの袖を引っ張った。

「なあ、おい……ちょっと遅くねえか? 見に行った方が良いかな?」

「やめとけよ。ラルフの事だから言い出すのに時間がかかってんだろ」

「おっ始めてるかも知れねえじゃねえか」

「余計に見に行くんじゃねえ。それなら結構な事じゃねえか。成立したってことだろ? ……つっても裏庭のどこにしけ込むんだよ? 屠殺小屋で気分を出せるんだったら、俺はあの二人を勇者と認めるぞ。そんな連中と友達付き合いは金輪際ごめんだが」

「もしくは、ラルフがこっぴどく振られて無理心中を図ってるとか!」

「それこそ悲鳴が聞こえるだろうが」




 三者三様にじりじりしながら結果を待っているところへ。

「あれ、飲んでないの? 中休み?」

 当事者から声がかかった。

「ラルフ!」

「ラルフぅ!」

 ホッブとダニエラも慌てて振り返るが。

「お兄! どうだったの!」

 一番真っ先に食いついたのはクールに見えたラルフ妹ジュレミーだった。意外に兄を心配していたらしい……心配しているのはエルフを手に入れられるか、かも知れないが。


 三人が振り向いた先には、店の裏口にたたずむ二人の姿。

 二人とも相変わらずのほほんとした緊張感のない顔だけど、その顔は照れ臭そうに笑っていて……皆に注目されても、構わずしっかり手をつないでいて。


「やっ……!」

 やったなラルフ! とホッブは叫ぼうとした。

「うぉっ……!」

 うぉおおお、クラエスおめでとう! とダニエラは歓呼の声を上げようとした。

 けれど二人が声を上げる前に。


「ヘーイ、酔っ払いども! 本日のスペシャル、俺様も滅多に作らない仔牛の丸焼きが焼きあがったぜ! 肉好きのクラエスちゃんの為に特別に用意した逸品だ!」

「おおおおおお!」


 オヤジの得意げな叫びと、なんでもいいから限定メニューを食いたい酔客どもの雄叫びが店内にこだました。

 途端にふにゃふにゃしていたクラエスフィーナがシャキンとする。

「ラルフ、本日のスペシャルだって! 行くよ!」

「いや、あれクラエス用なんだから主賓が手を付けるまで食べないでしょ」

「酒場でそんな甘いことが通用するわけないじゃない! それに、せっかくの焼き立てを直ちに食べてあげないなんて……私、お肉にそんな不誠実な真似はできないわ!」

 その場にいた一同は、エルフの目を見て悟った。


(あ、これもう肉しか眼中にないや……)


 王都一の肉ソムリエを自称するはらぺこエルフは、自分のポリシーを守るべくオヤジさんの手元に突進する。手をつないだままのあきらめ顔の彼氏ラルフを引きずって。




 やきもきしながら散々待ってたのに、一瞬で忘れ去られた三人はその後姿を見送った。

「クラエスのやつ、人生初告白されたってのにまだまだ色気より食い気だよな……」

 ダニエラが呆れてため息をつき。

「そりゃあ価値が違うもの、お兄より肉でしょ。なんだかクラエスちゃんらしくていいんじゃない?」

 ジュレミーが苦笑いし。

「でもまあ、手を繋いだだけ一歩前進したじゃねえか。停まってるのと歩き出したのじゃ大違いだぜ」

 ホッブがまとめた。


 三人は無言で目線を交わし、誰からともなくジョッキやコップを捧げ持った。お互いホッとしたような笑みがこぼれる。

「課題の達成と」

「クラエスの奨学金の無事と」

バカ兄ラルフの恋の成就に」

 一旦言葉を区切り、懸念が解消されてさっぱりした顔で笑い合う。

 そして一斉に手に持った飲み物をぶつけ合った。

「乾杯!」










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 最後までお付き合いいただき、ありがとうございました。


 元々こちらは「小説家になろう」で連載した作品になります。

 あちらでは途中暑さにやられて書けなくなったり、更新に追われて不満足でも書き上げたところからアップしていたりで悔いの残るところがありました。

 また、その後Web小説の書き方なども教わったりして、「セオリーを守っていないので読まれるわけもないなあ……」とも思っておりました。


 昨年末から「第6回カクヨムWeb小説コンテスト」が開催されるにあたり、私の手もちにはちょうど出せるような作品が有りませんでした。

 それで、いつか満足いく形に直したいと思っていたこの作品を出すことに致しました。

 



 改稿に当たっては元が1話6千字超だったのを3千字ぐらいに分割し、推敲が足りなくて冗長だった部分、不要と思われる部分を削って言葉の足りない描写を注ぎ足しました。だいぶ読みやすくなったかな、と自負しております。

 最初に書いてから二年も経つと、文章力もだいぶ違うなあと実感いたしました。

 一方で今思いつかないような表現をしているところもあり、温故知新も大事だなと嚙みしめております。




 今古い作品を読み返すと「佐藤さんを見てしまう」もかなり物足りないので、次はあの辺りを治したいなと思っております。

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ポンコツエルフ、空を飛ぶ ~「きっと空を飛べるはず!」 美女に泣いて頼まれたので、鳥人間コンテストでポンコツエルフを飛ばします~ 山崎 響 @B-Univ95

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