第99話 家族の思い

 ホッブとの対決を終えてラルフが切った口内をアルコールで消毒していると、横にさりげなく妹が立った。

「で、いつ告白するのよ?」

「考えているから邪魔するな」

 ホッブに続いてジュレミーまで。幾分機嫌を悪くしてラルフがつっけんどんに返すと、兄に厳しい妹は珍しくも冷静に返してきた。

「お兄がすぐに踏み切れないなら、私がすぐにでも手配りするけど?」

「……おまえが何をやれるっているんだよ」

 と言ったら、妹がスッと懐から幾つかの薬包紙を出した。

「違和感なく泥酔に見せかける半睡眠薬と、気難しい老馬も勃たせる興奮剤。お兄役に立たないなら精力薬もあるけど、これは後の反動があるからお勧めはしないわね」

「おまえはどこからこんな物を仕入れて来てるんだよっ!?」

「年下少女に煽てられると、嬉々としてアングラから色々探してきてくれる革命家が近所にいるのよ。印刷屋の長男だけど」

「アホのセドリックからかよ!? ホッブの一家エバンス家は絶対王都から追放した方がいい……犯罪者の巣窟じゃないか! だいたいアイツは地平線の探究者ペタリストだったんじゃなかったのか!? 並みよりデカいジュレミーに鼻の下を伸ばすとか、性癖がブレ過ぎだ!」

「バカ兄こそ、言いたいことがブレてない?」

 ラルフ妹ジュレミーは有無を言わさず兄のポケットに薬を押し込むと、まだまだ持っている包み紙を誇示した。

「グダグダやってる時間は無いんだよ? ……結果は問わないから、今日中にはっきりさせてちょうだい。じゃないと、お兄が朝起きたら裸のエルフが一緒に寝てたってことになりかねないわよ?」

「おま……」 

 ラルフとホッブもグレーゾーンに突っ込むのは大好きだが……まだ幼年学校の妹が一番犯罪者臭がするのはどこで教育を間違ったのか……。

「いや、うちの環境だしな」

 よく考えたら周りにロクな大人がいなかった。




 ホッブに続いて妹にまで圧迫を加えられて、ラルフは思い悩みながらその場を離れようとした。

(……というかどいつもこいつも、応援する気があるのはいいけど力技過ぎるだろ)

 ジュレミーなんて強引を通り越して反則技だ。


 そんなことを考えていたところへ、アントンが息せき切ってやってきた。

「おいラルフ!」

「ん? どうしたアントン」

 研究室の同窓は、興奮しながらまくしたてた。

「今日まで知らなかったけど、おまえ妹居たのか!? 教えてくれないなんて水くせえじゃないか! ていうかジュレミーちゃん? 何あの子、すっげ可愛いじゃないかよ! しかもおまえんち母ちゃんも美人だし! なんでおまえだけ、こんな出来損ないなの!? いやそれはどうでもいい! そうじゃなくてだな!」

「落ち着けよ……つまり何が言いたいんだ?」

 なぜかラルフの家族の話題で唾を飛ばしまくるアントンを辟易しながらなだめ、ラルフは嘆息しながら先を促した。自分のことクラエス問題だけでも手一杯なのに、さっきからどいつもこいつも……。

 言われた通りに一回口をつぐんで深呼吸したアントンは、目をキラキラさせながらラルフにすり寄ってきた。

「ジュレミーちゃんを紹介してくれ、御義兄様!」

「アレだけは絶対止めとけ!」

 友人の頼みに、心の底からラルフは叫んだ。



   ◆



 ラルフはぶちぶち言いながら会場内をうろついていた。

「みんな周りからうるさいんだよ。僕だってちゃんと考えてるんだ……実行が伴わないだけで」

 皆が急きたてて来るけど、自分だってタイミングを計っているのに。

 ラルフはお節介が腹立たしくって仕方ない。自分自身うまくいってないと分かっているだけに。


「あーもう……いいや、とにかく落ち着こう」

 頭を振って気を静める。

 他の事を考えようと改めて店内を見回してみると、この祝賀会、実にいろいろな人が呼ばれて来ているのが目についた。

「……世話になった人だけ呼んだはずだけど、ずいぶんな人数になったよね」

 クラエスフィーナと付き合いが深い人もそうでもない人もいるけど、皆が今回の課題審査に一肌脱いでくれた人たちだ。そして、大なり小なり課題研究のおかげで今後もクラエスフィーナと縁ができた人たち。


 ラルフたちに切羽詰まって声をかけて来た時、クラエスフィーナには友達どころか知人と言える人間でさえダニエラしかいなかった(四散した旧研究室の人間を除けば)。

 それがあの勧誘からラルフとホッブに縁が繋がり、その家族へ、いつも利用している店へ、そこからさらに他の関係者へ。気がつけばラルフだって知らなかった人たちまで次々課題研究に巻き込み、昨日の審査本番なんか何の見返りもないのに三百人にもなる人間がクラエスフィーナを応援するために集まってくれた(過半数はジュレミーが動員したんだけど)。

 ラルフは壁際で立ち止まり、三か月前は存在も知らなかった少女を祝いに集まった人々を眺めた。

「……あの時の一言から始まったんだよな」



『お願い、私の手伝いをしてくれないかな!?』



 引っ込み思案で田舎者で、他人とコミュニケーションを取るのが苦手なクラエスフィーナ。ラルフをはじめ同級生たちはそんな内面的なことは全く知らず、見た目で近寄りがたくて話しかけることも出来なかった。

 そんな彼女が起こした快挙は、課題審査を突破したことよりも……その過程でこれだけの人間関係を築いたことかもしれない。


 課題をクリアするための大変な毎日は昨日で終了したけれど、生活が元に戻るからって全てが白紙に戻るわけじゃない。

 ラルフとホッブは変わらずクラエスフィーナの友達であり続けるし、かかわりのできたアントンたち他の学院生もこれからは話ができるようになるだろう。

 街に出たってこれだけの知人がいる。もうクラエスフィーナは孤独にならない。


 それはクラエスフィーナが人生の一大事に、意を決してラルフたちに声をかけることができたから始まったのだ。


 勇気を出してラルフたちに話しかけた。そのたった一言が、エルフの少女の世界を変えた。



 

 その事に思い至ったラルフは自然と身震いしていた。

 自分の中でよくわからない何かが花開く気がして、知らず知らず胸いっぱいに空気を吸いこむ。

「その様子だと、やっと腹が据わったみてえだな」

 不意にかけられた静かな言葉にラルフが振り向くと、近くの椅子に父が座っていた。

「父さん! ……あの、クラエスの事は僕だって今考えてるからね」

 クラエスフィーナの件を催促されるかと身構えたけど、父から帰って来たのは意外な言葉だった。

「それでいい。おまえが思うようにやれ」

「……父さん?」

 いつもはあれほどエネルギッシュで恐ろしい父が、不思議なほどに今日は穏やかな顔を見せている。

「なんだかんだ言ったが、嫁取りってのは結局はおまえの人生だ。俺はもう、うるさくは言わねえ」

 ラルフ父はジョッキを傾けて一口含み、喉を湿らせた。

「だが、最後に一つだけ言わせてくれ。後から言わずに後悔するぐらいなら、ダメもとで吐き出しちまった方が絶対良い。それで振られたって、やるだけやったって明日からも清々した気分で過ごせらあ」

 父の言葉をかみしめながら、ラルフもジョッキを半分ほど空ける。

「父さん」

「なんだ?」

「父さんは……母さんに告白するときはどうしたの?」

「なんだよ、そんなの親に聞くもんじゃねえぞ」

 “粉屋横丁のオーガ”と呼ばれる武骨な父が、珍しくも照れ臭そうに笑った。こんな顔は息子のラルフも初めて見た気がする。

「なんとか二人っきりになれるところへ呼び出してよ。四の五の言わずに真正面から『好きだ、付き合ってくれ』って……俺は気のきいたことも思いつかねえし、正直に『誰よりも好きだ!』って言うしか気持ちを伝える方法がなかったんだよ」

「学院出だって普段は自慢しているくせに」

「うるせえな。俺の行ったところは学院って言ったって、お世辞にも頭がいいヤツが行くところじゃなかったんだ」

「どこだよ、そのバカ学」

「王立エンシェント万能学院」

「そりゃあ極めつけだね……それで? 母さんは、なんて?」

「俺が思っていたより、わりと悩まなかったな。赤くなった母さんは可愛かったぞ? 『くっ、ストレートに来るなんて……!? 搦め手を七通りほど考えていたのに……』とか照れ隠しにボソボソ呟いてたのがなんとも可憐で、あんときゃ俺もムズムズ背筋が震えちまった。思わずその場で抱きしめちまうところだったぜ」

「ねえ父さん、その背筋の震えは本当に可愛かったから? あと、やっぱりジュレミーは母さん似なんだって再認識したよ」

 自分の単純馬鹿なところが父似だとは思いたくないラルフだった。

 

 ラルフはジョッキの中身を飲み干すと、近くのテーブルの上に叩きつけた。

「じゃあ父さん、行ってくるよ」

「おう」

 父親は息子の立ち姿に目を細めた。これから“戦場”に向かう事を決意した、いい横顔だ。

「ところでラルフ」

「なんだい父さん」

「オメエら、こんなヒデエ酒をしょっちゅう飲んでんのかよ……俺、三杯で足腰立たねえんだが」

「ハハハッ、酔いを自覚する前にチェイサーを入れるのがコツだよ!」



   ◆



 ラルフはまず、ここ「黄金のイモリ亭」の店主を探した。

 オヤジはイイ顔で鍋を振り、料理を次々厨房から送り出している。満員御礼でハイになっているようだ。

「オヤジさん、ホントに仕事が好きだね」

「今さら何言ってやがんだ、ラルフ」

 オヤジはチッチッチッと舌打ちしながら顔の前で指を振り、気持ち悪いほど可愛らしいしぐさで訂正した。

「俺が好きなのは仕事じゃなくて、オ・カ・ネ」

 なんで僕の周りには清々しいほどのクズしかいないんだろうか? とラルフは思った。後日宴会費用の請求が来たら、吹っ掛けてないかチェックしないと危なそうだ。

「そのクズに相談なんだけど」

「いきなりご挨拶だな、テメエ」

 うっかり思ってたことが口から出てしまったけど気にしない。

「ちょっとクラエスと二人きりで話せるように場所を空けてほしい」

 財布に持ってるありったけの金を渡すと、オヤジが考える素振りを見せた。

「今は店の中の騒ぎで誰もが手いっぱいだからな。裏庭の離れなら人が来る心配もねえ」

「了解。あとクラエスが料理を食べ逃すと悲しむから、手土産用に肉料理を中心に取り分けといてほしいんだけど」

「任せとけ! その分はお開きの時間に合わせて作っといてやらあ」

「料理代上乗せしたいだけでしょ?」

「ったりめーよ!」

 満面の笑顔でサムズアップするオヤジを置いて、ラルフはクラエスフィーナを探しにどんちゃん騒ぎの中へと戻った。

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