今からドラゴンと戦うけど、せっかくなので細かく観察してみることにした。

花沢祐介

エターナル山のドラゴン

「グオォォォォォォォオオオオ!」


 エターナル山のいただき。目の前に鎮座する巨大なドラゴンが、大地を揺るがすほどの雄叫びをあげた。


「なかなか手強そうだな」


 勇者アンリは、たった一人でドラゴンと対峙していた。苦しい戦いになるだろう。


 だが体力や魔法力には、まだまだ余裕がある。アイテムも十分だ。毒消し草なんて、誰がこんなに使うんだ、というぐらい途中の道で拾ってきた。何とかなるはずだ。


 アンリは背中に手を伸ばし、装備しているつるぎの柄に手をかける。何時間か前、エターナル山の麓の町で購入した剣だ。以前持っていたものよりも、ちょっと強い(と鍛冶屋のおじさんが言っていた)。


 一方、アンリと対峙するドラゴンもまた、体を低く構え、臨戦態勢に入る。


「ん? ちょっと待てよ」


 アンリは、ふと思った。


「よく考えたら……ドラゴンって初めて見るわ」


 アンリは、まじまじと目の前のドラゴンを眺めてみる。これまでの人生を振り返っても、ここまで雄大、かつ荘厳な生き物は見たことがない。


 と言うのも、何を隠そうこの勇者、新米勇者なのである。当然、ドラゴンという生き物を見るのは初めてだ。


「おお……すごいな」


 アンリは当初の目的(討伐依頼)をすっかり忘れて、目の前の存在に心を奪われていた。


 現在アンリは、たった一人でドラゴンと対峙しているのだが、これにはちょっとした訳がある――。


 旅立ちのとき、アンリは数人の仲間たちとともに冒険を始めた。剣士、狩人、牧師といった顔ぶれで、村のなかでも優れた者たちが集まっていた。

 村の外は魔物が蔓延っており、アンリにとっては、一歩も足を踏み入れたことのない世界への旅立ちであった。


 村を出るとすぐに、魔物と遭遇した。仲間たちは武器を構え、迎撃態勢に入る。

 そんな状況のなか、好奇心旺盛なアンリはおもむろに、その魔物の観察を始めた。もちろん、魔物が勇者一行に容赦するはずもなく、皆しっかりとダメージを負ってしまった。

 毎回ではないものの、そんなことがしばしば続いた。そしてある日、「やってられるか!」と仲間たちは村へ帰ってしまったのである。


 当時アンリは大層悲しんだのだが、その癖は未だに続いており、ドラゴンを前にやはり、観察を始めようとしているのだ。


 ドラゴンは少し首を上げ、臨戦態勢から体を解放する。さすが、長い年月を生きてきた魔物だ。眼前にいる相手の戦意を感じとるのはお手の物らしい。


「そっちがその気なら……こちらもそのつもりでいかせてもらう」


 そう言うとアンリは、剣を筆に持ち替えた。これも何時間か前に、山の麓で購入したものだ。以前持っていたものよりも、ちょっと魔力が高まる(とアイテム屋のおじさんが言っていた)。


「さあ、始めようじゃないか」


 アンリは近くにあった岩に腰を下ろし、スケッチブックを取り出す。ここからは、いつものルーティーンだ。


 まず、観察場所の記録。これは、エターナル山の頂と書いておけば十分だ。後から見ても、間違えようがない。

 天気について、少し雲はあるが、おおむね晴れと言っていいだろう。先ほどドラゴンが臨戦態勢に入ったとき、辺りが少し暗くなったような気もするが、それは天気とは関係ないだろう。

 日付は……確か、春の収穫祭まであと三日、と麓の町で言っていたはずだ。逆算して日付を書き加える。


「いよいよ、ここからが本番だ」


 アンリは逸る気持ちを抑え、スケッチを始める。

 手始めに、全体像を描いてゆく。ドラゴンを生で見るのは初めてだが、以前書物で版画を見たことがあり、それを模写した経験がここで活きてきた。


「なかなかよく描けたな」


 満足げなアンリは、細部の観察へと移る。

 特徴的な部分は、細長く伸びる髭、硬質だがしなやかそうな鱗、そしてその体の大きさだろうか。


 鋭い目や牙、爪も特徴的だが、水辺に生息する魔物――私たちの世界で言うところのワニのような生き物だ――にも似たような種類がいたので、それほどの驚きはない。


 口元から伸びている細長い髭は、ドラゴンの呼吸に合わせて、くるくると動いている。ここだけ眺めていると、非常に愛らしい。この髭は何のために発達したのだろうか。おそらくは、何かを感じとるための器官なのだろう。


 鱗に関しては、今まで全く見たことがない類いのものだ。時折、日光を反射してキラキラ輝いており、とても美しい。この硬そうな鱗で表面が覆われていることを考えると、体自体は柔らかいのだろうか。そうなると、鋭利な剣で斬りかかるというのは、いささか申し訳ない気がする(後にアンリは、このドラゴンに対して魔法主体の戦闘を繰り広げる)。


 そして何と言っても、驚くべきは果てしなく大きなその体だ。出来れば、実際に体長を測ってみたいところだが、それは叶わない。周囲を見渡すと、やたら存在感のある大木が生えており、枝には麓の町で見かけた果実が実っていた。これだ。目測ではあるが、果実の大きさから推測した体長を記録しておく。


 その他にも、気づいたことや感じたことを次々に書き留めてゆく。この作業も、魔物の観察においては意外と大事な工程だ。


 最後に、このドラゴンの名前を付ける。エターナル山の頂に生息するドラゴン。こう来ればもう、エターナルドラゴンで決まりだ。


「よし、こんなところでいいだろう」


 アンリは腰を上げ、服についた砂を払う。彼は、この上ない充実感を覚えていた。

 一方、長らくアンリに放置され、暇をもて余していたドラゴンは、自慢の細長い髭を動かして遊んでいた。


「さあ、戦おうじゃないか!」


 そう宣言するとアンリは、高々と剣を掲げた。


「グオォォォォォォォォオオオオオ!」


 アンリと対峙するドラゴン、いや、エターナルドラゴンもまた、体を低く構え、臨戦態勢に入った。待ちくたびれたぞ、といった様子だ。


 壮絶な戦いが今、幕を開ける――。

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今からドラゴンと戦うけど、せっかくなので細かく観察してみることにした。 花沢祐介 @hana_no_youni

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