最終話 僕の世界は変わった

「優弥、書き終わったの?」

「うん、やっと書き終わったよ」

 生徒会長との約束である、文化祭に展示する作品が書き終わった。来週が文化祭なので、本当にギリギリだった。

「見てたけど、タイピング大分違和感なく出来るようになってきたね」

 手の手術を受けて3ヶ月、小説を書くためのタイピングが凄くいいリハビリになった。宮家先生の事を疑っていた訳ではないけど、正直ここまで良くなるとは思ってもなかった。

「お疲れ様、こっちで少し休んだら」

 そう言いながら、自分の座っているベッドの横をポンポンと叩く。

 そうだね。書き終わったんだから休憩も何も無いんだけど、彼女からのお誘いだから応じないとね。

 奈菜のとなりにどさっと座ると、奈菜は自分の足をポンポンと叩く。どうやら膝枕をしてくれるらしい。お言葉に甘えて横になる。奈菜の柔らかい太ももとその体温に執筆で疲れた体が癒やされる。奈菜は僕の頭を撫でてくれているが、その表情は大きなおっぱいで隠れて全く見えない。

 でも、優しい表情をしている筈だ。見なくても分かる。

「もう1年になるんだね」

 何が――とは聞かないでも分かる。僕たちが一緒に住み始めてだ。

「いろいろあったね」

 あの時は、まさか奈菜と付き合うことになるとは思ってもいなかった。だって、僕の苦手なギャルだったから。ただ、一緒に住んでると分かってくることがある。本当の奈菜は凄く家庭的で、凄く寂しがり屋の女の子で、凄く真面目な子だった。

 僕は見た目だけで人を判断していた。それだけでこの人とは合わないとか苦手だと勝手に思っていた。でも、奈菜の事を知って、その考え方は間違っていた事に気づき、見た目で人を判断することを止めた。

 すると、意外にも僕の周りにいる人達も僕となんら変わりない事が分かった。陽キャに見える三宅くんだって、ラノベが好きだったし、あんなに綺麗な有栖川先生や

有栖川さんだって腐の世界の人だった。

 人は見た目じゃ分からないんだ。いっけん陰キャに見える人が実は超有名ボーカリストだったり、アイドルだったりするかもしれない。そう思うと僕はなんて狭い世界で生きていたのだろうと思う。

 でも、今は違う。自分の考えはきちんと言葉にして伝えるし、相手の事もしっかりと見るようにしている。すると、自然と友達は増えていった。

 1年前までの僕を知っている人が久々に僕を見れば別人だと思うだろう。教室の

隅で一人でラノベを読むこともせず、級友とくだらない話をする。授業終わりにすぐさま家に帰って、アニメを見ることもせず、級友たちと買い食いしたり、カラオケに行く。別に無理はしていない。くだらない話しの中では好きなラノベの話しをするし、カラオケに行ってもアニソンを歌う。誰もその事で陰キャだ何だと言う人はいない。陽キャだ陰キャだなんてのは僕が勝手に思っていただけだった。

 

「奈菜、あの事故は奈菜にとってはお父さんが亡くなって辛いことだったかもしれないけど、僕にとっては神様がくれた最高のプレゼントだったよ」

 だって、奈菜に出会えたんだもん。

「そう」

 奈菜からの返事ははたった一言だった。でも、それで十分だ。この話はこれまでも何度もしてきているから、僕の気持ちはしっかりと伝えている。


「あの事故は私を一回絶望に落としたけど、今は幸せだよ」

 ちょっと前に、菜奈から言われた言葉だ。奈菜にはまだ伝えていないけど、僕はその幸せをこれからもずっと奈菜に与えていける様に愛し続けることを誓っている。


「奈菜。キスしてもいい?」

「あの子、いない?」

「大丈夫。今は気配は無い」

「じゃあ、いいよ」

 それじゃあ。


 プルルルル。僕の携帯が鳴る。

 誰だよ、いい所で――げっ。瑞樹。

「何だよ」

「お兄ちゃん、キスしようとしたでしょ。駄目よ」

 なにそれ。もしかして監視されてるの? それとも盗聴?

「どうしたの?」

「瑞樹だ」

「げっ」

 奈菜も盗聴か盗撮を察したのか、ベッドの下とかを調べ始めた。なぜなら初めての事ではないからだ。これで何回目か分からないくらい設置されている。奈菜は盗聴器探しのプロになるくらい設置されている。

「あ、あった。ちょっと瑞樹に抗議してくる」

 そう行って、隣室にある瑞樹の部屋に乗り込んで行った。そして二人の暴れる音と声が聞こえてくる。

「仲良きことは良い事なり」

 僕は現実逃避することにした。


 瑞樹とは一緒に住むことになったが、瑞樹の父親、翔陽さんともひと悶着あった。

 海外から戻ってきたら、娘がいない。そして僕の家に黒服を着た人たちと乗り込んできたのだ。そして僕の名字と母親似の顔で僕の正体に気づいた。

 認知したいとか、一緒に暮らさないかとか、後継者にしたいとか言われたが、全て丁重にお断りした。翔陽さんはとても落胆していたが、最終的には僕の要望を全て飲んでくれた。

 そして、僕の母との事や瑞樹の事も教えてくれた。瑞樹は妹だと思っていたのだが、違っていた。翔陽さんは母に振られたことで婚約者との結婚どころではなくなり、海外を放浪する旅に出て、旅先で倒れ、そこで介抱された瑞樹の母親に惹かれ、結婚。その時に連れ子として3歳の瑞樹を一緒に引き取ったのだそうだ。瑞樹にはこの事を話していないので黙っておいて欲しいともお願いされた。

 そのため、瑞樹と僕の関係は今でも兄妹となっている。そして、その瑞樹が僕と奈菜の邪魔してくるので少々困っている。だが、瑞樹も既に僕たちにとって大切な人になっているので、邪険にもできず更に困っている状態だ。


「ちょっと、奈菜。少しは手加減しなさいよ。この巨乳おばけ」

「うっさい瑞樹。毎度毎度邪魔してくれて。優弥とエッチできないでしょ」

「させるわけ無いでしょ。お兄ちゃんは私のなんだから」

「優弥は私のよ。何言ってんのコラ」

「いったーい。奈菜デコピンは反則でしょ。血がでてる! 反則。レッドカードよ」

 うん。やっぱり二人は仲良しだな。

「こうなったら優弥に決めて貰いましょ、どっちを選ぶのか」

「望むところよ」

 うん。やばいな。絶対に答えが出せない質問をされそうだ。撤退しなかれば。クローゼットを開けて中に入り、床を外す。この間見つけた隠し通路だ。瑞樹がいつの間にか、こんな物を作っていた。今日はこれを使って逃げ出すことにした。さらばだ。


「あー。優弥がいない」

「さっきまでいたのに何処に行ったのかしら」

「これって優弥が書いてた小説?」

「そうよ」

「どんな話なの?」

「陰キャ男子が事故にあってから、二人の美少女と一緒に暮らし始めるラブコメだってさ」

「何処かで聞いたよう話ね」

「ふふふ、そうね」


 トラックに跳ねられて、異世界には行けなかったけど、僕の日常は大きく様変わりした。閉じられていた僕の世界の扉は二人の女勇者によって開かれた。

 僕の冒険はこれからも続くのだろう。でも一人じゃないから、どんな難敵が現れても大丈夫だ。皆で力を合わせて乗り越えてみせよう。次はどんな冒険が出来るのかな。楽しみだ。


FIN

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

トラックに跳ねられ異世界へ――は行けなかったけど、美少女が住み込みで毎日マッサージしてくれるようになりました 間宮翔(Mamiya Kakeru) @KUMORINOTIAME

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ